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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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【3−3】

 暗黒が支配していた世界は光を取り戻していき、視界いっぱいに見上げるほどに背の高い書架が立ち並ぶ部屋へと私は転移していた。

 書架は緩やかにカーブしているように見える。本棚の所々に青い光を放つ炎が揺らめくカンテラが取り付けられていて、手の届く範囲のカンテラに手をかざしてみると青い炎はひんやりとした冷気を放っていた。


 クモの巣のように張り巡らされた通路を中心部に向かって進んでいくと、書架の壁に囲まれた広場が存在していた。

 広場の外縁は橙色の丸い果実が実る生垣が整備されているようだ。広場の中心では人が4人ほど囲んでも少し余裕ができる大きさのテーブルが設置されており、テーブルを囲むように4脚の椅子が置かれているのが分かった。


 しかし、椅子の1つに先客は座り、優雅にティータイムと洒落込んでいるらしい。

 角帽を被った少女は私達の存在に気が付くと、不敵な笑みを浮かべながらこちらに手招きをした。


「英雄さん、待っていましたよ。犠牲になってこそまさに美しい英雄という物です」


 その言葉は余裕に満ち溢れていた。

 彼女の容姿はどこか私達と似た物を感じさせるもので、まるで私とカログリアを足して2で割った灰色の彩色だ。中間の値を取らないのは瞳の色だけだが、青と赤のオッドアイなので結果的に融合結果と言えるだろう。

 ――不気味だった。まるで全てを見てきたかのような言動や容姿に、本能に訴えかける原始的な恐怖を感じた。

 だから、私は彼女に銃口を向けた。なのに、彼女は理解できないと言いたげに首を可愛らしく左に傾げる。


「ふむ?なるほど、逆に怖がらせてしまいましたか。貴方には悪意も敵意も向けずに話しかければ大丈夫と踏んでいたのですが」


 確信した。眼の前の少女は少なくともあの神徒さんとの会話も知っている。

 けれど、彼女から敵意も悪意も感じないのも、私が一番よく感じ取っている。


「なら、お互いに自己紹介と行こうよ。ドッペルゲンガーさん」


 角帽を被った少女が席を立つ。私たちが修道女であるならば、彼女は灰色の学者だ。

 白いシャツに灰色と黒のチェックスカート。シャツの上からは黒のクロークを身に着けていて、足元は私の見間違いでなければ焦げ茶色のブーツ――キャットフットだ。


 彼女がゆらりと1歩進んだところで私の視界の一部が歪んだ。それが空間の歪みだと私の思考が結論を導いた次の瞬間に、離れていた位置に立っていたはずの彼女が私の眼の前に再び現れた。

 彼女が現れた距離は、私が構えた銃の銃口より私に近いものだった。彼女は自分の右手を私が引き金に添えている右手に重ねて、私の行動を抑止する。

 ここまでされてしまったならば、負けを認めるしかないだろう。彼女がナイフを持っていたならば、私の喉笛に鋼の塔のモニュメントが建造されていただろうから。


「私としては壊されても代わりをすぐ届けるのでいいのですが、とある祈り手さんに別の私たちが結構壊されて泥仕合になりまして。なら、抑制できる余地があるならば仕掛けるべきかなと」


 自分の口から自然と溜め息が出た。この状況に陥るほどに自分を鍛え上げられていない事実に、ちょっとだけ不甲斐なさを感じたからだ。

 もしリリウムや相棒さんが私と同じ立ち位置だったならば、歪みを視認した瞬間に距離を取るか一か八かで反撃を試みるかを考える、その余裕はあっただろう。

 引き金に添えた指と手を外し、同時に握っていたマガジンからも手を離してライフルを自由落下に任せて地面に落とした。そして、この小さな戦いの勝者に称賛の言葉を投げつけるのだ。


「そうだね、私の負け。テーブルまで案内して、不思議な人」


 私がぶっきらぼうに放った言葉を受け取った彼女は満面の笑みを浮かべて私から距離を取り、どこかの貴族の令嬢のように上品な礼をした。彼女の案内のままに広場の中央へと歩みを進めていった。

 そうして、私達3人はテーブルを囲んで椅子に座る。席順は私と謎の少女が向かい合わせに座っていて、私から見て右手側の席にカログリアが座っている形だ。

 テーブルの中央にはビスケットが盛り付けられたティースタンドが置かれており、いつの間にか私とカログリアに配膳されたティーカップに4本の足が生えたティーポットがお茶らしき液体を注いでいる。ティーポットの足はマネキンのような球体関節が付いた金属製のパーツになっている。見方を変えれば、ティーポット自体が虫の一種にも思えてくる。


