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不公平VRMMOに瞬く双星:グリモワール・テイル  作者: 筆狐@趣味書き
第1楽章−アンデルニーナ24時間

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【3ー2】

 広場のベンチという名の中身のない木箱に私は座っている。ルルは調べることがあると言って広場を駆け巡り、私は世界と手のひらに収まる宝玉を交互に眺めていた。

 私の手のひらの上で「領主セット」は輝いている。領主セットの使い方自体は鑑定スキルを使うまでもなく情報ウィンドウを確認したら把握できたし、あとは個人行動になるのを待つだけである。

 もっとも、彼女と行動するこの時間も決して悪くないので、1人になる時間がやって来たら領主セットを触ろうというだけだ。

 その彼女は何か成果を得られたようで、こちらに苦い顔をしながら歩いてきていた。


「ルル、成果はどう?」


 私の問いに彼女は1つため息を吐く。落胆というよりは、厄介なことになったと言いたいようなため息だ。


「初めてレコードを買ったプレイヤーが女性なこと、その人が【天秤図書館】という派閥で領主セットの試験テストに関わった人物であること。そこまではいいんだけどねえ……」


 情報収集の合間に買っていたのだろう。彼女はこちらにカフェオレと思わしき絵柄の紙パックを2つ差し出しながら、自身ももう片方の手に握られた紙パックから飲み物を啜る。

 私も彼女の手から受け取り、隣に座るカログリアにも渡した後に各々で飲み物を啜り終える。

 いや、言い方を変えるならば。


「うーん。全く甘さもコクもないし、その他もかなり薄いなあ……」

「それは仕方ないと思う。世界がこんな感じだし」

「普通の味、だと思うよ?」


 ――プレイヤーたちは、吸う勢いに任せてカフェオレを胃の中に無理やり流し込んだ。そう表すのが適切なのだ。

 カログリアは私達2人を見て軽く首を傾げながらゆっくりと啜っていた。

 壊滅的なバランスにより不味いカフェオレを全員が飲み終えたのを確認し、言葉の続きを彼女は紡ぐ。


「どうも、その人物は黒っぽい可愛らしいドレスを着た人物なんだよね」


 なるほど、ここからが本題なのだろう。彼女の望みは人物の特定ではないし、更に言うなら恐らくお互いに涼しい顔で殺戮をこなす悪鬼の顔が浮かんでいるだろうから。


「で、従者かペットか分からないけど4人ほど随伴兵を連れていたって話だから、それがペットならテイムの仕方を聞こうかなと思うんだ」


 もっとも、コメント欄を見る限りペットではないのだろう。大勢の人間にもみくちゃにされながらコメントする器用さは見習いたいところだが、落ち着いてからでもいいだろうに。

 ただ、親愛なる先達はルルに情報を共有するように促しているし、彼女の意思を尊重して私の言葉で状況を再解釈してルルに伝えることにする。

 私は口に人差し指を当てた。


 どうしてだろうね。私がこの動作で人に静寂を求めると、周りの人が私の目を見て一瞬怯えることがある。


「リリウムからの伝言。君の言葉を借りるなら彼らは従者のような存在で、彼らの寝所を管理する代わりに使役するという契約によって力を貸してもらっている。とのことだよ」


 私の言葉にルルは少し考えを巡らしてから、生命値(バイタル)や所持金が表示されているホログラムボードを浮かべて「ぐぬぬ」と唸った。


「つまり、御猫様の住処を整えることで御猫様の従僕になれる可能性が存在すると。けど、さっき見てきたけどさ……」


 この世界は不公平ゆえに、チャンスを掴めればあらゆる物が手に入る。一方で変なところは平等ゆえに、正規の対価を支払って何かを手に入れる場合にはちゃんとむしり取られる。


