第八十一話
瞼の上に部屋のカーテンの隙間から、陽の光が差し込んでいるのを感じる。
朝になったのが分かる。
あ~、なんともいえないこのまどろみ、最高だなぁ~なんて思いながら寝返りをうつと変な視線を感じる。
ゆっくりと目を開けると目の前にリップが俺の顔をじーっと見ている。
「うおっ、リップ!?何してるの!?」
とびっくりして飛び起きると
「おはよ!アイカワさんって寝てる時たまに半目になるのね」
と笑いながら言うと
「だって、一緒に修行しようと思って部屋に行ったら寝てるんだもの。
起こすのも可哀そうだから、思わず寝顔に見入っちゃった」
いやあまりいい趣味とは言えないぞ、それ。
「あ~、びっくりした。心臓に悪いわ~」
と胸を抑えると
「何言ってるの。まだそんなのを気にする年齢じゃないでしょ?
今日は修行した後、ちょっとしたお願いがあるの」
お願い?なんだ?
「アイカワさんが魔力精錬の修行をしてる最中に、私の手を貴方の肩に乗せて体内でどれくらい純度の高い魔力を精錬してるか見てみたいのよ。
体からあふれ出るくらいなんだもの、きっと凄く純度の高い魔力が精錬されているに違いないわ。
そんな光景を見るチャンスなんて滅多にないもの。
ね?良いでしょ?」
と言われた。
「まあ、それくらいなら良いけど・・・」
とOKすると
「じゃあ、早速始めましょ!」
とリップは椅子に、俺はベッドにそれぞれ座ったまま修行を開始する。
それぞれが集中し、修行が続いて行く。
リップの集中力が続かなくなってきたところで、リップのリクエストに答える事にする。
「じゃあ、始めるよ」
と言うといつもの如く目を閉じて、体内で魔力を精錬し始める。
最近は慣れてきたのでボーリングの球くらいの大きさの魔力を作り、それを磨き上げていく感じで純度を高めていく。
いつも通りの時間の感覚で修行を終えると、目の前でリップがうなだれていた。
明らかにテンションがダダ下がっているのが分かる。
「だめだわ、私自信無くす。アイカワさんより長く魔導士をしているのに・・・」
あ~、コリャあかんわ。
「どうでしたか?俺が体内で精錬した魔力を見た感想は?」
と敢えて感想を聞いてみると
「どうもこうもないわよ!
同じDランクの魔導士が見たら、ほぼ全員が自信を無くして引退を考えるレベルよ!
何なら不公平感まで感じて来たわ」
椅子に座ったままテーブルに突っ伏していた。
「嫌味に聞こえるかもしれないけど、まあ頑張りなよ。
それより午後までかなり時間あるけど、どうするの?
街でも散策する?」
と聞くと
「そうね・・・そうしますか!依頼料も入ったし。
食べ歩きしながら過ごせば、午後になるでしょ!」
と言うと早速街に繰り出す。
街の中心部にやってくると流石に城下町とあってか、スリングの街と違い活気に溢れていた。
バルシス王国の様に海産物は当然ながら無いが、それでも色々と店が出ていたので、リップと一緒に食べ歩きをして時間を潰す。
「そういえば、アイカワさんってコンラド共和国へ行ってたのよね?
どんな場所だったの?」
と聞かれ
「3つの街で形成されてる国で、住宅街のカリムの街、歓楽街のラリムの街、農業地のサリムの街とそれぞれ分かれてる大きな国だったよ。
カリムとサリムには行ったけど、ラリムには敢えて行かなかったよ」
と言うと
「なんで?歓楽街って男の人達が好きそうじゃない?」
いや、どんな偏見だよ?大体合ってるけど・・・
「あるのはギャンブルのお店だけだし、それにギャンブルにハマった人達がそこかしこにいて、かなり異様な空気間が漂ってたよ。
ギルドはカリムの街にあったけど、ギャンブル資金目当ての冒険者と純粋に依頼を受けたい冒険者が依頼書を毎朝奪い合ってる様な状態で、長居するつもりもなかったから。
まあ、あの国に行った目的はこの革の鎧を作ってもらう事だったしね」
と革の鎧を指さすと
「あ、ほんとだ。防具が新しい物になってる。
変わった形ね~、革の鎧でそんなデザインは初めて見たわ」
とリップは不思議そうな顔をしていた。
「元々革の鎧でこんなのを探してたんだよ。
鋼鉄製ならこの形の物はあるんだけど重くて動きづらいから、魔導士の戦闘には不向きかなって」
と理由を話す。
「そうかぁ。剣士ならともかく魔導士ならそうなるかぁ」
とリップも同意してくれる。
そんな雑談をしている内にお昼を過ぎたので
「もうお昼ね。そろそろギルドに向かいましょう?」
とのリップの提案でギルドに向かう。
ギルドの中に入ると受付の前にギルドの所長と解体所の男性が立って雑談していた。
「おお、来たな」
と解体所の男性が言うと
「貴方がアイカワさんですか。私はここのギルドの所長です。
色々と手続きがあるから所長室までお願いします」
と全員所長室へと向かう。
所長室に入ると
「まずはオークションの落札金額からだな。
金額は金貨1100枚になった」
その一言を聞いて俺とリップの時間が一瞬止まる。
「なんだ、もっと喜べ!こんな金額滅多にお目にかかれないぞ!」
とは言われたが
「せ、せ、1100~~~!?」
と俺とリップが驚愕すると
「これでも前回に比べると低い方だぞ?
