第七十六話
男性の案内で保管場所に到着する。
とはいえその保管場所まで一緒に行くと魔物と遭遇してしまう可能性があるので、男性と一緒に行ったのは途中まで。
後は口頭で場所の説明をしてもらい、男性は街へ行き確認の為の駐屯所の兵士を呼びに行く。
立て看板に青い塗料でバツのマークを書いておいたとの事で、その看板を探しているとぽっかりと開いた洞窟の目の前にその看板は立っていた。
「ここだな。でもよくこんな洞窟の入り口を保管場所にしようと思ったよなぁ。
こんな事を言うのもアレだけど、如何にも
(魔物が好みそうな洞窟です!)って感じなのに」
と呟く。
「あの男性も言っていたではありませんか。
(作業小屋を建てる費用を工面できないので、リスクを承知でここを保管場所にした)と」
来る途中、男性と雑談をしながら歩いてた。
親の代からこの地に移り住み、木こりとして働いている事。
両親は街の人達が自分達を気味悪がっているのを理解していたので、祈りなどで迷惑にならない様にこの街外れに家を建てた事。
自分達の様に、街の人達の事を考えてこういう場所に敢えて住んでいる人達もいる事。
家で口論をしていた娘が子供の頃、よくこの保管場所兼作業場に連れて来ていた事。
色々と男性が話してくれた内容を改めて思い出してみると、ちゃんと街の人達との距離感を考えて暮らしている人も中に入るようだ。
「まあ、みんながみんな自分達の主義主張を押し通そうとしている人達ばかりじゃないよな、そりゃ」
(郷に入っては郷に従え)ということわざがあるが、それを忘れて自分達の都合を通そうとすれば、結局は摩擦が起きるのは当たり前だ。
その街に移り住むならその街のルールにはある程度従わなければならないし、なんだったらその前段階で色々と話し合いを重ねてお互いが歩み寄れば、起こらなくてもいい摩擦も起きずに済む。
そんなことを考えながら保管場所の中に探知魔法をかける。
すると不思議な事に魔物の反応以外に人の反応がある。しかもたった1人。
「あれ?おかしいな。誰か1人いるぞ。他の冒険者でも先に入っているのか?」
どうも嫌な予感がする。
「何か嫌な予感がします。後を追ってみた方が良いかと思います」
アイも俺と同じ意見の様だ。
「そうだね。行ってみよう」
松明に火を点けて肉体強化をかけた状態で中を進んでいく。
木材が綺麗に重ねて置いてある中を探知魔法をかけながら進んでいくと
「きゃぁぁぁ!!」
奥から女性の叫び声が聞こえた。
反応はすぐ近くなので急いで行ってみると女性が1人地面にへたり込んでいる。
目の前には魔物が2体、ゴブリンだ。
一気に距離を詰めて雷魔法でトドメを刺す。
「こんにちは。依頼人の娘さんだよね?怪我はない?立てる?」
手を差し伸べると俺の手を掴み
「ありがとう。助かりました」
と言いながら立ち上がる。
明らかに言葉に覇気が感じられない。
この子もしかして・・・
「なんでこんな場所にいるの?危険なのは知ってるでしょ?
この松明を持って外へ引き返しなよ」
持っている松明を渡そうとすると
「要らないわ。この洞窟には慣れてるから。それにまだ引き返さない。
奥に忘れて来た物があるの」
とトンデモナイ事を言い出す。
「あのねぇ、今のこの状況分かってるの?
奥には魔物が複数いて、しかもさっきのゴブリンなんかとは比べ物にならない強さのがわんさか。
俺がパーティーで来てるなら君を守りながら戦えるけど、どう見ても1人でしょ。
とても誰かに気を使いながら戦える状況じゃないんだよ」
いくら肉体強化をかけているとはいえ、俺1人だけではこの人を守れる自信はない。
「なら私も戦うわ」
予想外の一言・・・
「はぁ!?何言ってんの!剣士でも魔導士でもない君が、どうやって戦うっての!?
バカも休み休み言え!いいか?これ以上子供みたいな我儘を言うなら、雷魔法で気絶させてでも君をこの洞窟から追い出す!
