表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/22

【3−6】

 私とロキはスローンズの客車から降りて、前線の勇猛なる兵士たちが持ち帰ってきた食材候補をロキに手伝ってもらいながら選別していた。客車内ではカログリアとゴーレムたちが作業していて、妖精を1羽配置することで彼女の進捗を確認できるようにしている。

 候補としたのは、兵士諸君がみな見つけた採取物を手当たり次第取ってきているようで、しれっと毒キノコや毒草の類も混入しているからだ。私にとってそれらは初見であり、知識を保有しているロキに見せることによって食材とそれ以外を素早く仕分けている。


 鑑定スキルを使えばある程度の情報は得られるものの、物によっては「綺麗な花である」という感じに曖昧な情報しか仕入れられないことも多い。けれど、ロキの知識を借りれば食材か非食用なのかを見分けるだけでなく、副産物としてポーションなどのアイテム作製の素材を集めることも可能になる。

 本当に、この人は知識に対して貪欲だ。常日頃から知識を得ることに生命力と資産を掛けているだけあって、ゲームの中でも溢れ出る知識欲は健在だ。


 他のゲームで毒キノコを食べさせられたり、謎の水薬を飲まされたりと、その知識欲の犠牲になった回数は数え切れない。


「……ロキ。君の縛りプレイだとそこまでアイテム集められないと思うんだけど?」


 ロキは自嘲気味に笑って見せる。


「なに、簡単な話さ。私にはこの足では届かない場所にある知識を拾う3人の『猟犬』が居る。そして、それはこの世界でも変わりはない」


 課金の力。ロキは他者に給料を払うという形の課金で、自らに課した縛りプレイからくる不都合を解決しているのだ。自分自身は決して戦わないという「不戦」の縛りプレイをしている代わりに、彼女は自らの手足となる猟犬を指揮して世界の秘密を暴こうとしているのだろう。

 この世界ではまだ出会っていない彼女の猟犬こと、ロキに雇われたメイド3人組に対する人使いの荒さについてはメイドたちに少しだけ同情する。けれど、あの人たちは現実世界のロキに狂信的なまでの忠誠を持っているだろうし、ゲームの中でも何かしらの作品を生み出している限り、彼女たちはロキに付いていくはずだ。

 彼女のメイドたちは、ロキが生み出す作品に魅入られた信奉者たちなのだから。ロキの作った物語や彫刻などは、芸術センスに自信のない私すらも作品を前にして数秒ほど息をするのも忘れるほどだ。


 そんなことを思いつつ届けられた物資の木箱を開封していく。ルルが採取した物が入っている箱の中には、現実で存在していても違和感のない真空パックのようにプラスチックの外装で封印された物資が詰め込まれている。

 その中から長方形の形をしたレトルトパックを取り出して外装と鑑定スキルの情報ウィンドウから情報を引き出すと、それは「永遠バター」というアイテムだと判別できた。

 食材としては普通のバターと何ら変わらないアイテムだが、賞味期限や消費期限が存在しないバターであるらしい。永遠に美味しさを保つバターというわけだ。

 その箱には他に黒胡椒や茶葉が詰まったパックが入っていたり、香辛料の詰め合わせの箱やウィンナーを真空パックした物なども入っている。

 彼女はいつも丁寧に採取してくれて、こういう場面ではとても頼りになる。


 因みに、リリウムが採取に向かう前に製作した焼きごてを各自に配っており、採取した人物が箱に焼印が刻むことにより採取人が分かるようになっている。

 例えば、大量の毒草の中に山菜が混じっている大量の箱はリリウムの贈り物だし、岩塩や香り高いハーブがメインの箱は相棒さんの差し入れだ。送り主によって性格やプレイスタイルが透けて見えるのが面白い。

 けれど、限度はある。質より量を優先するのはいいのだけれど、リリウムに関しては毒物が混ざり過ぎである。彼女は戦闘センスこそ比類なきレベルに達しているが、ゲームにおける生産作業や採取に関しては大雑把に手当たり次第採取する面を持っているのだ。


 ランプアイに視線を向け、無差別な採取を行う愚者に対して苦言を呈す。


「リリウム、少しはスキルで選別してね。このままだと食中毒で全滅するよ?」


 鑑定スキルがなければ、さっきスイレンとニラが混在していたのを見分けられなかったのだ。少しの差異に気付かなければそのまま使っていただろうから、心臓にとても悪かった。

