第七十一話
翌朝。
流石に今日くらいは何か依頼を受けようと、かなり早くギルドに向かう事にした。
アートを出ようとすると女将さんがまだ眠そうな声で
「あら、今日は早いんですね」
と言われ
「はい。
昨日は依頼をこなした後だったので休みを入れましたけど、流石に今日はなにかこなさないとね」
と言いアートを後にする。
ギルドに到着すると扉の前には凄い人だかりが出来ていた。
ギルドが開くには時間としてはかなり余裕があるにも関わらず、少なくとも20人以上はいる様だ。
「うぉ~、凄ぇ人だかりだなぁ。昨日より多くないか?これ」
と呟くと後ろから
「おう!もっと詰めろ!依頼書が取れなくなるじゃねぇか!!」
とガラの悪い剣士に怒鳴られた。
何も言わずに苦笑いをしながら軽く頭を下げると
「チッ!」
と舌打ちをして俺の目の前に堂々と割り込んできた。
他の冒険者からも
「おい!早く開けてくれよ!」
とか
「押すんじゃねぇよ、コノヤロー!!」
など怒号に近い声も聞こえて来た。
待っている間にも徐々に人は増えていき、俺がいた場所
(他でもそうだろうけど)
では割り込みがそこら中で発生して、遂には最後方に押しやられてしまった。
余りの出来事に唖然としながら集団を見ていると、後ろから肩をトントンと軽く叩かれた。
何だ?またいちゃもんか?と思い後ろを振り向くと顔をターバンの様な布を巻いた男性が裏路地を指さしをしてついてくるように促す。
一瞬戸惑ったが
(あれ?見覚えのある目元だな・・・)
と思い後へついて行く。
裏路地へ入って後をついて行くと、今度は建物の扉を開けて先程とは違い優しい感じで手招きをする。
慎重にその建物の中に入ると、そこはギルドの受付だった。
受付で職員として働いている女性達も、開店に向けて忙しそうに動き回っている。
「ふぅ~、相変わらず凄い人数だ。
街から国に掛け合って何とかしてくれないもんかな、全く!」
と男性が頭に巻かれている布を外すと、ギルドの所長だった。
「ここだと外へ声が漏れるかもしれん。ひとまず所長室へ来てくれ」
と割と小さい声で言われた。
所長室に到着すると
「やっと普通の声でしゃべれるわい、すまんな驚かせて」
裏口から出勤してるのか・・・大変だな。
「にしても開店前なのに凄い殺気立ってましたね。
受付の人達は大丈夫なんですか?あんな人達相手にして。
心労がたまってるんじゃ・・・」
昨日話した受付の女性の表情が思い浮かぶ。
「その点も含めてこの国のギルドの給料は他より割高に設定されてる。
比較的休みを取りやすい様なローテーションも組んでいる。
だが、合わない人はすぐ辞めていってしまうよ。
まあ、こればかりはどうしようもないがな」
とやるせない表情を見せる。
「ああ、すまん。あのタイミングで見つけられてよかった。
呼んだのにはちょっとした理由がある」
と机の上の本を開き始めた。
「もしかして、厄介な依頼を引き受けてくれ・・・とか?」
と苦笑いをしながら聞くと
「厄介ではないさ。
信頼を置いている冒険者に、ちゃんと依頼を別に用意しているだけだよ。
それに、あのまま殺気立った連中と依頼書の争奪戦を繰り広げるつもりだったのかね?」
勘弁してくれよ、と思いながら
「あの集団は、ある意味オークやリザードマンの群れより恐ろしかったです」
と皮肉めいた事を言うと笑いながら
「実感こもってるなぁ。だが、君の言う通り一番恐ろしいのは人間かもな。
おお、これだ」
と言い、ある依頼を見せてくる。
<ラリムを統治しているドミニク伯爵の護衛依頼>
またどエライ依頼だなぁ・・・
「伯爵の護衛とはまた凄い依頼ですね、期間はどのくらいですか?」
また何日も拘束されるのは嫌だなぁと思っていると
「この依頼は今日1日だけだ。国の直轄魔導士が1人病気で欠員が出てな、その穴埋めだ」
今日1日か・・・なら良いかな・・・
「要人の護衛なんてした事無いんですけど、どういった内容なんです?
