第七十五話
翌朝。
起きてぼーっとしていると外から奇妙な声?が聞こえて来た。
「何だ?なんの声?」
と呟くと
「これがアクレア公国で信仰されている宗教のお経です」
とアイが答える。
「ああ、これが・・・」
まだ少し眠気が残っているのでそこまで話に食いつかなかったが、確かにお経だ。
まだこの街では一部からしか流れてないが、これが国中から聞こえてくると考えると外部の人間からしたら慣れていない限り異様に思えるかもしれない。
現にこのスリングの街で、アクレア公国出身の人達がこうして朝のお祈りを捧げている行為も、全てではないだろうが街の人達から<異様>と見られている様だし。
「こういうのって事前に国同士で決めておかないのかね?例えば
(我が国の住民の一部を住まわせてくれ。
祈りの時の音量も気を遣うし、住む地域も中心ではなくなるべく外れの方にする。
強引な勧誘なんかも当然しないからさ)
的な。
そうすればある程度だろうけど、それぞれの住民同士の間で摩擦は起こりにくいと思うんだけど・・・」
と感想を呟くが
「さあ、どうなんでしょう。
ただ、国同士でルールを決めたとしても初めて見るものをすんなりと受け入れられる人は、そうそういないと思いますよ」
とアイが返す。
まあ、それはそうだろうけど・・・
「取り敢えず、もう少ししたらこの街のギルドに行ってみよう。
どんな依頼が中心なのか気になるし」
ひとまず魔力精錬の修行をして、宿の店主にギルドの場所を確認したを後にする。
ギルドの場所は街の中心部だそうで、そこに向けて歩き出す。
すると何やら視線を感じる瞬間がある。
どうやらこの鎧が珍しいという訳ではないのはすぐわかった。
その視線は例の教徒の人達が住んでいる家の中から感じたからだ。
「もしかして、新参者が来たって事で狙われてる?」
とアイに話しかけると
「どうでしょうね。ただ単に警戒されているというだけかもしれませんよ?」
と返された。
勧誘されなければいいけどなぁ・・・
そう思いながら歩いていると、ギルドに到着する。
中に入ってDランクの掲示板に行くと色々と貼ってあった。
こんなにゆっくりと依頼を選べるのは久しぶりだなぁ~、なんて思いながら内容を確認していくとよくある
(ダンジョン攻略)とか(領地を荒らしている魔物の討伐)はそこまで多くなかった。
あれ?来た時間が遅かったかな?
でもコンラド共和国にいた頃より少し遅いくらいで、遅すぎるという訳ではない。
それに変に目につく依頼が
(店の警護をお願いしたい)
・・・なんでこんな依頼がポツポツあるんだ?
1人で考えていても埒があかないので、受付で聞いてみる。
「あの~、ちょっとお聞きしたいんですが・・・」
と受付の女性に話しかけると
「はい。あれ?見ない顔ですねぇ、この街は初めてですか?」
と聞かれ
「はい。昨日の夕方到着したばかりなんです。
さっきDランクの掲示板を見て来たんですけど、この(店の警備をお願い)って何なんです?
こういうのって駐屯所の兵士さんの分野だと思うんですけど・・・」
と尋ねてみる。
「ああ~それですか。
その依頼はアクレア公国から移住して、色々な店を経営している人達が出している依頼です。
Dランクだけじゃないですよ?他のランクの掲示板にも同じ物が幾つも貼ってあります。
まあ、受ける人は誰もいませんけどね」
受ける人がいない?
「え?誰も受けないんですか?何でまた?」
と聞くと
「以前別の依頼を出された移住者の方々に勧誘されたらしいんですが、あちら側の熱意が強すぎたのか、それで嫌厭されてしまって、誰も受けなくなってしまったんですよ」
あ~、なるほど。そりゃ嫌がる訳だ。
「それはそうとしても、(店の警備)って何から守るんです?」
と疑問を再度ぶつけると
「あまり大きな声では言えませんが、一部の住民から嫌がらせを受けている店があるんです。
その嫌がらせから守ってもらうって意味で(警備)と・・・」
しっかりと住民同士で軋轢が出来てるじゃねぇか!
「もしかして、この街にいづらくなるから受けたがらないとか?」
と声のボリュームを落として聞いてみると
「ええ、そうなんです。
アクレア公国の人達が来てからこの街の人達の結束力が強くなって、そういう依頼を受けると
(あちら側に協力した奴だ!)