「まるで虫か蜘蛛」


 私が口にしなかった事を投げ込んだ伏兵はカログリアである。そして、それに対して少女がニッコリと笑って言葉を放つ。


「ティーポットではなく蜂が口から蜜を吐き出すようなのがご所望なら、それも現実にできますよ?それが『ライブラ』の力ですから」


 なるほど、と心の中で興味がざわめいてしまった。蜂がカップに蜜を垂らす光景はちょっと見てみたいものだ。


「素晴らしい提案だね。私は提案に乗るよ」


 少女が腕を上げて、指を1回鳴らしてみせた。すると、いつの間にかティーポットはお腹の橙と黒の縞々模様が芸術的なミツバチへと姿を変えた。見る人によっては卒倒しそうなサイズの蜂が口から紅茶を注ぐ光景は、私には全く動揺を与えなかった。けれど、隣で蜂を見つめているカログリアには少なからずダメージを与えることに成功してしまったらしい。

 彼女は眉間にシワを寄せ、私の顔と少女の顔を交互に見ている。


「ねえ、ラズリア。なんで平気なの?」


 その問いに対する答えは簡単だ。


「別の世界でこういうのには慣れてる。……環境で一番効果が高い回復薬が丸々と肥えた芋虫だった時代がある世界で、ね」


 最前線の攻略組と扱われる条件が芋虫を咀嚼しても大丈夫なことであった時代が存在したその世界(ゲーム)で、狂信的な農家プレイヤーが養蚕を極めすぎた結果生まれたのが「ヒーリングワーム」であった。


 この「ヒーリングワーム」の長所は、即効性の回復アイテムの中では回復量が飛び抜けて高く、またプレイヤーの技術によっては摂取するのに必要な時間も非常に短いこと。加えて、効果的であるのに増産も容易であるのだから、まさに「神の回復薬」と言えるだろう。

 短所は口に入れる前に絶命させたり調理すると、効果が使い物にならないぐらいに激減すること。

 つまり、最適解が「生きたまま素早く飲み込む」という絵面が最悪な最高の薬なのだ。


 もっとも、この事態には農家ギルドや錬金術ギルドも危機感を覚えたようで、生食より若干効果は下がった代わりに誰にでも実用的なポーションが開発された。材料に「ヒーリングワーム」が使われていることを除けば、世界は皆に対して優しい顔つきになったものだ。


 そう、私の現在の世界は優しかったのだ。

 少なくとも、「回復甲虫:試供品」と大きく書かれていてビニールの小窓が付いた茶色の紙袋を、少女が虚空から取り出してテーブルに置かなければ。

 その小窓から中を見てしまったカログリアが小さく悲鳴を上げ、こちらを怯えた表情で見るまでは。


「とある祈り手さんが配ってますが、恐らく回復力は現状最強ですよ。食べるのが大変ということでまだ人気はありませんが」


 それはそうだろう。コンビニのおにぎりサイズのコガネムシみたいな成虫を喰らう勇気は、流石の私でもまだ持っていない。けれど、情報ウィンドウを表示させると確かに効果は目を見張るものがある。

 だから、そっとアイテムインベントリに収納した。


「最終手段として使ってみるよ」


 私の言葉にカログリアが首を勢いよく左右に振る。彼女は冷静で落ち着きがある人物だと思っているのだが、その評価からはかけ離れた非常にアグレッシブな拒絶の意思表示である。


「大丈夫だよ、君には食べさせない」

「その言葉、信じるからね?」


 そう、約束は守られるべきだ。少なくとも、君に食べさせるのが最適解であり唯一の解決策となる事態が起きなければ、危惧する未来はやってこない。

 約束を破った日には、恐らく未来永劫その嘴で突かれるだろう。


「さてと。こういう雑談も好きなのですが、残念ながら私には果たさねばならぬ役目があります」


 そう言って、少女は両手を水晶玉で占うかのようにテーブルの中央にかざす。邪魔なティースタンドはテーブルの片隅に勝手に移動しており、ティースタンドの下部からは金属の足が生えていた。

 テーブルの中央では小さな吹雪が渦巻いて、少し待っていると吹雪が止んでテーブルに小さな雪原を作り出す。雪原の上には雪の意匠がされた王冠のような形のスキルアイコンが浮かんでおり、スキルアイコンの詳細を開くと「雪原の城主」というスキルツリーが表示された。