兵士と一緒に四六時中張り付いて、とかですか?」
と聞くと
「本人にずっと引っ付いている訳ではないよ。
そんな事だと護衛する側も、される側も息が詰まって参ってしまうからな。
主な内容は伯爵が公的、私的に外出する際について行って身を守るのが目的だ。
それに依頼の日に伯爵が外出する先は1か所しかない」
との事。
「考え方としては、この前受けて貰った金貨輸送任務と大して変わらんよ。
伯爵自らが(あれをやれ、これをやれ)と使いっ走りにされる訳でもないしな。
どうだ?受けてくれないか?」
まあいいか、1日なら。
「分かりました。受けます」
と言うと
「おお、ありがとう。では、この依頼書を持って早速ラリムの街に行ってくれ。
ラリムの駐屯所に行ってこの依頼書を見せれば、伯爵の屋敷まで案内してくれる。
あ、そうだ。駐屯所では身元確認の為登録証の提出を求められるから、覚えておいてくれ」
依頼書を受け取りマジックゲートに収めると
「今の時間なら任務開始の時刻までは十分間に合う。
昼食は伯爵側で出してくれるから、持って行かなくても大丈夫だ」
との説明。
昼食付か、そりゃ助かる。
説明が終わると同じタイミングで1階がかなり賑わっている。
どうやらギルドの扉が開かれて、殺気立ったあの冒険者達が一斉に雪崩れ込んできたようだ。
「あ~、今日も1日が始まったな」
と所長が言うのと同時に
「じゃあ、行ってきます」
と俺も所長室を出て、1階へ降りる。
1階へ降りると相変わらず殺気立った冒険者達が、依頼書の争奪戦を繰り広げている。
誰も俺を気にする様子もなく、俺も気配を消した状態でギルドを後にする。
「そういえばラリムの街ってどっちに行けば良いんだっけ?」
金貨輸送任務の時は周りは見えなかったし、この国に来てから直接行ったことが無いから分からない。
「ラリムの街はこの大通りを左に曲がって真っ直ぐ行けば着きます。
サリムの街とは逆の方向です」
とアイが教えてくれた。
「ありがとう」
と言い、アイの説明通りの道順に進んでいく。
しばらく歩くと大きな建物がそこら中に立っている街に到着する。
「これがラリムの街かぁ。確かに<ザ・歓楽街>って感じだなぁ」
派手な色の大きな看板が掲げられた店が大通り沿いに沢山あり、店の横にある路地に目をやると店の壁に寄りかかっている人が数名見て取れる。
(アカン、見なかったことにしよう)
と思いながら大通りを進んでいくと目的の駐屯所があった。
「こんにちは。この依頼を受けて来たんですが・・・」
と依頼書を見せると
「はい。ではお名前を確認したいので登録証を見せて頂けますか?」
登録証を出して
「アイカワ ユウイチと言います」
と言うと
「あ~、駐屯地のあの!」
え?駐屯地のって・・・?
「は、はあ・・・」
と不思議そうな顔をしていると
「あ、すいません。
一時期兵士の間で貴方の話題で盛り上がった事があって、それで覚えてたんです。
ナイトスパイダー襲撃事件にサリム子爵の救出とご活躍だったので。
それに襲撃事件の時には、私もあの場に居たもので」
あの場にいた人か。
「では少し早いけど、ラリム伯爵のお屋敷にご案内します」
兵士の案内でラリム伯爵の屋敷に向かう。
伯爵の屋敷に向かう途中、今回の護衛依頼についての説明を受ける。
「内容としては、お屋敷から貴方が行っていた駐屯地の間の護衛です。
サリム子爵の襲撃未遂があった時には、魔導士を同行させてなかったので盗賊に不意を突かれてしまいました。
その反省を踏まえて、今回からは魔導士を同行させることにしたんです。
しかし、病気で欠員が出てしまってそれでギルドに
(出来るだけ信頼のおける人を)
という事で依頼を出したんですが、来たのが貴方なら我々も安心です」
そこまで信頼を寄せられてもなんかプレッシャーかかるな、と思っていると
「ここがラリム伯爵のお屋敷です。どうぞ」
案内してくれる兵士と、屋敷の門に立っている兵士が敬礼をした後屋敷の庭へ案内してくれる・・・




