第六十四話
翌朝、少し早めに起きて魔力精錬の修行をした。
ここ最近していなかったし、新しい街に来て色々と体験するのに夢中でいざと言う時に魔力精錬が出来なくなっていたら困ると思ったからだ。
まあ、そんなことにはならないとは思うが・・・
そうしている内に朝食を頂く事となり、食堂に行くと
「おはよう、アイカワさん。昨日は色々とありがとう」
と挨拶されると
「おはようございます、いえ私は何も。
それに今日の朝ごはんまでご馳走していただくなんて・・・」
とお礼を言うと
「まあまあ、そう言わずに。食事は複数で食べた方が美味しいしな」
と笑っている。
「お、おはようございます・・・」
と相変わらずか細い声でヒルダが食堂に入って来る。
いつもより声が大きい気がする。
「おはようございます。ヒルダお嬢様」
と敢えて父親のミハイルよりも早く反応してみると、ややうつむき気味だが軽くペコリと会釈をしてくれた。
おお、この2日間には無かった反応だ。
そんなやり取りを静かに見ていたミハイルが
「おはよう、ヒルダ。さあ、みんな座ろう」
と微笑ましい表情で見ながら着席を促す。
料理が運ばれてきて、味を堪能していると
「ああそうだ、アイカワさん。
お礼の品として用意しておいた最高級の革だが、帰りにお渡しするよ。
因みに持ち込む店はもう決めてあるのかな?」
と聞かれ
「はい、店の名前は何て言ったかな? 確か店主が凄く気難しくて有名な・・・」
と店の名前を思い出していると
「おお、あの店まだ営業していたのか!」
と知っているような様子だったので
「ご存じなんですか?あの店」
と聞くと
「知っているも何も、あの店の店主は私の親戚筋に当たる男で、貴族としての生活は嫌で周囲の反対を押し切って街に出て行ってしまった。
数年後に風の噂で聞いたのは
(防具屋に弟子入りして鎧職人の見習いをしている)
と聞いた事がある。
そのまた数年後には
(独り立ちして腕は良いんだが、こだわりが強すぎて客が寄り付かない偏屈な店主の店として有名)
との事だった。
その後はパッタリと話を聞かなくなってしまい、どうしたのかと思っていたのだが、そうかまだ店はあったのか」
とあの店主の事を色々と話してくれた。
あの店主、元貴族の親戚なのか。
地位を捨てて一般人として生活するなんて凄いな。
そんなに貴族でいる事が嫌だったのかな、俺には到底理解が出来ないが・・・
でも親戚にしてはなんか他人事だな。
ミハイルとの関係性はそこまで濃くないのかな?
そうだ、子爵で一領主ならこれも聞いておきたい。
「因みにお聞きしたいのですが、この周辺の国ってあと何処がありますか?
キリアナ王国、バルシス王国と旅をしてきたのですが、次の目標をどこにすればいいか分からなくて」
と聞くと
「そうですなぁ。トリナーレ村が・・・いや、あの村との道は今や獣道同然で無理か」
トリナーレ村・・・久しぶりに聞いた・・・
「はい、そのトリナーレ村でこのサリムの街の事を聞いてコンラド共和国に来ました。
そういえば、その国境沿いの獣道を開拓するって話は無いんですか?