それから魔物を退治しても俺としては全然余裕だからね。
どうする!?」
右手に雷魔法を作り出して捲し立てながら近づくと
「わかったわ、ごめんなさい。私の負けよ」
と顔を伏せると
「何を忘れたの?教えてくれれば魔物を倒すついでに持ってくるけど?」
と聞くと
「何もないわ。あるとすれば子供の頃の思い出よ、家族との」
なるほどそう言う事か・・・
「じゃあ、魔物を退治し終えたら呼ぶよ。そんなに時間はかからないから」
そう言うと女性は松明を持って入り口へ戻って行く。
「では、お仕事再開としますか」
そう呟くと奥へと進んでいく。
最深部の広間に到着すると、積みあがった木材に寄りかかった魔物達がくつろいでいた。
(くつろぎ過ぎだろ。まあ、こちらとしてはやりやすいけど)
木材に引火したらマズイと思い、氷魔法を主体に攻める事にする。
(そうだ、試したい事があったんだっけ!)
前々から試してみたい事をこの場でやってみる事にする。
「何を試そうとしているのですか?」
とアイが聞いてきたが
(まあ、見ててよ)
まずは探知魔法をかけ魔物の位置を再確認する。
そして体内で魔力を精錬した後、目を瞑って探知魔法で得た魔物の位置情報に対して一気に氷魔法を放つ。
「やった!出来た!」
広間の中にいた魔物それぞれを氷の柱で動きを封じた。
ガチガチに固められている氷の柱1つ1つに雷魔法をかけ、中の魔物にトドメを刺し、炎魔法で氷を解かしていく。
「よく思いつきましたね。こんな方法」
アイがそう言うと
「使える状況はかなり限定的だけどね。
今回の様に洞窟の中で、尚且つ魔物達が油断していて大人しい状態、相手の強さ、それらの条件を見極める事が出来れば成功する。
仮に相手の中に強い魔物がいても、そいつから先に倒していけばあとは弱い魔物しかいないから楽だしね」
と探知魔法をかけて倒し漏らした魔物がいないかを確認する。
倒し漏らしがいない事を確認すると、一度外に出る。
外に出ると依頼主の父親が駐屯所の兵士を2人引き連れて来る。
「あ、どうも。今さっき終わりました。もう中に魔物はいませんので確認お願いします」
と言い、兵士達と父親と共に再び中に入っていく。
「あ、そうだ。そこにいるんだろ?面倒だから一緒に行かない?」
と木々の中に向かって話しかけると娘がバツが悪そうな顔で出てくる。
「あ、お前!なんでこんなところに!」
と父親のボルテージが上がりそうになるが
「まあまあ、事情は中に入ってからという事で!」
と親子を中へ誘導する。
最深部の広間を兵士達と確認し終わると親子も中に入る許可が兵士達からでた。
そこら中に倒れている魔物の亡骸をマジックゲートに収める。
親子は何も話さなかったが色々と思い出しているのか、2人共何とも切ない表情をしていた。
全ての作業が終わると兵士達は駐屯所に帰っていく。
全員で外に出るとアイのアドバイスに従い、換金できない魔物の亡骸だけをマジックゲートから取り出し、炎魔法で完全に焼却していく。
その焼却されている様子を見ながら俺と親子の3人が横並びになってみていると
「実はな、もうあの宗教を辞めようと思ってるんだ」
と父親が言い出す。
「え?どうして?」
と娘が聞くと
「代々アクレア公国にいたってだけで続けていただけだし、私も若い時にお前みたいによく親に反発して口論していたんだ。
それに今はもう私達はもうアクレア公国の人間ではなくスリングの街の人間だ。
別の街に移住してまで頑なに教えを守る必要もないだろう。
街の中心部に住んでいる奴らとの接点は無いし、家の周辺にひっそりと住んでいる教徒達も一緒に、どのタイミングで辞めようかとここ最近集まって話し合っていたんだよ」
なぁんだ。理解のある人達もちゃんといるじゃん!
