【3−4】フィムレル鉱山の深淵へ
さて、今日は休日である。現実世界の昨日に魔王に何度も3人まとめて捻られた後、私は翌日が休日という事実に甘えてゲーム内で徹夜していた。
――さて、現在地は「フィムレル鉱山」である。ランダム生成も可能なレコードの中でもあらかじめ内容が決まっている地域の名前で、ライブラに頼めばピンポイントでレコードを制作できる世界だ。
内部は現在のチャンネルが同じプレイヤーが1つの世界に集結して攻略できるダンジョンマップとなっており、私は先に現地に集合している3人と合流する手筈になっていた。
遊びが終わったあとに各自装備やアイテムを物色していたため、昨日とは全員様子が変わっている。
ある者は「ポーションベルト」と様々な色彩が美しい数個のフラスコを身に付けて、また別の者は背中から蒸気を吐き出す1体の機械兵を従えて、もしくは半分幽体化していて半透明な複数の司祭を引き連れてこの場に立っている。
「なるほど。昨晩解散したあとに、自宅で徹夜していた者は正直に手を挙げなさい」
3人は私の問いに手を挙げ、私もゆっくりと手を挙げる。
ゆえに全員徹夜テンションなのだが、果たして大丈夫なのだろうか。そんな疑念は思い浮かぶものの、一徹目ならまだ全員セーフだろう。
天井が高くカンテラの光が届かぬ暗い鉱山の中、各自がその手に持ったカンテラだけがお互いを照らしていた。薄明かりに照らされるのは、それぞれが持ち寄った「とっておき」の武装たちである。
ルルは彼女らしい選択をした。彼女は前線に立つよりは後方支援や援護射撃が得意な人間であり、持ち寄ったポーションは各種エンチャントを付与できる効果を持っている。
普通はポーションを武器や弾薬に垂らすという行動が必要になるのだが、彼女が右手に着けている幾何学模様が描かれた手袋――「エンチャント・ハンド」は、ポーションをベルトにセットしていれば手袋で対象を撫でるだけで薬液を塗布することを可能にしている。
相棒さんはどうやらゴーレムの動力問題を解決しているようだが、リリウムの司祭たちは……よく分からない。なにか従者たちに改善点があったのだろうけど、素人目には実体のあった骸骨から少し人間らしさを取り戻した幽霊に変わっていることしか理解できないのだ。
「では、下準備を始めましょうか」
リリウムが暗い坑道を先導し、この場に集まったメンバーに作戦概要を説明してくれた。
今回このメンバーを招集した理由は、フィムレル鉱山の第1階層に存在する「アビサルスローンズ」というギミックに乗り込み、「アビサルホール」と呼ばれるダンジョンの500層地点を目指す手伝いをして欲しいということらしい。
そして、あわよくば各自の目標を達成するのが今回の目的であるとも告げられた。
「アビサルのゴーレムの秘密を探る」
「地下を駆けずり回る兎を飼い慣らす」
「新鮮な鍋の材料を手に入れる」
聖徳太子ではないからよく聞き取れなかったのかもしれないが、耳に届いた言葉が正しいならば相棒さん以外の2人はもっと適したダンジョンがあったのではないのだろうか。
さて、私の目的は簡単だ。そんなものはなかった、そう言う以外に答えはない。
強いて理由付けするならば、みんなの力に、特にルルの野望を叶える手助けをしたかったからというべきか。
「私はルルたちを手伝いたいだけだよ」
私は何か特別なことを口にしたつもりはない。けれど、リリウムは私に背後から抱きついて頭をもみくちゃにするし、ルルはリリウムに対抗するように前から抱きつく。
つまり私は2人にプレス圧縮されている形であり、力加減を間違えられたら最後、肉体が変形してしまうまではいかなくとも痛みは感じるだろう。
けれど、身の危険は相棒さんがわざとらしく咳払いをすることによって回避された。私を圧縮加工しようとしていた2人は私から離れ、相棒さんに倣うように咳をするかのような鳴き声をあげる。
意図しない戯れを経て辿り着いた場所は、高層ビルを数本まとめて飲み込むことが容易な直径の底なき大穴の縁であった。大穴の縁に1箇所だけ石材で舗装された道が存在し、道は大穴の壁に沿うような螺旋状となっていて、下層に向かって伸びている。
大穴の道の入口付近には、周囲と自身を機体に搭載されたスポットライトで照らす、一言で例えるなら蒸気機関車のような車両が1台停まっている。
ただ、機関車のような細長い車体ではあるが、足回りは車輪ではなくキャタピラとなっているようだ。
深淵への片道列車――「アビサルスローンズ」のそばでは黒いコートの人物たちが作業しており、彼らに近づいていくとコートの随所に「弾丸とそれに巻き付く植物の蔦」を模したマークのエンブレムが存在するのが分かる。
……エンブレムの紋章によく似た物を、私たちは知っているだろう。
ネレカドラ・ファミリーの構成員によく似た風貌の男性がこちらの存在に気付いて、軽く右腕を上げて振ってみせた。
「やあ、リリウムとフォルマイカ。そっちの2人は前に言っていた助っ人かな?」
その質問にリリウムは微笑みながら答える。
「ええ、私の妹とその友人。どちらも頼りになる仲間よ」
どこかくたびれたコートの男は私たち2人をじっくりと観察し、納得したと言いたげに口角を上げてみせた。
「ああ、確かに君たち2人によく似ている。君たちに似て、彼女たちには微かな狂気が染み付いている」
狂気を抱いている。そのことに関しては否定しなければならない。