 その苦言に対して、リリウムは私の配信のコメント欄に顔文字を打ち込んだ。確か、これは落ち込んで悲しい顔になっていることを示す顔文字だ。顔文字に続いて書き込まれた「善処します」という彼女なりの反省を見届けて、2番目の問題児と言える無尽兵団のメンバーが持ってきた箱を整理していく。


 問題児とした理由はプレイヤーと比べて人数が多いからだ。

 彼らは食中毒に配慮した採取を心がけているようで毒物の混入はごく少量なのだが、動いている人数が多くて木箱が山のように届いてくる。また、プレイヤー陣が野草や回収した物資をメインに届けてくるのに対して、兵団のNPCたちは周辺のモンスターを撃破して手に入れた新鮮な肉も混ざっているのだ。

 肉が来る分には困らないが、量が多すぎる。生肉を加工できる機械が作れるかを「スミス・キューブ」を通じて私の大図書館に居る「ミニストル」に問いかけるも、「対応できるレシピが存在しない」と返されてしまう。

 困ったものだ、プレイヤーもNPCも手心や情けが一切ない。続々と届く肉類に困り果てた自分の背後から、ロキのテディベアが私の手元に浮いている立方体である「スミス・キューブ」に向かって近付いてきた。

 そして、キューブを介してロキはミニストルに対して問い掛けるのだ。


「そういえば、ライブラは基礎的な情報以外は主人となる人物に関する情報しか渡されないのだったね。レシピに関する知識があれば、機械を作るのも可能なのだろう?」


 私は更に困惑していた。彼女の言葉は私の思考を置いてきぼりにしている。

 そして、キューブを介してミニストルが彼女の言葉に「そう、知識があれば可能」と短く肯定の意思を示し、その返答に満足したのかロキのテディベアはスミス・キューブに手を当てる。

 これから何が起きるかを理解していない私を察してくれたのか、ロキはとても自慢げに説明してくれる。テディベアには表情はないけれど、その向こう側のロキ本人はさぞ小憎たらしい微笑みを浮かべているのだろう。


「ラズリア。端的にいうと、私がしたいのはレシピの共有さ」


 次の瞬間、テディベアがキューブに触れた部分が青く発光し始め、「レシピの提供」を承認するか否認するかを問いかけてくるホログラムボードが私の目の前に現れた。

 詳細な状況は分かっていないが、悪い結果にはならないだろう。そう判断して、彼女からのレシピの提供を受け入れる。

 承認した瞬間、自分のイベントログが氾濫を起こしたかのように一気に流れる。入ってきたレシピがあまりにも多すぎたのか、最終的には新着レシピのアイコンに99という数字の横にプラスのマークが付く形で届いた数が省略されてしまった。


 けれど、99+個のレシピが存在する事実に対する私の恐怖は、彼女がそれだけの知識を集めたことに対する畏怖ではない。

 ――この夥しい数のレシピの全てが、彼女の芸術家や設計者としての才能を発揮して製作された作品たちという事実が、私に底無しの恐怖を与えてくるのだ。

 スミス・キューブを使って閲覧した彼女作のレシピは素晴らしい物だった。どれも芸術的な意匠を施された芸術品でありながら、飾りがそれらの機械の本懐である機能を阻害することはない。

 芸術でありながら機能的。作品の全てが、彼女の化物のような技術をその身で表している。


 そんな怪物染みたカタログの中から「干し肉乾燥機」を製作するようにミニストルに注文した。また、選り分けた物資の中から、予め水を含ませておいた米とウィンナーに加えて幾つかの野菜と調味料をピックアップする。

 それらを持って客車で作業しているカログリアと合流することにした。


 客車の扉を開くと、香ばしくも微かにフルーティーな匂いが自分たちを包む。私には慣れ親しんだコーヒーの深い香りだ。

 私はゴーレムにはコーヒー豆の焙煎を、カログリアには彼らが焙煎した豆をミルで挽いてからコーヒードリッパーで仕上げるという仕事を頼んでいた。

 客車に入った私にカログリアが差し出してきたホットコーヒーをひと口飲んでみると、浅煎り特有の程よい酸味と苦みのバランスのコーヒーに仕上がっている。初めての作業としては及第点だろう。