「そうだったの・・・てっきりこのままずっと教えを強要されるのかと思ってた・・・」
娘が安堵した表情で答える。
「商売はどうなるの?教徒を辞めて大丈夫なの?」
と娘が父親に聞くと
「その辺は大丈夫だ。元々教徒である事を隠しながら商売をしてきたんだ。
今更教徒を辞めたくらいで何の弊害もないさ。
お得意さんもいるし、今まで通りの生活は出来る」
と答えた。
すると娘が俺の方を向いて
「ありがとうございます。洞窟の中で助けていただいて。
実はあの時自暴自棄になっていて・・・」
とその先を遮るように
「そんなところだろうと思ったよ」
と返すと
「はは、バレてたんだ」
と答える。
たぶん、この子はあの作業場で魔物に自分の命を・・・
「そりゃ、娘の君が父親からあの作業場の事について聞いてないなんてありえないし、あんな口論があった後であの場で遭遇すれば誰だってその辺は勘ぐるよ」
ほんと、変に優しく説得しないで良かった。
「でも父さんが教えを辞めると分かった以上、もういがみ合う必要はないよね」
と少し笑顔がこぼれる。
「まったく!この子ときたら!」
と父親も自然と笑いだす。
和やかな雰囲気になった後、親子と一緒に帰る事にした。
途中で別れると俺はギルドへ向かう。
ギルドに到着して受付に向かうと
「アイカワさんですね?兵士の方から報告は受けています。
お疲れさまでした。これが今回の報酬になります。
解体する魔物があればあちらが解体所になりますので、そちらへどうぞ」
と案内される。
解体所に入ると
「おう、おまえさんは初めてだな。成果はどうだった?」
成果って・・・
マジックゲートから換金対象の魔物の亡骸を取り出すと
「なんだ、こんなもんか。数もそこまで多くないから少し待ってられるか?」
まだ昼間だし、全然いいか。
「はい。待ちます」
と言うと解体所を出て受付前の待合所で待つ事にした。
暫くすると
「アイカワさ~ん、解体終わりましたよ~」
と受付の女性に呼ばれると解体所に向かう。
「おう、終わったぞ。今回の金額はこんなもんだ」
と渡された小袋を見てみると金貨7枚だった。
「まあ、今回は値の張る魔物が多くないからそんなもんだな」
金貨をマジックゲートに収めると用事もないのでとっととギルドを後にする。
時刻はまだ夕方前。
陽が落ちるまでにはまだまだ余裕がある。
街を散策してみようとも思ったが、結局辞めた。
街中をうろつけば公国出身者からは怪しそうな目
(俺が勝手にそう思っているだけかもしれないが)
で見られるし、スリングの街の人の店に行けば何かと
「あいつらには気を付けろよ」
なんて言葉がほぼ必ず出てくる。
正直言ってギルドの受付の女性が朝行っていた様に、リックス王国の城下町まで行った方が精神衛生上良いかもしれない。
夕方になり食堂で夕食を済ませて宿に戻る。
部屋に入ると装備を外してベッドに横になる。
「あ~、折角親子の仲を元通りにしたのは良いけど、なんかスッキリしないな~」
と呟くと
「良いではないですか。
あの親子とあの周辺に住んでいる皆さんが、人生における重要な決断に対して後押しする事が出来たんですから」
とアイに褒められた
「そうだね。
どう見積もっても街の中心部の人達の摩擦はかなり大胆な事をしないと解消されないだろうし、それは俺の仕事じゃないし、知った事ではない」
それは国同士で解決すべき問題だ。
「それよりどうしようかな。
近いうちにリックス王国の城下町に移ろうかな。
こんなんじゃコンラド共和国とあまり変わらないかもしれん」
と不安を呟く。
「そうですね。それも手段としてはアリですね」
ある程度この街を見て回ったら城下町に移るか!
どの道、この街に来た目的なんて無いし。
明日はどうしようか・・・休みを入れようか・・・
いや、こういう時は明日になってから考えるのが一番だ。
まだ寝るには早かったので暫くアイと雑談した後、寝る事とした。




