第九十四話
翌朝。
起きてからぼーっとした後の魔力精錬の修行。
いつものルーティンをこなして今日をどうするか気楽に考える。
「取り敢えずこの国に来たはいいものの、目的が決まってないんだよなぁ。
オリハルコン発見のお礼を期待しても良いけど、いつになるか分からないだろうし。
それにこの国の財政状況がどの程度か分からないけど、どのくらいの金額を貰えるかもわからないしなぁ」
とアイに話しかけると
「そうですね。
しかし、私の予想だとそれ相応の金額は期待しても良いのではないでしょうか?
例えばオークキングの金額は軽く超えると思いますよ?」
と返される。
「それはそれで嬉しいけど、前もって財政が厳しいなんて知っていて大金を貰うとなると、なんか気が引ける部分があるなぁ。
でもこういう時は素直に欲を出しておいた方が良いのかなぁ」
今までの自分の人生においてこういうビックチャンスが訪れた時、ずっと断り続けてきた。
例えば
(派遣先の工場で直雇用されている(役職あり)人の名刺を貰ったが、それを次のキャリアアップに繋ぐ事をしなかった)
とか
(所有している畑を貸している人の紹介で、資格取得補助付きの仕事を紹介されたが断った)
とか。
前者は他県にも転勤の可能性があった為、当時家にいた母親を一人残しておけなかったという事もあるが、後者は仕事として完全に興味が無かったので断ってしまった。
故に(あの時こうしておけば)的な場面が何度かある。
こちらの世界に来ても出来るだけ出しゃばらず、自由気ままな生活をしたいというのが目標。
変に自信過剰になり前に出て、いざという時にプレッシャーがかかったりなどして失敗して自己嫌悪に陥ったり、周りに迷惑をかけてしまわないかと変に意識してしまうからだ。
・・・少し話が脱線してしまった。
「取り敢えずギルドに行って依頼書を見てみよう。魔物討伐依頼だけなら今日はお休み」
と言いながら立ち上がり、鎧と剣を装備してギルドに赴く。
ギルドに到着して早速掲示板に向かい依頼書を見てみるが
「あ~、だめだ。相変わらず魔物討伐の依頼しかないや。じゃあ今日は休みにするか」
と小声で呟く。
ギルドを出ようと入り口に向かう途中で
「あ、アイカワさん」
と受付の女性に呼び止められ、行ってみると
「登録証に昨日の依頼完了の処理が終わってないので、登録証を出してもらいたいんですけど」
と言われ
「あ、はい」
と言いながら登録証を出す。
「昨日は炭鉱で何かあったんですか?
いきなり城の執事の方が現れて
(アイカワさんの依頼の処理をお願いします)
なんて言われたんでびっくりしましたよ」
と言われ、口止めされている為何と返答して言い困ったが
「いや、俺もびっくりしましたよ。
魔物を倒した後、例の息子さんと兵士達が炭坑内で何やら話をしていたら急に俺以外の人達の動きが慌ただしくなって、気が付いたらいつの間にかお城が管轄する状態になったんですから」
と咄嗟に思いついた嘘を言った。
「アイカワさんは炭鉱の中でどうしてたんです?警備はしてたんでしょ?」
と聞かれたが
「実は魔物を倒し終わって、探知魔法をかけて異常がない事が分かると通路に出されて他の部屋には入れて貰えなかったんです。
その後に、何やら他のみんなが騒ぎ出して俺にも何が何やら・・・」
こんな嘘で大丈夫かなぁ・・・
でも、馬鹿正直に本当の事を話す事も出来ないしなぁ・・・
「そうだったんですかぁ。まあ良かったじゃないですか、何も起きなくて。
また何かトラブルがあって、ギルドにクレームを入れられるかと思うと・・・」
と受付の女性が苦笑いを浮かべる。
「あ、そうだ。魔物討伐以外の依頼ってあります?