確かに、薬草が生えている森へのレコードを引き当てて、ひたすら薬草を集めては調合していた魔女は存在する。彼女が無秩序に作り出した調合薬の治験を手伝う彼女の友人もいたりする。けど、ゲーム内時間で40時間ほど森を駆け回った2人組というのは珍しいものではないはずだ。完成した魔法薬で、私の肉体を一撃で吹き飛ばすことに成功してしまったのも普通だと言い張りたい。
献身のお返しにフィムレル鉱山の通常地域を一緒に歩き回って、魔法薬で豪快に採掘して回る2人組は私たちのことだ。次第に従わせる鋼鉄の人形を増やしていった変人も私のことだろう。
ほう、なるほど。確かにそうだ。
「そうだね、否定はしない」
自らが歩いてきた軌跡をまとめるほど、己が抱く狂気を否定できなくなるのは面白いものだ。
因みに、鋼鉄の人形を動かす技術は【大星樹の番人】のスキルツリーにあった【アームド・フェアリー】を取得することで手に入れた物だ。
【アームド・フェアリー】は装備品である【フェアリーアイズ】の機能を拡張するスキルであり、妖精の索敵能力を失わせる代わりに人形やゴーレムに憑依させ、大まかな号令に従って憑依物が勝手に動き回れるようになるスキルである。
端的に言うなら、漫画とかで陰陽師が使うような式神みたいな物だろう。
それに加えて【AP上限アップ】を2段階分だけ取得し、一度に扱える妖精の数を向上させている。APを使うスキルには直接APを消費するタイプと、AP上限からスキルに決められた数値を一時的に凍結するタイプがあり、【フェアリーアイズ】は後者の凍結タイプだ。
そこにミニストルに頼んで作ってもらった【スミス・キューブ】というアイテムが合わさり、私の【マイワールド】内の金属インゴットが尽きぬ限り戦場に金属の小さな兵士を供給することが可能になっている。
ここに至るまでに私たちは何回も崩落した岩盤に潰されたり、森の動物に狩られたりした。そして、お互いに素材をたんまり集めきった後は各自のマイワールドで朝食の時間まで素材を加工していた。
その過程を経た後に朝食が終わって、現在となる。なるほど、我ながら狂っていると言わざるを得ない。
思慮に耽る私の前で、男性は胸に拳を当てて会釈をする。この礼の形式はガラディオのものと酷似しており、レネットたちと関係があるのだと理解することができた。
「ネレカドラ・ファミリー傘下の『無尽兵団』にてアビサルの調査を任せられている【レッデノール】だ。以後お見知り置きを」
私とルルは彼とは初対面であり、同時にアビサルホールに近づいたのも初めてである。けれど、リリウムと相棒さんは初見ではない。そのせいか、2人は何か現状で気になることがあるらしく、彼女たちの顔に疑問符が張り付いているのが分かった。
「レッデノール。いつもの兵士たちも居ないし、いつものスローンズも見当たらないのだけれど、何かあったのかしら?」
レッデノールが不敵な笑みを浮かべて、最近の状況が面白いことになったと言わんばかりに朗らかに語りだす。
「ああ、我らが主がつい最近になってアビサル調査に労力や資源を掛けるようになってね。今日は兵団お抱えの工房から色々と新作が到着するのさ」
その言葉から始まった彼の話を聞いていて分かったことは、彼の直接的な上司は「レネット」やネレカドラのボスではないことと、「無尽兵団」は「無尽の神」が指揮する私兵集団のような物であるということだ。
無尽の神は彼らに勅令を下し、過去の「無尽の神々」が創造したこの大穴から現在では失われた技術や遺物を掘り出そうとしていた。ただ、世界の運命が覆る流星群の日が訪れてから現出し始めた「スターレガシー」は遺物より強力な物も多く、次第に遺物たちは役割を奪われ無尽の神もアビサルホールを重視しなくなっていった。
けれど、無尽の神は再びアビサルに価値を見出した。きっかけは私たち「遊戯者」がこの世界において自らの存在の価値を示してみせたことらしく、プレイヤーが打ち捨てられた過去の遺産から何を創り出すかを見てみたいと「無尽の神」に思わせたからだ。
「あと、我らが主はどうも実験をしたいらしい。新作がどこまで戦えるかの実験を、な」
話題の新作は程なくして現れた。
砲台を背負った四本脚の鋼鉄の巨大な甲虫の群れに、機械の腕を持つ青色の色彩が特徴の服装をした修道女たち。修道女たちにはそれぞれ1人ずつ黒鉄の全身鎧を身に着けた騎士が付き従っている。
騎士と修道女の一団の後ろには、顔面にオペラマスクのように表情の読み取れない顔面の付いた異形がぞろぞろと群れをなしてついて来ていた。
顔面にオペラマスクを身に着けているのではない、顔面がマスクそのものなのだ。背骨のように細長い首の先に取り付けられたマスクから覗く眼球は青い光を放ち、顔面を暗闇に浮かび上がらせている。金属製の骸骨というべき肉体の腰骨は大きく形を変え、腰から下は4股に分かれてゲームでよくある4脚歩行の形を取っている。
「無尽の神様も本気なんだね。ほとんどが人間の形を保っていない」
私がリリウムに言葉を投げかけると、彼女は部分的に同意した。
「ええ、本気みたいね。――あまりにも人間型が多いもの」
リリウムが呼吸を止める。それは今回の集まった理由とは別に私たちがやるべきことを開始する、その直前の休符であった。リリウムが呼吸を止めたのならば、私は目を瞑って周りの音を聞く。隣から、自分自身に暗示をかけるかのようにルルベリスが小さく呟くのが聞こえていた。
……音楽的に言うならば、音合わせである。全員の気持ちが切り替わったあと、私を含めた3人が異口同音に「呪文」を唱えた。
「ランプアイ、接続開始」、と。




