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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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12/22

【3−A】

 落ち着いた雰囲気のカンテラ型照明が天井から吊るされた、赤いレンガ造りの内壁が印象的な喫茶店に私は居る。

 時刻はもうすぐ夜の7時であり、今日の私の勤務時間は7時で終わりになる。

 ここは「盤上喫茶店−ファレナ」。美味しいコーヒーを飲みながらホログラム式のボードゲームやカードゲームを遊べる場所、というのが売りの喫茶店である。

 店のコンセプトや内装は店主の独断と趣味だ。


 店に訪れる客は様々だが、様々すぎてサメがカモをかじるみたいに悲惨なことになるときもある。

 例えば、とあるテーブルを囲んでいる3人組のうち1人は盤上を魔王として支配して、残る2人をいたぶろうと攻め続けていた。

 迎え撃つ2人の内の片方は類まれな運と鋭すぎる直感で魔王に喰らいついている。

 だが、もう1人は運勢を味方の狂犬に吸い尽くされ、あらゆる感覚でも魔王に負けている彼女が魔王に抵抗する余力は残されていない。それでも、彼女は味方に対する支援を止めることはなく、諦めることを選択せずに魔王に立ち向かっている。


「ルリ、お前さんが一番弱っている彼女なら次はどういう一手を指す?」


 カウンターから配信画面を見ていた店主が、食器を拭いている私にそう質問を投げかけてくる。

 彼女たちが座っているテーブル席は、店内の客や店員にプレイヤーの様子を配信することが可能なテーブルであり、カウンター頭上の映像を見ることでそのプレイヤーたちの決闘を眺めることができる。

 自分の手元で見たいという場合は、各々のテーブルに置かれたリンクコードを携帯端末のカメラ機能で読み込むことで、配信視聴用のインスタントアプリをレンタルすることが可能になっていた。


 さて、彼の質問だ。私が彼女ならば、恐らく守りの一手を取る。


「私なら、次の手札を見るために1ターン生き残ることを優先する。……あの手札じゃ魔王を刺しきれないから、次に賭けるよ」


 それが私と彼女の違い。私はどう相手を詰ませるかを冷酷に考えるけども、彼女はアグレッシブに力でねじ伏せることを得意とする。

 ただ、彼女はゲームの序盤にその積極性が祟って目立ちすぎて、魔王に先んじて攻勢の芽を潰されてしまった。

 だから、彼女の次の一手は驚いた。最低限の抗戦を行いつつ、魔王の出方次第で反撃を行えるチャンスを作り出したのだ。

 彼女の一手に魔王は10秒ほど思考を重ね、魔王は無慈悲に彼女に最期の一撃を与える。彼女の献身により残された勇者は魔王に重い攻撃を与えたが、勇者も長くは持たないだろう。


 ゲームエンド、だ。魔王は残された最後の希望を摘み取って、観客の前で無惨に握り潰した。


「ルリ、仕事も終わりの時間だ。魔王の義妹(いもうと)として、義姉(あね)の顔に存分に土を付けてきてあげなさい」


 店長――伯父がティーカップ1杯の温めのホットコーヒーを差し出しながら、私に仕事の終わりである7時を告げる。コーヒーを一気飲みすると、思考がクリアになる感覚がした。

 因みに、魔王の彼女と私の関係は血縁的には従姉妹の関係である。

 けれど、彼女は私を妹として扱ってくれるし、私も姉として慕っている。どうして私が伯父の養子になったのかの経緯は忘れてしまっているのだが、姉も伯父も私にあまり語ろうとはしない。


 ……ある日を境に、それより過去の記憶が私から全て抜け落ちてしまっている。

 時間の空白、記憶の喪失。あるべき時間を失ったことによる、精神的な欠如。それが私の忌々しい本質だ。

 一番古い記憶は、今の姉が病院の一室でベッドの端に腰掛けていた私を、ぎゅっと抱き締めたことだろうか。

 けど、そうだね。「両親が死んだことは知っている」し、「両親が死んだ時のとある事件が記憶消失のトリガー」であることも知っている。

 だけど、不思議と記憶を取り返そうという気は起きないのだ。


 ただ、私の夢の中でたまに残響する声が、誰の物だったのかが分からない。

 1つは優しく言い聞かせるような、か細い男性の声。もう1つは、……幼い少女が理不尽を嘆き、己の中から溢れ出る怒りに震える声。

 きっと、忘れてはいけない何かを忘れてしまった。でも、取り戻したところで私に何ができるのだろうか。


 そんなことを想起しながら更衣室で普段着に着替え、私の参戦を待つテーブルへと歩みを進めていく。


 カモられすぎて涙目になっている友人の「イチゴ」は近づいてくる私を見て抱きしめようとにじり寄ってくるし、魔王こと「ユリネ」は自分を殺しうる存在に対して不気味に破顔する。

 ゲームに喜怒哀楽を持ち込む2人とは対象的なのは、姉の相棒たる「アリス」だ。彼女――相棒さんは手元の菓子袋から筒状に丸められたクッキー生地の中にチョコが詰まった洋菓子を取り出し、周りの騒がしさを肴に上品に味わっている。彼女は本当にいつもマイペースだ。


 ゲームの盤上という世界を、4人のタイタンが取り囲む。巨人たちは魔王と勇者一行に分かれ、自分に相応しいハッピーエンドを得るために与えられた手駒と手札を切り始めるのだ。


「さて、傲慢な魔王の退治を始めようか。そうでしょう、姉様?」


 私の言葉に魔王が笑顔になった。

魔法使いは杖を取り、勇者は剣を磨く。そして、修道女がメイスを握り締める。


 ――いま、勇者一行と魔王が踊る舞台の幕が上がった。

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