「領主セット、オプション抜きでも高くない?」


 それは同感である。さっきネレカドラの販売員が売っていた一番安い「幻想領主ビギナーセット」ですら、初期所持金の50倍近い値段はしていた。


 私もベンチに座る前に軽く市場を見物していたのだが、実は物価に対して初期所持金はかなりの量を渡されていることに気づいたのだ。

 例えば、ルルが私達に手渡したカフェオレで現在の所持金を換算するならば、カフェオレを千個近く購入できる計算になってしまう。

 そして、広場の端っこに設置された依頼掲示板の報酬はカフェオレ10個分程度である。


 因みに、精製された砂糖は物凄く高かった。

 風呂釜1つ分を満たせる量のカフェオレと、たったひと握りの砂糖。そこまでしてやっと価値が釣り合うだろう。


 しかし、なるほど。現状知っている方法ではとてもじゃないが届きはしない。自分の幸運を彼女に分けたいものだが彼女は私にそれを望まないし、なによりいい分け方が分からない。


「……天秤図書館のギルドホールに行けば、【庭園キット:初級】や【酒場ギルド:初級】辺りを【マイワールド】の試供品として貰える。そして、あの子が使ってる【マイワールド】より安全無害」


 その声の主はいつの間にか私達のそばに立っていて、背中にバッテリーと思わしきバックパックと金棒を背負っている人物だった。蛍光色の緑の輝くラインの装飾で彩られた白銀の装甲に全身が覆われている、私たちがよく知っている女性である。

 私たちがよく知っているフルアーマーの女性は私に香ばしい香りがする内容物で膨らんだ布の袋を手渡し、カログリアにも同じ物を手渡した。

 そして、私たち2人に便乗して手を突き出したルルに対しては、ひと粒の白い錠剤をその突き出された手のひらに乗せた。


「ルルベリス、足りないだろうか?」

「いえ、あの、足りてます……」


 その返答に応えるように、相棒さんこと「フォルマイカ」はルルの手のひらに「一粒である意味満足できる素晴らしいお菓子」を数粒追加し、彼女を「貰ったからには無碍にできないのに数が増える」という地獄に一気に引きずり込む。

 一方で、こちらは袋を開けると素朴な香りのするビスケットの群れが現れた。

 この荒廃した世界においてそれは黄金より美しく、欲求を直に満たしてくれる神の一手。それを1枚摘んで口に運ぶと、小麦本来の温かい味に加えて控えめながらもしっかり存在を主張する甘みが口内を埋め尽くす。


 ――裏切りに対する贖罪の味はまさに至高であった。


 甘味の余韻が引いた後に、私の横でラムネを噛み砕いて一気に飲み込むという抵抗を成し遂げたルルに対し袋を差し出す。


「分けてあげるよ。この幸せは分かち合うべきだ」


 そう考えたのは私だけではなく、カログリアも相棒さんとビスケットをシェアし始めている。カログリアもこのビスケットを大層気に入ったらしく、シェアしつつもしっかり自分の取り分をついばんでいた。

 こうして甘味パーティーを開催するのも悪くないけれど、私は相棒さんに気になることを質問することにする。


「相棒さん、【マイワールド】ってどういう物?」


 その質問に彼女は顎に右手の親指と人差し指を当てて考える。


「文字通り、自分が所有できるこことは違う自分だけの世界、といったところかな?」


 そう言って、彼女は突然拳を握りしめて腕を振り上げた。

 すると、相棒さんの背後で青白い幾何学的な模様が嵐のように渦巻き、次の瞬間に空間を切り裂いたような裂け目が現れる。最初は小さかった裂け目が、内部から突き出た金属製の篭手によって押し広げられる。

 私は裂け目を押し広げる謎の人物に対して銃を構えたが、その全容が見えてきた時にそっと銃口を降ろした。


「私が手に入れたマイワールドは【ゴーレム工房】。向こう側で制作した魔法の核を抜け殻(古い装備)にはめ込めば、こんな風に動かせていずれはプレイヤー1人でも軍団を組める」


 しかし、格好つける相棒さんを置いて、彼女の抜け殻はそそくさと次元の裂け目を発生させて勝手に自宅へと帰っていく。その様子を見て、相棒さんはままならないと言いたげに笑い声を漏らした。


