第七十二話
屋敷の中庭に案内されると、馬車の周りに兵士が10人と魔術師が3名ほどが集まっていた。
やはりミハイル親子の誘拐未遂が影響を受けたのか、警備は厳重だ。
(まあ、子爵と伯爵の違いもあるかもしれないが・・・考えすぎか)
「じゃあ、私はこれで」
と言い、案内してくれた兵士は駐屯所に帰っていく。
警備に就いていた兵士達や魔導士達に
「アイカワ ユウイチです。今日はよろしくお願いします」
と自己紹介すると
「よろしくお願いします」
とそれぞれ挨拶された。
警備に就いている兵士の1人が
「今日はよろしくお願いします。
任務の内容は駐屯地に行ってどのくらい建設が進んでいるかの視察になります。
前方と後方の馬車には魔導士が2名兵士が操縦者含め4名ずつ、伯爵が乗られる馬車の操縦者を兵士2名という構成になります。
アイカワさんには前方の馬車に乗っていただき、探知魔法で周囲を警戒していただきます。
ラリムとカリムの間を、共和国から駐屯地までの間を定期的に探知魔法をかけてください。
タイミングは同乗している兵士が言いますので」
と説明され
「分かりました」
と返すと同時に伯爵が館から出て来た。
この人がドミニク伯爵かぁ・・・思ったより小柄だな。
小太りで背は大体170cmあるかないか。
如何にも<中世ヨーロッパ時代の貴族>と言えば想像が出来るだろうか。
「では、行きましょうか!護衛はしっかりと頼みますよ」
と言いながら真ん中の馬車に乗り込む。
俺達も馬車に乗り込むとゆっくりと動き出す。
馬車の中は誰も会話は無いが、操縦している兵士はたまに世間話をしていた。
ある程度進むと
「では、ここら辺からそれぞれ探知魔法をお願いします」
と同乗している兵士が言うと俺ともう1人の魔術師が探知魔法をかける。
俺は念の為魔力精錬での探知魔法をかけたが、お互い何も引っかからなかった。
進んでは探知魔法を繰り返す。
内容としては(金貨輸送任務)と変わらないが、馬車内の雰囲気はそこまで重くはなかった。
まあ、流石に人の命を守る為に警戒している最中に談笑なんてする気にはなれないが・・・
暫く進んでいると馬車が止まる。
どうやら伯爵がトイレ休憩を入れたいとの事だった。
「皆さんも、用を足してください」
と伯爵が警護に当たっている俺達にも声をかける。
見た目とは違って意外と良い人なのかな?
兵士や俺達も交代で用を足す。
魔導士が交代しながら水魔法で水を出して手を洗う。
「流石にここで昼食という訳にはいかないので、駐屯地についてからにしましょう」
との伯爵の言葉に納得し全員がスッキリし終わった後、馬車が走り始める。
そこからまた静かな時間が流れる。
暫く進むと駐屯地に到着する。
イーサンをはじめ詰め所に待機していた兵士達が整列して、伯爵を出迎える。
伯爵を案内する手前、イーサンが俺と会話する状況ではなかった。
開発の進捗状況を聞きながら何を感心しているかは分からないが、伯爵はイーサンの説明を聞きながら頷いて、時に何かに感心しているようなリアクションをしていた。
俺がいた時よりは建物も増えたし、開墾している土地も当然広がってはいたが、いわゆる宿場町として機能するにはまだまだ時間が掛かる感じだった。
あちこちを歩き回り説明が一通り終わった後
「では、ここら辺で昼食にすることにしましょう」
というと駐屯地の食堂で全員座って用意されていた昼食を食べる事になった。
よく見ると伯爵も俺達と同じ料理を食べている。
思わず隣に座っていた兵士に
「伯爵も同じ料理なんですね」
と小声で話しかけると
「なんでも若い時にやんちゃし過ぎて一時的に家を勘当されて、極貧生活をしていた時にこの店主が経営していた店の料理を、少ないながら給料が出た日に食べに行くのが唯一の贅沢だったらしいですよ。
その後、家に戻って家督を継いだ後も時折店に行っていたんですが、店主が駐屯地の専属料理店に選ばれた視察の際には結構落ち込んだらしいですが、この駐屯地の視察が決まるとまた料理が食べられると分かったのか、かなり喜んだそうですよ?」
と教えてくれた。
そんな経験をしているから護衛の兵士や俺達にも横柄な態度をとらないのか。
いや、この料理を食べられるから機嫌がいいだけかも?