「また、こちらも興味はあるでしょう?」


 雪が強風に吹かれたかのように姿を消し、四角の頂点を指すような形で4本の鋼鉄の柱がテーブルから生えてくる。柱たちの中心にはまたアイコンが存在し、それは「技師街の城主」という名前だった。


「もしくはこれでしょうか?」


 少女が柱を押し退けると柱は姿を消して、筍のように石墓が次々と生えてくる。今度のスキルは「屍の王」という名前であり、技師街とこの墓場は私が見聞きしたのと似ている物として候補として選ばれたのだろう。

 だから、私は相棒さんの忠告通り彼女を利用することにした。


「私は冒険に特化した土地がいい。正確には、冒険者たちをサポートできる膨大な生産力の礎があれば嬉しい」


 質問に対して、彼女は少し首を傾げて考え込む。少しの沈黙を経て、彼女は何処か分からない景色が映る半透明な3つの浮かぶ球体を作り出す。


「人を支える実りとは多彩なものです。海からしか得られない物もあれば、森から得られる物もある。そして、自給自足にこだわらなければ平原に城を築いて職人と工房を集めるのもいいでしょう」


 彼女はにっこりと笑う。その笑顔は今までで一番眩しい物で、愉快な提案をするのだと私に理解させてきた。


「いっそ、冒険者が縛られないために空に浮かべるという手もありますよ。貴女が飛行する手段を用意できるのならば、ね?」


 その提案は私にとっては海や森より魅力的で、けれど間違いなく運営難度が極めて高い物であった。だが、空に漕ぎ出すというのはロマンがあるだろうし、頬を撫でる風は気持ちがいいだろう。


「しかし、地に足を付けない土地の管理はとても厄介なものです。ですので、私は貴女にこれを提案します」


 球体がテーブルに落ちて砕け散り、テーブルの中央にこれまでのオブジェと比べると巨大で、雲海すらも貫く1本の大樹が現れた。大樹の枝には深緑の葉と赤い実が付いており、樹の足元では草木が生い茂って風に揺られながらさざめきの詩を歌っていた。


「空を飛べるのならば、果実を直接得ることも叶うでしょう。雲の上にまで到達すれば、地上より星空に近づき、新たなアイテムの作成に役立つかもしれません」


 私は大樹が揺れる様子に目を奪われていた。この幻想に満ちた植物を自分の所有物に出来るのならば、並大抵の苦難では私の心を折ることは不可能だろう。

 無意識のうちに大樹の上に浮かぶアイコンに手を伸ばし、はっきりとした意識を取り戻した後にアイコンをぎゅっと握りしめた。

 私という巨人が世界のシンボルをその手で掌握したとき、私は【大星樹(ダイセイジュ)の番人】となったのだ。


「では、名前を決めてもらいます。貴女が収める地の名と、望むなら貴女に付き従うことになる私という『ライブラ』の名前も」


 土地の名前はまだ思い浮かばなかった。けれど、彼女に与える名前は自然と口から溢れていた。


「【ミニストル】、それが貴女の名前。……土地の名前はまた今度考えるよ」


 彼女は微笑んだ。満面の笑みとは違う、恍惚とした笑みだ。

 彼女を観察するのを止め、メニュー画面を開いてゲーム内メッセージの中からリリウムが飛ばしてきたメッセージを開く。そこに書かれていたざっくりとした「依頼」を読み、「ミニストル」に最初の仕事を頼むことにした。


「ねえミニストル、これは『ライブラ』としての仕事。『フィムレル鉱山』へのレコードを作って欲しいの」


 何も書かれていない1冊の本――レコードをインベントリから取り出し、机の上に置いた。

 ミニストルはレコードを手に取り、私に仕事の注意点の確認をしてきた。


「貴女の世界基準で1時間は掛かるかと。よろしいですか?」


 何も問題はない。少ししたら、私はしばらくオフラインになるからだ。


「問題ないよ。お願いします」


 彼女はレコードの1ページ目を開き、虚空から取り出したガラスペンで文字を書いていく。

 その様子を眺めていても何も起きないのは分かっているので、椅子から立ち上がってランプアイ(視聴者)に対して手を左右に数回軽く振ってから接続を解除した。

 そして、私を見つめるカログリアに近づいて頭を撫でる。


「じゃあ、カログリア。またよろしくね」


 彼女はゆっくりと頷く。

 ログアウトの選択肢を選ぶと、世界が青い粒子に包まれてから私は現実に戻っていった。

続きは2週間以内に

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