「まあ、技術も素材も足らない。見ての通りエネルギー不足ですぐ帰ってくし、少なくとも私に関しては本当にいずれはというレベル」


 私はもう1つ質問する。カフェオレとビスケットから導かれた予想を彼女に答え合わせしてもらいたいのだ。


「それと、プレイヤーは『砂糖の入手手段』を獲得したんだよね?相棒さん」


 私の言葉に相棒さんは頷く。


「恐らく、という領域は出ないよ。だが、プレイヤーの製作品が手頃な値段で売られているところを見る限り、安価で砂糖を手に入れる何かしらのルートを誰かが開拓したのは間違いないだろうね」


 そう言った彼女は「さて」と口にし、金属の手を軽く1回打ち合わせて音を鳴らす。

 彼女の償いはこれからなのだろう。コメント欄に「そっちに送ったから好きに振り回して」と書かれているし、リリウムが彼女をこちらに向かわせた理由は可愛い後輩の世話を焼くこと以外に存在しない。

 だから、私はあえてこう口にする。


「ビスケットで私への借りは打ち消せたよ。だから、あとはルルを案内してあげて」


 フォルマイカは多分笑った。顔面は鉄兜から覗く口元しか見えないが、微かに口角が吊り上がったからだ。


「ああ、承った。可愛い後輩と愛しの姫君の頼みとあらば、ね」


 ルルが状況を把握し、私の左頬に手を当てて幼子に言い聞かせるような優しい声で言の葉を編む。


「ラズっち、私が見てないからって無理はだめだからね!全く……」


 そうして、2人は市場の南側の門に向けて歩き出す。けれど、相棒さんは数歩ほど歩いてから、大事なことを忘れていたと言わんばかりにこちらに振り向いて謎の言葉を口にする。


「ラズリア、『ライブラ』の事はとことん利用するといいよ。彼女たちもそれを望んでいる」


 ――「ライブラ」、知らない名前だ。けれど、とことん利用しろということは近い内に出会う何かなのだろう。

 2人の背中が見えなくなるまで見送り、それから手元にある「今日から始める幻想領主ウルトラデラックスセット、レコード3冊付き。スキルポイント同梱」を開梱する。

 すると、アイテムインベントリと「マイワールド倉庫」にアイテムが転送された旨を示すメッセージがイベントログに流れるのが見えた。

 まずは「スキル・グミ」をツールベルトを経由して取り出し……。


「ねえ、カログリア。アイテムを圧縮するって選択肢は選ぶと何が起きるの?」


 グミを取り出すためにホログラムボードを操作していたのだが、「取り出す」以外に「このアイテムを圧縮して取り出す」なる選択肢も表示されている。


「えっと、神様曰く時短になるらしいよ。一部のアイテムは複数個の効果だけを圧縮した1個の状態で取り出せるの」


 つまり、いま取り出した5個分を圧縮したこの1個のグミには、5個分の栄養素が詰まってることになる。

 因みに、食感はハードグミで、味は壊滅的ではない。それでも美味しいと思える物ではなかった。


 次に、恐らくマイワールドへと移転するためのキーアイテムである「天秤の鍵」を取り出して手に持った。鍵の大きさはファンタジーらしい物であり、レンチのように何かを殴ることにも使えるだろう。工具で何かを殴ることが正しいかは置いといて、だが。


 何気なく鍵を振った瞬間、「天秤の鍵」がぴったり刺さりそうな鍵穴が付いたホログラムボードが空中に出現し、……重力に従い地面に墜落した。

 無様に墜落したボードは無音で横たわり、こちらの沙汰を待っている。

 私は彼を介錯するために鍵を差し込んだ。


「貴方は『大図書館』に関するセットアイテムを所持しています。自動で開封しますか?」


 そのシステムメッセージに肯定の意思を示しながら、鍵を一気に回す。


 世界は青い粒子に包まれ、やがてしばしの暗黒が訪れた。

続きは2週間以内に

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