「うん、悪くない」


 私はカログリアの頭を撫でていた。けれど、撫で続けるわけにはいかない。森の中ではまだお腹を空かせた兵士たちが駆けずり回り、私たちの役目は彼らの空腹を満たすことなのだから。

 ふと客車の窓から外を覗くと、積み重ねられた物資の箱に優雅に座って本を開いて読んでいる全身鎧の人物が居るのが分かった。彼女の注文は「一番いいコーヒー」だったはずだ。


「カログリア、もう一仕事頼めるかな?」


 私の言葉に彼女はこくんと頷き、ホットコーヒーが入ったティーカップをお盆に乗せて客車から出て彼女の下へ向かっていった。

 それを見届けた私はフライパンをコンロに乗せて熱し、そこにルルが届けてくれたバターをたっぷりと入れて溶かしていく。


「シェフ、今日のメニューは?」


 ロキが茶化すかのような口調で、私に献立を訊ねてくる。その答えは簡単だ。


「ピラフだよ。今の君はただのぬいぐるみだから食べられないけれどね」


 「本当に残念だ」という言葉を発しながら、テディベアが不満げに肩を竦める。

 そんな彼女を無視して、私は選んだ野菜をみじん切りにしていく。また、ニンニクは薄くスライスし、ふつふつと泡立つバターへ一切れ分投入していく。それから細かく輪切りにしたウィンナーとみじん切りにした野菜を加えて少し炒めると、バターとニンニクの混ざりあった芳醇な香りにウィンナーの焼ける匂いが合流し、これだけでも美味なのだと私の嗅覚に強く訴えかけてくる。

 けれど、これで完成ではない。

 用意していた米を投入し、コメが半透明になるまで炒める。そして、輝く米と野菜という色とりどりな宝石の山にコンソメと塩や胡椒といった調味料を加えてから水を適量注ぐ。

 水が沸騰したのを見届けてから、フライパンに蓋をして米を炊き上げるのだ。


 匂いに釣られてか、物資の選別前に会話していた無尽兵団の修道女が客車に入ってきた。彼女は数刻前と比べて本格的にキッチンとして稼働を始めた客車の内部を見て、呆然としたといった感じに立っている。


「ああ、炊き始めたばかりだからしばらく待っててね」


 私の言葉に彼女は空に飛びかけた自我を取り戻す。


「そうね、期待しとく。アタシの要件は、追加で呼んだ貨物車が到着して荷物の積み込みが終わり次第、ここを出発するというのを伝えに来た」


 貨物車の追加。なるほど、物資は余さず持っていくつもりらしい。

 けれど、集まった物資は多すぎるだろうから、選別するのに人員が必要になるだろう。この場で選別に役立つ知識を一番保有しているのは、間違いなくロキである。


「ロキ、私から離れて行動できる?」


 その問いには迷いもなく、すぐに返答が返ってきた。


「ああ、客車の外ぐらいの距離なら問題ないさ」


 その答えに私は2人に指示を出す。


「なら、2人とも物資の整理に向かって。カログリアにはこっちに戻ってくるように伝えてくれるともっと助かるよ」


 私の指示を聞いて、修道女さんはロキのテディベアをじっと見る。ロキは彼女の視線に気付いて、片腕を胸部に当てながら恭しく礼をしてみせた。

 2人が客車から外に出ていくのを見送った私は、ピラフが炊きあがるまでにキューブ経由でミニストルから届いた「干し肉乾燥機」を客車の隅に配置していく。

 そして、ゴーレムの中から数体を選んで、生肉を分厚めにスライスして香辛料をまぶすという工程を覚えさせた。

 それから、適切な時間でコンロの火を止め、ピラフは蒸らしの作業へと移行する。その間にも香辛料付きの干し肉が徐々に生産されていく。


 一息ついて窓から見る客車の外では、あらゆる人物がそびえ立つ荷物の大群に忙殺されようとしている。

 キッチンも私の動きをトレースしたゴーレムで忙しくなってきていた。撤収作業が終わるまでは、みな忙しく動き回ることになりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