第九十六話
だんだんと意識が戻ってくるのが分かる。
ゆっくりと目を開けてみると建物の天井。
「ようやく目覚めたか」
男性の声が聞こえて起き上がってみると、俺はベッドの上にいた。
そして声のした方を見てみると、3人の男性がいた。
1人は椅子に座り、その両脇に2人。
「いきなり首に一撃を加えて申し訳ない。
まあ、そっちも建物の裏に隠れて聞き耳を立てていたって事でおあいこにしとくよ。
まさか不完全な召喚魔法陣があるとは思わなくてね」
と椅子の座っている男が話し出す。
「あ、言葉が通じないふりをしようとしても無駄だぞ。
俺達の言葉が通じるのは分かってる。
素直に質問に答えてくれた方がお互いの為だ」
と言われたので
「いきなりこちらから質問しても答えてはくれないんだろうな。
何が聞きたいんだい?
あ、建物の中を覗いていたのを気に障ったのなら今の内に謝っとくよ」
と俺が言うと立っている1人が少しムッとした表情になった。
「なら、こちらから話させてもらうよ。
俺の名前は<ダグバン>。
アンタがここに来たきっかけは、俺達が仕掛けた「召喚魔法陣」だ」
意外と話してくれるんだな。
「その召喚魔法陣てのは何なんだい?それに俺達が仕掛けたって・・・」
と言うと
「この世界の名前は<ラウドス>。
天井から落ちて来たなら察しがついていると思うが、地底に存在している。
アンタら地上の人間をこの世界に召喚している理由は、俺達の仲間になって貰うためだ」
俺達の仲間?
「仲間?」
と聞き返すと
「ああ。実はこの世界は地上に進出しようとしているグループ<急進派>と、それを食い止めようとしているグループ<穏健派>の2つの派閥に分かれていて、内戦寸前の状態にまでなってる。
このラウドスには国って概念が存在しないんだ。
個体数が多くないから、そこまで大きな組織を作る必要が無いんだ。
ある程度の大きさの村にいくつか別れて暮らしている程度だ。
それに人間と比べると俺達の種族はかなり長生きらしくてね。
それもあってか子孫を多く残そうという概念が無いから、全体的に存在している数はそこまで多くないってのがラウドスの歴史学者さん達の見解らしい。
争いという争いが殆ど無くて、魔力を使い穏やかに暮らしてきた。
俺達は穏健派なんだが、正直言って仲間の数があまり多くなくてね。
それで思いついたのが、地上の人間達の中から実力者をこの世界に召喚して、協力してもらおうって訳なんだ。
ただいきなり俺達が目の前に現れて説得しようとしても、きっと向こうは混乱した挙句、下手をすれば返り討ちに遭うかもしれないだろ?
なので人目につきにくい洞窟の中に召喚魔法陣を仕掛けて、俺達の世界に来てもらうって事にした」
とダグバンが淡々と話す。
「気に障るような事を言って申し訳ないが、それって誘拐だろう?
それにこの方法で召喚して、今まで協力してくれた人間はいたのかい?」
と聞くと
「そちらの言ってる事もごもっともだが、俺達もかなりギリギリでね。
正直なりふり構っていられない状況なんだ。
急進派は大多数で戦力も大きいし、その差を埋めるにはどうしてもアンタ達地上の人間に頼るしかないんだ。
すぐに仲間になるか決めてくれと言われても困るだろうから、今夜一晩考える時間を設けようと思う」
いや今夜って・・・ここ地底世界なんでしょ?時間の観念なんてどうやって・・・
「あ、そうか。時間の感覚が分からないか。この世界の天井に丸い物体があったろ?光ってるやつ。
あれは俺たちの先祖が作った<スフィア球>という物体で太陽の代わりをしている。
地上と同じ時間の感覚で徐々に明るくなったり暗くなったりしてるから、それで時間を決めてる。
あと数時間もすれば暗くなるから、好きなタイミングで睡眠をとってくれ。
翌朝になったらまた来るからその時に考えを聞くよ」
と言われた。
「もし協力しなかったらどうなるんだい?」
と返すと
「その時はちゃんと地上に返すさ。
俺達だってこんな風貌をしていても悪魔って訳じゃない。
ただし、ここでの出来事を忘れる為の魔法はかけさせてもらう。
俺達を脅威に感じた人間達がこの世界に攻め込んで来ない為にね」
と言いながら立ち上がり
「じゃあ、ゆっくり休んでくれ。
晩飯はここに持って来させるから、ここにいてくれ。
室内のランプは夜の時間帯になれば魔力で勝手に火が灯る事になってるから、驚いて大声上げるなよ?
