【3−7】
現在の階層は400層に突入する直前となっている。200層や300層は大きなイベントは起きず、私たちは資源の回収だけを行い、素早く前進することを選んだ。
けれど、成果は確実に得た。魔力を込めると爆発する樹脂、周りの環境に合わせて帯びる熱の性質を変える水晶、茸に手足が生えた勝手に歩き回る菌糸生物。……菌糸生物。……勝手に歩く色とりどりなキノコの群れ。
「そうだね、これは誰が持ってきたの?」
場に居るプレイヤー3人にそう問い掛けると、1人だけコンソメスープを口にしながら目線だけを器用に逸らす。
リリウム、だ。この事態の元凶は確実にリリウムであり、彼女が雑に採取した中に生命体が混入していてそれらが客車内を歩き回っているだけのこと。とてとてと歩くそれらは人の歩行を阻害し、吹雪が吹き荒れる外から逃げ込んだプレイヤーと人の形をした無尽兵団の兵士たちを踏み越えて車内を探索する。
まるで座る人々は踏み台でしかないと示すかのように、菌糸生物は小さな冒険を楽しんでいた。
私がリリウムを感情なき目を意識して見つめると、彼女は苦しい言い訳を述べる。
「可愛いから許せる、そうでしょう?」
微笑ましい、それは否定しない。それらが明確な行動指針を持っておらず、無闇矢鱈にスープ鍋に身投げしようとしないのならば。
スープ鍋に落ちそうになったキノコをカログリアがそっと掴んで回収し、その手に持った化けキノコを虚空に出現させたゲートに無造作に放り投げていく。
「うん、可愛い。でも邪魔だし、油断したらスープに毒が入りそうだけど、ね?」
私の言葉にリリウムは言葉を跳ね返すことなく、魔法の唐辛子で耐寒のバフ効果が付与されたスープをゆっくりと嚥下する。その表情は反省したというよりは、不貞腐れている。そう言っていいだろう。
しかし、スープは予定通り300層から400層の間の冠雪地帯を乗り越えた頃に底を尽きそうだ。
このアビサルホールという大穴は不思議なもので、特定の階層に到達すると空が存在していたり、螺旋状に穴を降りる形から広大な土地を道に従って走ることで階層を突破する形式に変わったりする。
この冠雪地帯はまさに踏破する形のエリアで、吹雪の中をスローンズは魔導機関をフルスロットルにして突き進んでいく。
不意にリリウムが休符を入れるように息を吐く。膝に乗った歩く菌糸生物の一つ指でとんとんと軽く突きながら、窓から見える遠くに視線を移す。
先程までの幼子のような不満足げな顔から、指揮官のような凛々しい顔に切り替わっている。
「では、ここからの話をしましょうか。まず、わたくしたち2人が知っているのはこの先の400階層から500層のエリアまで。つまり、500層以降に到達したことはないわ」
ふと窓を見ると、これでもかと吹雪いていた景色が蒼天を取り戻しつつあった。景色が入れ替わることを予感させ、世界が瞬く間に変貌してもおかしくないことを示している。世界が内包する熱量は徐々に増大し、空気が残酷な熱を帯び始めているのを感じる。
「結論から言うと、ここからは砂漠地帯ね。そして、私たちは毎回決まって奴にエンカウントして、不本意ながら負けている」
リリウムが視線で相棒さんに合図すると、彼女はいつの間にか取り出していたスケッチブックに油性ペンのような筆記用具を走らせる。そして、フォルマイカは自身の記憶の中から、いとも簡単に仇敵の姿を現実へと顕現させてみせた。
スケッチブックの上に妙にリアルな陰影で描かれたミミズとイモムシを足して2で割った見た目の巨大生物が、スローンズの機関車を横倒しにしている。
つまり、これから起きるだろう出来事は巨大生物による蹂躙であり、プレイヤーや無尽兵団の人員を直接狙うことはないが我らの足を刈り取ることを狙う、まるで人間のような悪意の結実だ。
「貴女たちなら分かると思うけど、わたくしたち2人は本来ジャイアントスレイヤーを狙うビルド構築はあまり好きじゃない。けれど、敵はまさにそんなわたくしたちのビルド理念にとっては苦手分野、というわけね」
それは理解しているつもりだ。私やルルはどちらかと言えば怪物退治の方が得意であり、2人はどちらかと言えば対人戦闘に向いている。
その差異が生まれる原因は、私とルルはどのゲームでも二人一組のような少人数行動を意識しながら探求や探索に重きを置くのに対して、2人はプレイヤーたちの先頭に立つ司令塔ポジションになることが多いからだ。
けど、その司令塔たち自体があまりにも強いせいで、普段はその弱点を露呈することはない。となると、相当そのワームは強いのだろう。
「けれど、そうね。何も手を考えてないわけじゃない。ラズリア、私が手に入れたレシピを渡すわ」