なんせ10数年前にも持ち込まれた個体は金貨1600枚にもなったしな」
やはり金持ちが考える事は全く分からない。
「落札金額の1割を手数料としてギルドが貰う事になっているから、アイカワさんが手にするのは金貨1000枚だな」
とあっさりと金貨が入った袋が目の前に出てくる。
「な、なんか金額がデカすぎて怖い・・・」
と俺が言うと
「ハッハッハ!、それは随分な贅沢な悩みってもんだな!」
と解体所の男性に笑い飛ばされてしまった。
「はく製にするってことは、その作業のお金もかかるってことですよね?
どのくらいかかるんです?」
とリップが聞くと
「個体の大きさや状態にもよるが、金貨300枚と聞いたことがあるな。
今回の個体もそれくらいかかるんじゃないのか?」
これまたあっさりと凄い金額を口に出す。
「やっぱりお金持ちの感覚は分かんないっス」
と俺が呟くと
「取り敢えず、この受取証明書にサインしてくれ。
これで全ての手続きが完了するから」
と言われて証明書にサインする。
「では、これが代金の金貨1000枚だ。受け取ってくれ。
何だったらここで1000枚あるか確認するか?」
と言われたが
「いえ、そこまでは大丈夫です。
てかいるんですか?(目の前で確認したい)って人」
と聞くと
「たまにいるぞ?(金額が金額だからこの場で合ってるか確認したい!)って奴が」
まあ、その気持ちも分からなくはないが・・・
受け取った金貨が入った袋をマジックゲートに収めると
「じゃあ、これで全ての手続きが終わったが、まだこの街に留まるのか?
こんな大金を受け取った冒険者は大概他の街に移るものだが・・・」
と所長が話題を振って来たので
「そうですねぇ。
この国に来たのもアクレア公国を通り越してスリングの街に来たはいいものの、特に何かがある訳でもなかったというのが理由でして」
と言うと
「なら、コンラド共和国のラリムの街に行ってギャンブルで豪遊するってのはどうだ?
これだけの資金があれば、かなりの期間遊べるだろう?」
と提案されると
「冗談じゃありませんよ。
コンラド共和国にはもう行って来たし、人生をギャンブルに翻弄されている人達を何人も既に見てきましたよ。
あんな人達の中に自分も入るなんて考えたくもないですね」
キッパリとその提案を否定する。
「では、俺達はこれで失礼します。行こう?リップ」
と言うと所長室を出て、ギルドを後にする。
宿に向かう途中リップが
「少し早いけど晩御飯食べる?」
と聞かれ
「そうだなぁ、もう少ししてからでいいんじゃない?
まだ陽も暮れてないし」
と返すと
「そうねぇ、じゃあ部屋に行くから修行に付き合ってよ」
と頼まれ
「はいよ、待ってるよ」
と言い宿に入り部屋に戻る。
装備を外すと
「アイカワさ~ん、入るわよ~」
とリップが扉をノックして部屋に入ってくる。
「じゃあ、早速始めましょうか。
今度は貴方が私の方に手を乗せて、私が精錬してる魔力を見て何かアドバイスしてくれるかな?」
と言ってきた。
「うん、分かった」
と了承するとリップは早速魔力精錬を始める。
少ししてリップの肩に手を乗せて体内の魔力を確認すると、結構いい感じに精錬出来ている。
大きさは大体ピンポン玉くらいだが、ちゃんと澄んだ魔力が精錬出来ている。
リップの方から手を放して少しすると
「どうだったかな?」
と聞かれ
「ちゃんと精錬出来てるじゃない!あとはこれを実戦でどう生かすかだね」
とリップを褒める。
「今更なんだけど、精錬した魔力で補助魔法を使うとどんな効果が出るの?」
え?そこから?
「例えば探知魔法だったら通常よりも広い範囲を探知できるし、治癒魔法だったら回復する時間が早くなったり、数回に分けて治療しなきゃいけないのを1回で完治出来たりかな。
駐屯地での俺の突拍子もない行為も魔力精錬が出来たからってのもあるし。
トリナーレ村の帰り道でワイバーンを探知できたのも、精錬した魔力で探知魔法をかけたからなんだ。
通常の探知魔法だと、きっと奇襲をかけられて被害が出ていたかもね」
と説明する。
「あ~、あの時がそうなんだ。
凄く遠くのワイバーンを探知できたと思ったら、そういう事だったのね」
とリップが納得の声を上げる。
そうこうしている内に陽が暮れて来たので食堂に向かう。
晩御飯を食べ、それぞれ部屋に戻る。
ベッドに寝そべると
「しかし、金貨1000枚なぁ~。
一体金持ちの思考回路はどうなってるんだろうな?」
と呟くと
「良かったですね。大金が手に入って。
あとオークキングを倒した事でレベルが上がりました。
スキルを1つ開放して欲しいのですが、今日にしますか?」
と聞かれ
「う~ん、明日以降で良いかな?」
と言うと
「分かりました。では、明日以降お願いします」
今日手にした金額が大きすぎてスキルの解放どころではない。
「もう落ち着きたいし、そろそろ寝よ。おやすみ、アイ」
と言うと
「おやすみなさい」
の声と共にこの日は眠りについた。