あ、くれぐれも逃げようとは思わない事だ。
もし逃げようとすれば俺達もそれ相応の対応をさせてもらうからそのつもりで。
じゃあな」
と警告を含めたセリフを言いながら扉を出ていく。
ダグバンが出て行ってからというもの、周囲には静かな時間が流れる。
建物の中には窓もあるが、開くタイプではない。
説明にあったように、俺がこの世界に来た時より周辺が暗くなっているのが分かる。
「こんな世界にいる状況でここから逃げようなんて考えも起きないけどねぇ」
と小声で呟きながら椅子に座る。
「しかし、大変な状況になりましたね。どうするんですか?この後」
とアイが話しかけて来た。
「どうするも何も、俺がこの世界の揉め事の干渉する必要ないでしょ?
地上に返してもらうさ。
まあ、その事すら本当の事かどうかも怪しく思えて来たけどね。
こんな事ならあの時に心を読むスキルを使っておくんだったよ」
ダグバンの言っている事が本当ならそっちの手違いで俺はこの世界に来てしまった訳だし、それにそんな人物がいたら隠れて会話に聞き耳を立てていたとしても、いきなり首に手刀を喰らわせる事はないだろう。
「この地底世界についての情報は何もわからないの?」
とアイに聞いてみたが
「すみません。私も初めての事だらけで何もわかりません」
アイですら分からないならどうしようもないか・・・
まあ、ジタバタしてもしょうがない。
「今夜一晩ゆっくりして、その後の事は明日起きてから考えるさ。
勿論、穏健派と急進派の揉め事には干渉する気はない。
でも、何か引っかかるからダグバンとお付きの2人の心の中を読んで、その内容次第で騒ぎを起こしてどさくさ紛れでここから逃げ出すさ。
後の事はそれから考えるよ」
と返す。
そうこうしている内に扉がノックされ、男性が晩御飯を持ってきてくれた。
「食べ終わったら扉の向こうに出しておいてください」
と言われ
「ありがとうございます」
とお礼を言う。
念の為この男性の心の中を読んでみると
(はぁ~、毎度毎度味付けに苦労するわ~。
何でここまでしてもてなさなきゃならんのだ~)
と考えているだけで、重要な情報は得られなかった。
男性が室内から出ていくと、早速食事を頂くことにした。
パンはあるが肉や魚は無い。
実際に見た事は無いが精進料理の様な感じなのか?
内容は野菜サラダや山菜の様な物が見て取れるし、他にも何品かある。
ビビっていてもしょうがないし、さっきの男性の心の声からも毒を盛られている訳では無いみたいだから勇気を出して1口食べてみる事にする。
まずはこの四角い物体から・・・。
あ!豆腐だ、これ!しかも醤油っぽい味付けで煮てある。
他の料理も食べてみる。
豆腐の隣にある物体はなんとがんもの煮つけ!
山菜らしき物も煮つけにしてあり、味は悪くない。
ただ、所謂出汁の旨味はあまり感じられない。
(流石に地底と言うだけあって海が無いだろうから、鰹節や昆布出汁、というより出汁という概念すらきっとないんだろう)
なんて思いながら色々な料理を食べ進めていく。
ご飯ではなくパンなのが悔やまれるところだが、久しぶりの和食(?)にテンションが終始上がりっぱなしだった。
食事を堪能した後、指定された通り扉を開けて器をトレーごと置いておく。
また椅子に座り暫くまったりしていると、いつの間にか周囲は暗くなっていて、しかも部屋の中のランプは誰が火を点けに来ることも無く、勝手に火が灯った。
(な、なんだぁ~こりゃ!?どんな原理で火が付いたんだ?
これもこの地底世界の魔法か何かか?)
と驚く。
「する事も特に無いし、もう寝るか。でもこのランプ、いつ消えるんだろう?
消灯時間みたいな感じで消えるのかな?
まあいいや、アイマスクを使うか」
そう言いながらマジックゲートからアイマスクを取り出し、久しぶりに装着する。
「何か不穏な動きがあれば、どんな事をしても叩き起こします」
その言い方はちょっと怖い・・・
「な、なるべく穏便にお願いします・・・。おやすみ、アイ」
と言うと
「おやすみなさい」
の言葉と共にこの日は眠りについた。