って事で街の人達がその冒険者を割り出して、最悪の場合街から追い出そうとしてしまう事もあるんです」
そんな過激なの?この街の人達・・・?
「でもそれならそれで、国同士で何か話し合いの場が持たれたりしなかったんですか?
ここまで問題になるなら、流石にお城に伝わってますよね?」
朝にアイと話したが、これほど軋轢が出来ているなら何かしら対策はしなかったのだろうか?
「もちろん話し合いをしようとした事もありましたよ?
でも最初の会談の時、あちらの代表にとても無礼な態度をとられたとか、無茶苦茶な要求をされたとか色々な情報があって正確な事は分からないんですが、交渉が決裂してしまったんです。
それが先代の国王同士の時で、今の代の国王同士ではまだ会談の場は設けられてないんです。
先代の時の悪い印象が残ってるんですかねぇ・・・」
と説明してくれた。
「もし、もっと依頼内容に関して制約を受けたくないなら、リックスの城下町に行った方が良いと思いますよ?」
とも言われた。
いや、折角野宿までしてやっとの思いで来たのにまた通り越すって・・・
そんなことを考えながら、もう1度Dランクの依頼掲示板の場所に戻る
「なんか、なんかないだろうか?普通の依頼!」
と独り言をブツブツと呟きながら依頼書を1枚1枚確認していると
「あった!」
と1枚の依頼書を手に取る。
<木材を貯蔵している保管場所に巣食った魔物の討伐>!
これならいいだろう!
しかし、念の為依頼書をよく確認してみるとこれも移住者からの依頼。
思わず手に取ってみたものの、大丈夫かな~?と注意事項の欄を念入りに探してみたが
<勧誘行為は一切しません>
との文言と
<討伐後の兵士による確認作業有り>
以外書いていない。
よく契約書などに判別できるかできないかくらいの凄く小さな文字で、追加条項などが書かれてる事があるが、そんな文章はどこにも見当たらない。
よし、これを受けよう。
「これをお願いします」
と受付の女性に依頼書を渡す。
「分かりました。本当に良いんですね?
勧誘行為が少しでもあれば報告してもらっても結構ですが、こちらでは口頭で注意するだけしか出来ませんので、あくまでも自己責任でお願いします」
と念を押された。
それを納得すると、受付手続きが完了し依頼書の裏に書いてある地図を頼りに依頼人の家まで行く。
地図の場所に行ってみると1件の民家に到着する。
「こんにち・・・」
と言い終わる前に
「何度言えば分かるんだ!なんで教えが守れないんだ!」
と男性が大声で怒鳴る声と
「知らないわよ!そんなの!
大体その家に生まれたからって、なんで私の人生をその教えに沿わなきゃいけないのよ!」
と若い女性の怒鳴り声も聞こえて来た。
口論がひとしきり続いた後どうしたらいいか分からずいると、扉をおもいきり開く。
女性が1人飛び出てくると
「ほらお客さんよ!ギルドに出した依頼で来てくれたんじゃないの!?」
と吐き捨てるように言い残して、女性が街の方へ歩いて行く。
続いて男性が出てくると
「すいません。お見苦しい所をお見せしてしまって・・・」
と申し訳なさそうに俺に謝る。
「大丈夫ですか?追いかけなくて」
と聞くと
「ええ、大丈夫です。娘とはいつもこんな感じなんです」
と返す。
「依頼で来られたんですよね?」
と聞かれ
「はい、そうです」
と依頼書を差し出す。
「依頼書に書いた通り、木材の保管場所に魔物が巣食ってしまい困っているんです。
事情が事情なので納品は待ってもらっているんですが、これ以上待たせると信用に関わって来るので」
と男性が言う。
「あ、因みに言っておくとここは街から外れているので、街の人間達から目をつけられることはありませんから安心してください。
この前来てくれた方はそれが嫌だったのか、私が公国出身だと分かるとその場で依頼を断って帰ってしまったので・・・」
依頼を受ける前にちゃんと考えればいいのに・・・
「では、早速向かいたいのですが場所は何処ですか?」
と聞くと
「分かりました。近くまでご案内します」
とその保管場所とやらに案内される。