ここ最近ずっとそんな感じの依頼ばっかりだったから、たまには別の依頼も受けてみたいと思ってきたんですが、掲示板を見ても無くて」
と言うと
「すいません。このギルドは魔物の討伐以外だと中々依頼が入らないんです」
と言われたので
「分かりました。また明日きます」
と言ってギルドを後にする。
建物を出た後
「じゃあ、今日は何もしないで気分転換するかぁ~」
と背伸びをしながら言うと
「まだ街の散策をしてみてはどうですか?」
とアイに言われた。
「そうだなぁ。新しい発見はなさそうだけど、そうしてみるか」
と言い、ひとまず歩き出す。
この国に来た初日に訪れたのはリンクル、ギルド、商店街の3つ。
まだこの3か所以外見ていなかったので何か面白そうな場所は無いかと探してみたが、気に入りそうな店は無かった。
炭鉱夫向けの居酒屋的な飲食店はポツポツとあったものの、ラリムの街の様な歓楽街、並びに大人向けの店は見つからなかった。
(まあ興味は無いし、店があっても入らないが)
確かキリアナ公国の時は、歓楽街近くでファルシア王女と遭ぐ・・・助けたんだっけ。
あの時はインパクトあったなぁ。何せ弱ったところに顔面蹴りだったからなぁ。
なんて思い出して念の為周囲を見回してみたが、そんな状況らしき人は全く見当たらなかった。
それどころかとてものどかな時間が街中に流れている。
(そりゃそうだろう)
なんて思いながらその場を後にする。
当ても無く街中を歩いて行くと何もない草原に出た。
家は全くないし、畑すらない。
一応探知魔法をかけてみたが魔物や人間の反応も無し。
「ありゃ、草原に出ちゃったな」
と呟くと
「これ以上進むと国の外に出てしまいますね。戻りますか」
とアイに言われたが
「そうだ。魔法でちょっと試したい事があるんだ」
と言うと草原の中に入ると両足に魔力を集めて風魔法を発動させる。
小さい竜巻状の風魔法が両足にそれぞれ形成され自分の体がふわっと浮く。
「おお!浮いた!」
と感動した後、魔法を解除して地上に降りる。
「取り敢えず浮く事は出来たけど、どうやって前に進ませるかなんだよなぁ」
ジェットエンジンみたいな推進力を生みだす事が出来れば、もっと色々と工夫をすれば肉体強化をかけながら移動するより魔力を節約しながら行けるかもしれない。
「足だけに風魔法をかけてるから浮く事しか出来ないのかな?・・・なら」
ともう一度両足に風魔法をかけて浮いた後、体勢を前かがみにして四つん這いの様な状態で両手にも風魔法を発動。
すると両手両足を斜め下に向けて風魔法を展開しているからか、ある程度の速さで進む事が出来た。
「もっと風魔法のパワーを上げれば、速度も上がるかな・・・」
と呟きながら風魔法の力を上げてみると予想通り進むスピードが上がった。
流石にアクレア公国で使用した時の肉体強化程の速さではなかったが、ひとまず一つの光明が見えたことに変わりはない。
「よし、歩いて越えられない場所があったらこれで行けるかもしれない」
と呟く。
「これを試したかったんですね。
確かにこれなら道がない急な崖や峠等なら越えられる可能性が出てきますね」
とアイが言ってくれた。
「まあ、途中で魔物と遭遇しなければの話だけどね。
両手両足がふさがってる状態で魔物に襲われたら、身を守る事も出来ない・・・いや、精錬した魔力で使用したら攻撃も同時に・・・」
と様々な想像を頭の中で巡らせたが
「それだと魔力の消費が激しくて、魔物を倒し終わる迄に魔力が尽きないかが心配になります。
魔力が尽きてしまえば、いくら貴方の体を私が動かす事が出来ても、魔物から逃げ切れるか分かりませんから」
とアイに指摘され
「確かに。
最悪の場合、駐屯地の時の様に魔力を精錬し過ぎて途中で意識を失うかもしれないか。
そうなればもう完全にアウトだしね。
この方法はあくまでも最終手段としておこう」
と言いながら街の方へ歩き出す。
商店街に到着すると陽こそ暮れていなかったものの、夕方近くになっていた。
「あ、風魔法で色々していてお昼御飯食べてなかった」
街の散策や空中を移動する為の風魔法の方法を試している内に、お昼ご飯を食べるのを忘れていた。
リンクルで食べればいいか、と思い足早にリンクルに向かう。
リンクルに到着して食堂に目を向けると丁度食堂も開いたらしく、お客さんが1人だけ座っていたので自分も食堂で早めの晩御飯を食べる。
食事を終えて部屋に戻る。
いつもの様に装備を外して椅子に座る。
「空を飛ぶ魔法、もとい手段は今日見つける事が出来たし、試したい事は今の所思いつかないな」
と呟く。
前にも話したと思うがそもそも高い所はあまり得意ではないし、単独行動以外でこんな魔法を使えないのでこれが活躍する場面はかなり限定的ではあるが。
この後ひとしきりアイと雑談している内に眠くなってきたので、この日はもう寝る事にした。




