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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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14/22

【3−5】

 追加で用意されたアビサルスローンズの客車の窓から外の光景を見てみると、特に代わり映えのない岩壁がゆっくりと流れていた。

 スローンズの客車には椅子が存在しない。そのことに加えて現実世界で言う高級感溢れる客車を無骨な鉄板による補強で雰囲気を台無しに……、いや、世紀末風にリフォームしていた。

 人型になっているカログリアを含めた私以外の4人はスローンズの外に出て周囲を警戒し、私はスローンズの内部で床に「とっておき」の品物を並べている。


 魔鉄のフライパン。これはマーケットスクエアで露店を出していたプレイヤーが製作したフライパンである。鍛冶師系スキルの鍛錬のためにフライパンだけを大量に作ったはいいが思ったように売れず、市場の隅っこで泣きそうになっていたプレイヤーさんからまとめ買いした。

 何故かまとめ買いしたことを感謝されたが、この品質なら彼女の知名度さえ上がれば問題なく売れるだろう。……製作数を間違えなければ、だが。


 加熱機構一体型調理鍋「アッタマルくん」。眼の前で勝手に揺れる給食用の鍋のようなアッタマルくんは、リリウムがレコードを使って訪れた世界で拾った「スターレガシー」を天秤図書館に提出した報酬として獲得した「スターファクト」である。

 他に魔剣や魔導銃という選択肢があったにも関わらず選ばれたアイテムだ。

 作戦に必要だったというだけではちょっと不可解な選択だが、恐らくこの状況を予想して渡すために選んだのだろう。


 他にも普通の鍋やケトルに、魔法で動く卓上コンロ、スイッチを入れるだけで勝手に温まるホットプレートも配置していく。他にも細々した物も。


「ふーん、面白いじゃない。アタシたちの分もよろしく」


 無尽兵団からやってきた兵士の中でも修道女風の格好をした少女が私の様子を見て、冗談交じりと言った感じに言葉を投げてきた。実際、私たち4人の計画では私が他の3人に対して兵站支援をすることになっていて、エネルギー補充を兼ねたバフアイテムである「料理」を作ることに関しては私に判断が一任されている。

 だから、私が「可能である」と言えば誰の了承も要らない。もっとも、彼女たちに料理を渡すこと自体には異論はないのだが、持ち込んだ食糧的に全員で食べてしまうとあっという間に食材が枯渇してしまう。


「いいよ。君たちが自分で食材を持ってきてくれるのなら、ね」


 私の言葉に彼女は邪悪な笑みを浮かべる。言質が取れたと勝ち誇っているようにも見えるし、なにか邪な計算をしているようにも思える笑顔だ。


「なら、みんなに伝えるわ。毎回アタシたちだけ不味い飯を食べるのは気に入らないもの」


 彼女の言葉に疑問が浮かぶ。私がこの作戦に参加する際に聞いている話と矛盾しているのだ。

 リリウムの言葉でもあるし、アビサルホールに参加するために操作したホログラムボードに書いてあった終了条件も、リリウムのした説明と矛盾しない。そこに疑う余地は一切存在しない。

 けれど、アビサルホール調査の終了条件は、「無尽兵団のNPCが全滅する」なのだ。すると、彼女の言葉は終了条件と上手く噛み合わない。

 ……毎回。その言葉が正しいなら、彼女たちは「何度も」アビサルスローンズに乗っているはずだ。


「……ねえ、君たちは『ライブラ』と同じような感じ?」


 確かに同じような存在は知っている。けれど、彼女は首を左右に振る。


「違うわね。ライブラは神の分身に無垢なる魂を埋め込んだ物の1つだけど、アタシたちは神に造られた消耗品だもの」 


 続く彼女の説明をまとめると、まずライブラは「神の分身に個性を与えた存在」である。ライブラは他の個体や本体の神に対して共有される記憶の領域を持っており、ミニストルが口にしていた「すぐに代わりが送られてくる」とは「記憶を共有した個体を再度送る」ということらしい。

 ライブラの個体としての意思や思考は存在するものの、「天秤の神」という核に従ってライブラ全体としての行動の理念が決まってくる。必要なくなったライブラは神に同化し、記憶を神に手渡して魂は無垢な状態で休眠に入るようだ。


 一方で、無尽の兵士たちは「消耗品」だ。無尽の神が作り出した「肉体」に、同じように作り出した「魂」を埋め込んで、肉体との齟齬を起こさないように神の作った「ルール」が彼らを「調整」する。

 肉体が1回切りの使い捨てなのに対して魂は肉体の崩壊後に回収されて何度も違う肉体に移し替えられるが、魂に刻まれた歴史がその魂自身をひどく苛むことになった時には、――魂はすり潰されて新しい魂の素材にリサイクルされる。

 交換頻度の差異はあれど、結局はどこまで行っても消耗品なのだ。


「謀反とか反逆はしないの?」


 私の問いに彼女が鼻で笑う。


「少なくとも、『アタシ』はしない。神に逆らって生き返る権利を手放すなんて、そんなことしたらなんの無茶もできないわ」


 ……それに。彼女はそう前置きをして、消耗品として選べる、明るくも影も感じる将来を語るのだ。


「……神様も魂を鋳潰すのは嫌ってるから、魂が壊れる前に別の道も与えてくれる。神様直々に最期を与えるのは、本当に耐えきれなくなったその時だけ」


 私は彼女の話を聞きつつ、プレイヤーから仕入れたコーヒー豆から薄皮を取る下処理した物を手網に入れて、手網と豆をコンロで揺らしながら炙り始める。そんな私の頭にカラスの姿をしたカログリアが止まり、一鳴きしてスキルアイコンを私の眼前に出現させて「提案」をする。