そう言って、リリウムは私に1つのレシピをメッセージに送信してきた。内容は「マギロケット・ランチャー」と名付けられた兵器であり、人間が使うには少しばかりパーツが異常だ。点火装置に繋がる引き金にあたる目立った機構は存在せず、ランチャーの下部に設けられたボタンを押し込むだけで発破するとんでもなく利便性に欠けた設計だ。
けれど、恐らくリリウムが求めている本質はこれをそのまま作ることじゃない。
「……見たよ。これをゴーレムとかに内蔵して、火力と物量で押すんだね?」
リリウムが無言で頷いた。
私はスミス・キューブで図面台画面を開き、設計図を既存のゴーレムの胸部に収める形で調整していく。元となるロケランの設計がシンプルかつ堅実な作りとなっているお陰で、配線やバランスを少し微調整するだけでピッタリと飛行型ゴーレムに合体することができた。あとは素材の金属を自分のマイワールドに転送して向こう側の彼女に指示を出せば、あとは指示通りに制作してくれる。
それにしても、図面の設計者が恐ろしいぐらいに腕がいいのだが、恐らく設計図を書いた本人はどこか遠くでほくそ笑んでいるだろう。私たちの光景を見ていたロキのテディベアは満足げと言いたそうな雰囲気を醸し出しながら、ぬいぐるみの腕を組んだ状態で地面に座っている。
きっと、彼女はランチャーが自身の作品とバレない自信があるのだろう。けれど、天才的な芸術家であり創作家の彼女は芸術と実用性を両立させることに生涯を賭けており、芸術性を取り払った実用品においても類稀な能力を発揮する。
そして、実用性を追い求める中でも、実用性を低下させない小さな刻印などの装飾を施す癖がある。このランチャーの場合、砲身に薄っすらと彫り込まれたつる植物の模様が彼女の「お遊び」なのだ。
「ありがとうね、ロキ。お礼は言っとくよ」
私の言葉にロキは笑い声をあげる。
「なあに、対価を貰っていないわけじゃないよ。そうだろう、リリウム?」
リリウムが苦々しくぼやく。
「そうね、今回の調査でわたくしが採取したアイテムについて教えろと言われてるわ。……よりによって、大学のレポートのような形式で」
そうだね、と心のなかでリリウムに同意する。眼の前のぬいぐるみの形をした教授は厳しい目で精査することになるだろう。そして、私には甘いところがあるロキだが、リリウムには若干悪意的な意味で厳しいところがあるのだ。
理由を他人に簡単に説明するならば、「過去のゲームでの遺恨」というべきか。ロキは自身の計画を粉々にされた挙げ句、最後のやけっぱちすら潰されるというこっぴどいやられ方をしたのだ。
……それと、もう1つ彼女たちには相容れない理想がある。2人の理想が本格的にぶつかったその時には、私はどちらの味方にも付けないだろう。
そして、そうやって談笑するうちにゴーレムの試作機が届き、世界の見せる顔も砂漠へと移り変わった。
それぞれ外部や特定の車両を持ち場として決めて、各自散開して自分の担当に向かう。私は客車から移動して、機関車と客車に繋がれた3台の貨物車から1番後方の貨物車の屋根の上に立っていた。
世界は白き熱砂の海に覆われている。砂塵に紛れるような色の小さなワイバーンが空を舞い、自分たちの隙を狙うかのように上空を旋回していた。
「ねえ、カログリア?」
「あなたの視線を追えば分かる。……無茶を言うね、もう慣れたけど」
ゴーレムの設計図を呼び出して、以前ロキに送って貰ったやけに絢爛な機銃のデータも取り出し、ゴーレムの形を魔改造しながら素早く合体させる。
そうして出来上がったゴーレムは8本の触手を持つ金属質なクラゲとなっていて、それぞれの触手の先には機銃が取り付けられている。完成したクラゲゴーレムを空に放ち、油断しているワイバーンに機銃掃射を仕掛けていく予定だ。
そして、ワイバーンの素材をカログリアが回収する。だから、カログリアが突き出した右手の上に浮かぶ、作戦に必要なスキルツリーアイコンを承認した。
スキルツリーの名前は「偽神の羽化」であり、簡単に言ってしまえばグリモワールの変身に関するスキル群だ。スキルツリーの深部に到達するにつれ、より大きな体躯や存在を2つ以上に分けたりすることが可能になる。
「偽神の羽化」の一番初めのスキルである「羽化の儀式」を獲得して、カログリアの額に私は手で触れる。
「私の望みは大鷹。行けるね、カログリア?」
「大丈夫、問題ないよ」
その言葉を最後に、カログリアは羽毛の渦に巻き込まれて変容する。全ての羽が純白に染まった、人を鷲掴みできるほどに大きな鷹に変貌したのだ。
私はその様子を確認して、金属クラゲにスキルを使用して空に放つ。リリウムたちを圧倒した憎き災厄の蟲が訪れるまでの間、私とカログリアと、それと銀色の竜に変身したミミリッドに騎乗したルルによるワイバーン狩りが始まったのだ。




