第八十九話
翌日、いつもの様に朝起きてまったりと修行をした後のんびりとルブリス王国に向かう。
道中さほど変わった事も無く、誰かと会う事も無く時折アイと雑談をしながら進んでいく。
まあ、こんな人気のない所で誰かと会うことなどないだろうが。
(あの自称勇者御一行様は別として・・・)
「なんかあまり景色が変わらないなぁ。
少し肉体強化を発動して、早歩きで進んでも良いかな?
どうせ誰とも出くわさないし」
とアイに聞くと
「早歩き程度なら良いと思いますよ。
但し、もしもの事を想定して肉体に流す魔力量はほんの少しにしておいた方が良いかと思います。
アクレア公国の時とは違ってまだ距離もありますから」
とアドバイスを受ける。
「よし、そうと決まれば!」
とほんの少しだけ体の中に魔力を流して、歩くスピードを上げる。
競歩をするというよりは大きめのスキップを常時している感じだ。
「おお、早い早い。これなら距離も少しは縮められそうだ」
と上機嫌で進んでいく。
途中で休憩も兼ねて、昼食を食べる。
「今日と明日、これをすれば上手くいけば明日の昼にはルブリス王国に到着するんじゃない?」
とアイに聞いてみると
「そうですね。時間はある程度短縮出来ているのでその可能性もありますね。
リックス王国を出る前までの試算は歩いて4日、つまり4日目の夜か5日目の午前中に到着する予定でしたが、これを明日もすれば明日の昼頃には到着するかと思います。
何も無ければですが」
何も無ければって・・・なんか嫌だな、その含みのある言い方・・・
休憩も済んだので再び肉体強化を発動させて移動を開始。
順当に道を進んでいると、途中で魔物が何体か群がっているのを発見した。
ちょうど隠れる事が出来る木が立っていたので、そこに隠れて探知魔法をかけてみる。
「ん?反応が魔物しかいないぞ。なんか変だな」
と小声で呟くと
「察するに弱い魔物の亡骸をそのままにしておいた冒険者がいるようですね」
とアイが言った。
「確か亡骸をそのままにしておくと、血の匂いで他の魔物が集まって来るんだったっけ?」
と初心者ランクの戦闘ミッションでケイン達に教わった事を久しぶりに思い出した。
「はい。流れている血の量や亡骸の大きさから察するに、ゴブリンかと思われます。
群がっているのは<シルトバルチャー>ですね。
シルトバルチャーは生き物は襲わず、死肉や骨しか食しません。
故に害はないと言えば無いのですが・・・」
とアイが途中で言い淀む。
「害はないけど、他に何かあるの?」
と続きを聞くと
「問題はシルトバルチャーは行儀があまり宜しくないので、綺麗に死肉や骨を食べきらずにその場に放置する癖があります。
しかし、あの亡骸はゴブリンなので問題は無いでしょう。
もうそろそろ食べ終わりそうなので、シルトバルチャーが飛び去ったら念の為血を火魔法で焼いておきましょう」
と提案された。
「まあ、そのくらいならいいか、分かった」
と了承して暫く待つ。
するとシルトバルチャー達がチラッとこちらを一瞬見た後飛び去り、亡骸に向かうと頭の骨くらいしか残っていない。
「飛び去る前にこっちを一瞬見たよね?隠れてるのバレてたのかな?」
と火魔法で血の跡と頭部を焼却しながらアイに聞いてみると
「はい。多分匂いで分かったんだと思います。
死肉の匂いに紛れて人間の匂いがすれば、流石にわかるでしょうから」
バレてたのか・・・でも本当に生き物は襲わないんだな・・・
「にしてもなんでこんなところにゴブリンの亡骸が放置してあるんだろう?
まさか魔物同士の争いで?」
と周囲を見回して身構えたが
「いえ、ゴブリンは比較的好戦的ですが、自分達が勝てそうな魔物にしか挑みません。
それに角が切り取られていたので、おそらく冒険者が倒して放置した亡骸でしょう」
おいおい、どこのアホだ?ちゃんと初心者ランク受けたのかよ、そいつ。
「ん?待てよ?この辺を通っていた冒険者ってもしかして・・・」
とここ数日であった人物を即座に思い出す。
「きっとあの勇者御一行でしょう」
アイツらかぁ~・・・
「自称勇者の前に冒険者だろうに。
初心者でもちゃんとする事を、自称とはいえ勇者を名乗ってるのにこのくらいの事すらしないのかよ」
と呆れかえってしまう。
「しかしあの人達とは限りませんよ?
ルブリス王国から来た別の冒険者が角を切り取ってそのまま放置したのかもしれませんし。
気にせず先を進みましょう」
と促され、それもそうかと思い先に進む。
陽も暮れ始めてあたりが暗くなり始めた頃、場所を決めてテントを張り、スキルで小屋を作る。
松明とランプに火を点けて中に入ろうとした時、変な感じがしたと思い空を見上げると異様な光景が目に入った。
幾つかの黒い点が空を移動している。
「早く中に入ってください!魔物が飛んでいます!」
とアイから警告を受けたので、火を灯したランプを持って小屋の中に入り、入り口を塞ぐ。
格子状に空いている隙間から外を見ると、飛んでいる魔物は山の方へ向かっていく。
「なんで山の方なんかに・・・巣でもあるのかな?」
と呟くと
「あの山々はルブリス王国の領地内なので、もしかしたら魔物が放棄された鉱山に巣を作っているのかもしれませんね。
それに飛んでいたのはグリフォンです」
とアイが言ってきた。
「え?じゃあ、ルブリス王国の魔物討伐の依頼を受けるとグリフォンと戦う可能性があるって事?」
と聞き返すと
「はい、そうなりますね。
しかしグリフォンが相手なら、依頼書に(グリフォン討伐)と書かれているでしょうし、流石にDランクの依頼にグリフォン討伐は回すとは思えません」
まあ、そりゃそうだろうけど・・・
「ん?ルブリス王国領地内って言った?
って事は、もう少しで王国に着くって事?」
とアイに聞くと
「はい。明日の朝に出発したとして普通に歩いてもお昼前には到着すると思います。
午前中に私が試算した通りです」
と返された。
「ようやくかぁ~。流石に3日目になると柔らかいベッドが恋しくなるなぁ」
と言いながらパンや総菜や小鍋を取り出し、総菜を温めて晩御飯を食べる。
「そういえばパンやお惣菜ってどれくらい残ってるんだろう?」
と呟きながらマジックゲートからパンとお惣菜の残りを出してみると、あと1食分しか残っていなかった。
「ありゃ、あと1食分しかないや。
多めに買っておいたんだけど、その分多く食べてたのかな?
自覚ないけど・・」
つい1食分が多くなっていたかもしれない。
もちろん、朝ご飯を食べない時もあったからその分も残っているはずだが・・・
「まあ、いいや。明日の昼には着くしちょうどいいや」
と言いながらクッションと寝袋を取り出し、寝袋の中に入り寝ころぶ。
「今頃リップは、いやキリアナ王国にいるみんなは何してるんだろうなぁ。
リップはエヴァン達と知り合えたかなぁ」
と呟く。
「きっとまた会えますよ。
いつかはキリアナ王国に帰るのでしょう?」
と返され
「うん、絶対に帰るさ。
今度こそこの世界で第二の人生をまったりと過ごすために、絶対にね」
と心から思っている事を素直に話す。
そう言うと何だか眠気に襲われてきた。
「もうそろそろ寝るよ。おやすみ、アイ」
と言うと
「おやすみなさい」
の言葉と共にこの日は眠りについた。