「調理補助スキルは取らないって言ったよ。だから……」


 昨晩に作戦を遂行するにあたって料理が必須であると聞いたとき、調理補助スキルの存在をカログリアから教えてもらっていたのだ。けれど、料理アイテムの質がどんな失敗をしても勝手に上がるなり、材料を入れてフライパンを揺らすだけでオムレツが出来ると聞いたとき、ゲーム的には補助してもらうほうが正解なのだが味気ないと断っていたのだ。

 だが、提示されたアイコンをよく見ると、以前見せられた「歯車の歯が腕から飛び出ている機械の腕がフライパンを振るって炒め物をしている」ものではなく、「機械の手が人間の手と握手を交わす構図の上にシェフが被る帽子が浮かんでいる」ものだった。

 こうしていきなり「カログリアのおすすめ謎スキル」が始まるほどの異常事態が起きている、間違いない。


 カログリアが人間の姿に戻り、私に状況を説明する。


「100階層に着いたらゲートの先に森が広がってたけど、着いた途端にみんな嬉々とした表情で食材を狩りに行っちゃったの。ルルさんも、リリウムさんも、相棒さんも」


 想定内。アビサルスローンズは周囲の敵を撃破するごとに内部にパワーが蓄積され、パワーの蓄積度合いに依存して1つ1つの階層の長さを短くすることで深層に辿り着くまでの所要時間が短縮される。時間圧縮や距離の圧縮みたいなものであり、100階層に到着するのが予定より前倒しになったのは想定内だ。

 100階層ごとにランダムに生成された特殊な地形に繋がるゲートが現れるのも事前説明通りだし、食材で溢れてそうな森林地帯だったのもまだ問題はない。

 ただ、なんと言ったらいいのだろう。……この、嫌な予感は。


 私の耳にカログリアからの処刑宣告が届く。


「……あと、無尽兵団のみんなも飛び出していったよ」


 無慈悲なる全軍突撃、一致団結のファランクスである。私の目線はさっきまで会話していた兵士さんに移るが、彼女も事態に困惑しているようだ。

 つまり、彼女はまだ外の兵士たちには伝えていない。けれど、この会話は誰かに聞かれていた。

 まあ、聞かれていても別に不思議ではない。だから、右手を開いて「配信用カメラ(ランプアイ)」にかざして、言葉を放つ。


「ねえ、君たちのオーダーは?」


 予想通り、まずリリウムがコメント欄に書き込んだ。「森で取れた食材のオードブル」、と。それに加えて、相棒さんも「1番いいコーヒーを頼む」とコメント欄で言い出す始末。

 ルルは何か指示系統に異常が起きていると気付いたようで、こちらに「なにか手伝うことある?」と聞いてくれている。このままなら猫の手も借りたい状況ではあるが、誰も料理関連スキルを取ってない以上、3人には申し訳ないけれど私以上に動ける面子は居ない。

 それに、不思議な事態になるかもしれないのは彼女たちと付き合う以上は分かりきっているし、何より与えられた役目が困難になるのは面白さが増す。困難になるにしても、限度はあるけども。


 コーヒー豆を焙煎する手を止めず、空いているもう片方の手で浮遊するスキルアイコンに触れる。

 スキルツリーの名前は「クッキングゴーレムズ」。「大星樹の番人」スキルツリーに含まれている「アームズ・フェアリー」から派生した新たなスキルツリーであり、ゴーレムなどの使役物に調理風景を見せることで、使用プレイヤーと同じ技能を持たせることを可能にするスキルツリーである。

 ここで言う技能とは「スキル」のことではなく、料理を行う「現実の技術力(リアルセンス)」であり、乱暴に言うなら1度調理手順を見せればゴーレムたちが真似してくれるわけだ。


 確かに調理補助スキルと同じで「ズル」にはなるのだが、お手本は私自身であるのだから生産数以外では実力を超えた結果は生まれない。それならば、スキルを受け入れるだけの価値は存在している。思考が答えを導き出したのを自覚したすぐに、スキルアイコンを勢いよく握った。

 スキルポイントの割り振りを片手でしていると、コメント欄に新しいコメントが流れてきた。送り主は匿名であることを何処かに捨ててきた「ロキ」本人であり、一言だけ「面白いことしてるね。可愛いラタトスク」と書き込んできた。


 ……そうだね、私はラタトスクだ。フレースヴェルグとニーズヘッグの喧嘩を煽る可愛い栗鼠だ。

 貴女が見ているなら、舞台に立つ役者を煽り立てて、舞台を熱狂と狂気に支配させるのも悪くない。


「みんな。調理は私に任せて、好きに採取していいよ」


 ロキが私の言葉に反応して、恐らく苦々しげな表情で「私も君達と一緒に遊びたいものだよ」とコメントを書き込んだ。

 本当にこの人はどこに居ても変わらない。姪たちと遊びたがる一面を持ってるのがこの「叔母さん」である。


 けれど、そうだね。これだけは言えるだろう。


「その縛りプレイを止めたらいいんだよ。ロキ」


 対する答えは「それは面白くない」である。わがままなのも相変わらずだ。


「なら、君の知識を教えてよ。できるよね?」


 返答はコメント欄ではなく、突然空中に現れてぷかぷかと浮かぶ黒いテディベアから響く声であった。


「いいだろう。あと、フレンド承認助かるよ。こうして私の分身を飛ばせるようになったのだからね」


 テディベアの出現に気を取られたのも数秒で、客車の外が一気に騒がしくなってきた。

 どうやら、地獄の戦場に捧げる供物の第一陣が届いたらしい。

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