食事を終えた後、少し休憩時間が設けられたが護衛という手前、自由時間という訳には行かず駐屯地のメンバーの誰とも話せなかった。
「では、これからもよろしく頼みましたよ」
とイーサン達を激励すると伯爵が馬車に乗り込む。
馬車が出る前に俺がイーサンをチラッと見ると、イーサンも目線を俺に向けて口元を緩めた。
駐屯地の入り口が見えなくなるまで、イーサン達は馬車をずっと見送っていた。
途中またトイレ休憩を挟み、共和国に戻る。
帰りがけに探知魔法を何度かけても、引っかかったのは遠くの方にいた2、3体のゴブリンのみ。
ミハイル親子が襲われていた地点にも何も反応は無し。
まあ、盗賊は壊滅したのだから当たり前と言えば当たり前だが。
伯爵の屋敷に到着する直前、歓楽街を馬車が進んでいると
「伯爵ぅ~~、お願いします~~。ほんの少しで良いから私が懸けたお金を戻してくださいぃぃ~~」
と顔をぐしゃぐしゃにしたガタイの良い男が伯爵が乗った馬車に迫って来た。
街中で探知魔法はかけては無かったが、大通りを警戒していた駐屯所の兵士が馬車に近づく前に取り押さえた。
だからギャンブルは好きではない。
前の世界にいた時は、宝くじ程度は購入していたが所謂公営(と言っていいか分からないが)ギャンブルの類には一切手を出さなかった。
自分がこの男の様になってしまうのが怖かったからだ。
それに宝くじにせよ、パチンコなどのギャンブルにせよ、のめり込み過ぎて追い詰められれば俺に限らず誰だってこうなる可能性がある。
それが嫌でパチンコや競馬とかの賭け事には、少なくとも手を出してこなかった。
(賭け方などのルールを覚えるのが面倒くさいというのもあるが)
全員が何も見なかったかの様に誰も反応はしない。
屋敷の中庭に到着した後馬車を降りた伯爵が
「では、皆さん。今日はご苦労様でした」
と言い、屋敷の中に戻って行く。
「では、この場で依頼完了の書類をお渡しした後、馬車でカリムの街の駐屯所までお送りします」
やけに気前がいいな。
「街中で馬車に迫って来た類の輩に絡まれるのは、皆さんも気持ちが良いとは思わないでしょうから・・・」
ああ、そういう事か
まだ陽が傾く前なので各店舗は開店する前だが、だからこそそういう輩に絡まれてラリムの、ひいてはコンラド共和国の評判に繋がりかねないから、というのもあるのだろう。
書類を受け取り馬車に乗り込む。
緊張からやっと解放されたのか馬車の中ではある程度の雑談をしていたが、俺はあまり参加せず相槌を打つ程度だった。
カリムの駐屯所に到着すると
「では、皆さんお疲れさまでした」
と送ってくれた兵士が再び馬車に乗り、城へゆっくりと向かう。
ギルドに立ち寄って中に入ると、朝の様子とはまるで別の国のギルドかと思う程ガランとした内部を見回す。
受付で残務処理に追われている職員の中に所長に見つけ、所長室へ招かれて依頼料を受け取ると
「どうだった?今回の依頼は。何も起こらなかったか?」
と聞かれたが敢えて帰りに遭遇した輩の話題は出さず
「はい、さしたることは何も起こらず終わる事が出来ました」
と答えると
「それは何よりだ。
まあ、サリム子爵を襲った山賊達は壊滅したと聞いているからその辺は安心と言えば安心だがな」
と言いながら今回の依頼料を受け取る。
「そう言えば次に行く場所はもう決まったのか?」
と聞かれ
「はい。でも、なんでその事を知ってるんです?」
と言うと
「いや、君が受付でアクレア公国の事を聞いていると職員が言っていたからな。
あそこは観光に行く様な所ではないと思うぞ?」
やっぱりそこはダメなのね・・・
「はい。街で色々聞いていく中でそう思ったので、アクレア公国を通り越してスリングの街に行こうかと思っています」
と答える。
「それも良いが、いっその事キリアナ王国まで戻ってからでもいいんじゃないか?
その方が安全性は増すと思うぞ?」
アイと同じ答えか。
「まあ、何とかなりますよ。
自分の力を過信している訳ではないですけど、やれるだけやってみます」
と返す。
「そうか、街を出る時には挨拶くらい来てくれよな」
貰った依頼料をマジックゲートに収めると
「はい。その時は必ず挨拶に伺います」
注文しておいた鎧を受け取った翌日には出発するけどね。
「では、これで失礼します」
と言い、所長室を出てギルドを後にする。
いつもの如くハリーに向かい夕食を済ませると、アートに到着する頃には完全に夜になっていた。
部屋に入ると装備を外して椅子に座る。
「取り敢えず、襲撃とかがなくて本当に良かったぁ」
と呟く。
「明日鎧を受け取ったらすぐに街を出るのですか?」
とアイが聞いてきた。
「いや、どうかな?
明日鎧を受け取ってから挨拶回りの時間を考えると、明後日の午前中に出てお店でお総菜を買ってからっていう流れなんじゃないかな?」
と返すと
「そうですね。それが一番ベストかもしれません」
とアイも俺の意見に同意してくれる。
「駐屯地の人達とは今日はやり取り出来なかったけど、任期を迎えて共和国に戻って来た時に誰かにお礼の伝言を伝えておくよ。
ちゃんと伝わるか、分からないけどね」
お世話になった人には、一応伝えておかないとね。
そんな雑談に夢中になっている内に眠くなってきたので、この日はもう寝る事にした。