その道が開通すれば、今建設している駐屯地の街とでキリアナ王国、バルシス王国、コンラド共和国という3つの国の繋がりも出来ると思うんですが・・・」
そうなれば、トリナーレ村も宿場町としての活気も出るような気もするがなぁ。
「いや、かなり昔にその話はあったのだが開発途中で中止になったらしい。
太古の昔に作られた祠が見つかったとかで、どんなにその祠を避けて道を作っても大きな事故が何度も起こり、最終的には計画は頓挫してしまったらしい。
まあ、私が生まれた時くらいの話らしいがね」
へぇ、この世界にもあるんだ。そんな伝承的な話。
「ああ、申し訳ない。次の街の話だったね。
そうだな。ラリムの街を抜けていくと<アクレア公国>がある。
コンラド共和国とは国交は無いし、峠道を歩いて行く事になるからこの国で馬車を雇って行った方が無難かもしれないな」
峠道かぁ。それに距離があるなら馬車の方が良いなぁ。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
そんな俺とミハイルの会話が終わる間際になって、ヒルダが
「ごちそうさまでした」
と相変わらずか細い声で言い、自分の部屋に帰っていく。
俺とミハイルも食事を終えて、俺は一旦部屋に戻る。
少し休憩した後、装備を付けてロビーに行くとミハイルと執事がちょうど報酬の革を用意し終えていた頃だった。
「おお、アイカワさん。今ちょうど報酬を用意した。
これを持っていけばあの店主も、腕を振るってくれることだろう。
それと、一つ店主に伝言をお願いできるかな?」
と言われて
「はい、大丈夫です。何とお伝えしましょう?」
と聞くと
「これからも元気でいてくれ。たまに遊びにも来い、とね」
なんだ何気に心配してるんじゃん、と思いながら
「分かりました。お伝えします」
と言いながらマジックゲートに報酬の革を収めると、ヒルダが自分の部屋から出て来た。
どうやら見送りに来てくれたみたいだ。
ミハイルと執事はとても驚いた様子で
「ヒルダ?!ゴ、ゴホン。アイカワさんを見送りに来たのかい?」
とミハイルが聞くとコクンと頷く。
「ほ、本当にありがとうございました」
と小さい声で言うと、俺は片膝をついて
「ヒルダお嬢様もどうかお元気で」
と笑顔で返す。
「では、2日間ありがとうございました。これで失礼します」
と執事が扉を開けてくれて外へ出る。
屋敷から徐々に離れていくと
「さよなら~!またいつか来てください~!」
と女の子の大きな声が聞こえた。
びっくりして振り返ると声の主はヒルダだった。
なんだ~、出そうと思えば大きな声出るんじゃん!と思いながら笑顔で手を振りながら例の武器屋に向かう。
あの武器屋に到着して中に入ると
「いらっ・・・なんだ、アンタか。サリム産の最高級の革は手に入ったのか?
どうせ無理だろうなぁ」
と言い終わる前にマジックゲートから報酬として受け取った革を取り出すと
「そ、そ、それは!間違いなくサリム産の最高級の革!ど、どこでこれを?!
分かったぞ!さては盗んできたな!」
まだなんも事情を説明してないだろうが!と思いながらミハイル親子と出会った経緯やこの革を報酬として貰った流れを話した。
「そうか、アンタが子爵を助けた魔導士だったのか。
どうりでこんな最高級品を持ってくる訳だ」
とどこか安堵した様な表情を見せる。
「あ、そうだ。子爵様から伝言を預かってます」
と言うと
「いったいどんなだ?」
と聞かれ
「これからも元気でいてくれ。たまに遊びにも来い、と」
と言った一瞬、目が潤んだように見えたが
「しょうがねぇなぁ。こんな上物を持ってこられちゃぁ、本当に作る他ねぇじゃねぇか!」
と照れ隠しなのか下を向いて立ち上がる。
「奥へ来てくれ。早速希望のデザインの打ち合わせと、その後はサイズを計測だ」
と店の奥へ案内される。
奥の扉の先に8畳ほどの部屋があり、イスとテーブル、それに色々な事が書かれた紙がハンガーに張り付けてあり、ラックにぶら下がっていた。
「遠慮なく座ってくれ」
と言われ座ると
「で、どんなデザインが希望なんだ?」
と聞かれ
「左肩から腹部にかけて、こう、心臓を守ってくれるようなデザインの物が欲しいんです」
とジェスチャーを交えて希望のデザインを伝えると
「ほうほう、なるほど。結構斬新なデザインだな。
だが、どうして革で作ろうと思ったんだ?
他の素材でも可能かもしれないし、何だったら革よりも頑丈だろう?」
と言われたが
「最初はそれも考えたんですが、鋼鉄とか重い素材だと、歩いて旅をする時に疲れてしまった状態で魔物と遭遇したら最悪だし、それに戦闘中重くて動きづらかったらいくら丈夫でも意味が無いと思って。
なので革製でこのデザインの物を探していたんです」
と説明した。
「まあ、そう言われりゃそうだな・・・分かった。デザインはこれ決まりだな。
なら右の脇腹の辺りにボタンか何かを付けて、脱着しやすいようにしよう。
では、今から計測に取り掛かろう。そこに立ってくれ」
と言われ、指定された場所に立つ。
上半身の色々な部位の計測、そして数値を紙に書き込んでいく。
オーダーメイドのスーツを作る時って、こんな感じなんだろうなぁ。
たぶん俺にはこの先必要のない者なんだろうけど。
指示に従っていると
「よし、計測もこれで終了だ。
製作期間は4日で試作品が完成ってところだろうな。
4日後にもう1度来てもらって、微調整をした後、程度にもよるが大体2日くれ。
そのくらいで完成って感じだな」
大体6日~7日、まあ、そんな所か・・・
「そうだ、お代はどのくらいかかりますか?」
とても大事なところだ。こういうのって一体如何程かかるものなのか・・・
「そうだな。
本来なら金貨10枚取るんだが、素材を持ってきた経緯が経緯だから金貨6枚にまけといてやるよ」
ありがてぇ・・・正直もっと取られるんだと思ってた。
「ありがとうございます。今お支払いした方が良いですか?」
と聞くと
「いや、出来上がった物を納得した上で貰いたいから完成品を渡す時で構わないよ」
と言ってくれた。
「分かりました。では、4日後にまた来ます」
と言いながら店を後にする。
店を出るとお腹が空いてきた。
上半身のみとはいえ、自分の体のサイズの計測はほぼ初めてだったので、空腹なのを気が付かなかった。
時間的にはお昼をとっくに超えて、もうそろそろ午後の休憩に差し掛かろうかと言う時間帯だ。
ハリーに行ってみると、休憩時間に入るギリギリで
「遅いけど大丈夫ですか?」
と聞くと
「いいですよ。どうぞ」
と入れてくれた。
適当に注文を済ませて料理が運ばれてくると、変にゆっくり食べて店の人の休憩時間を遅らせてはいけないと思い料理にがっつく。
料金を支払い、店を後にする。
「これからどうしようかなぁ。結構中途半端な時間だしなぁ・・・」
今からギルドに行っても当然意味ないし、カリムの商店街はもう見て回ったし、もう行くところが・・・
と思っていると
「行くとしたらもうラリムの街しかありませんね」
とアイが話しかけてきた。
「ええ~!?歓楽街に~?確かにこの時間ならちょうどいい時間だろうけど、ギャンブルでしょ?
嫌だよ。<欲望全開の人間達>っていう存在がうじゃうじゃいるでしょ
ある意味殺意むき出しのドラゴンより怖いよ」
あんな所に慣れない田舎者なんぞが行った日には、それこそ
<身ぐるみ剥がされてスッテンテン>
状態にされる可能性が高い。
「ひとまずアートに戻るよ。一息つきたいし」
と言ってアートに向かう。
アートに到着して中に入ると
「あらいらっしゃい、久しぶりね。依頼で遠出してたの?」
と相変わらず女将さんが笑顔で迎えてくれる。
「ええ、まあそんなところです」
と返すと前と同じ部屋に案内される。
部屋に入り一息つくと確認しておきたい事を思い出す。
「今、所持金っていくらあったかな?」
と呟くとマジックゲートから全財産を出してみる。
テーブルの上に乗せて計算してみた所、まだ金貨で400枚以上はある。
「良かった~、まだ全然余裕はある。
まあ、だからといってギャンブルなんかする気はないし、ラリムの街にもいかない」
と改めて心に誓う。
「明日以降、何とかして1つか2つでも良いから依頼を受けよう。
このまま鎧の完成までゆっくりしてたら、きっとサボり癖がでてマズイ事になる」
と言うと確認の為に出した全財産をいくつかの袋に小分けにして、全てマジックゲートに収める。
装備を外して、まったりしながら窓から外を見たりしているといつの間にか日が暮れていた。
夕食は食べなくていいか、結構中途半端な時間に食べちゃったし。
ベッドに寝転んでひたすらアイと雑談をしていると、だんだん眠くなってきた。
「もうそろそろいい時間だし寝るよ。おやすみ、アイ」
と言うと
「おやすみなさい」
との声と共に寝落ちしていた。




