第六十三話
ヒルダお嬢様の魔力訓練2日目。
昨日と同じく朝食を食べた後、応接間にて訓練開始。
執事も侍女も昨日と同じ人で、訓練中も特にヒルダの体が光るような現象も見られなかった。
やっぱりたった2日では、魔力があるかどうかを判断するなんて無理なのだろう。
こりゃ、魔導士への夢を断たせる言葉を用意しておいた方がよさそうだな。
そう思っていると一瞬だがヒルダの体が光った。
今度は見逃すことはなく俺の目にもはっきり分かった。
しかし光ったのはほんの一瞬だけで、瞬きをするとすぐ消えてしまう。
こんなすぐに消えてしまうのか・・・目線を外したら見逃すわけだ。
この様子だと今日の終わりに行う試験も不合格扱いにせざる負えない。
どの道、魔法への道は諦めてもらうしかないだろう。
1度休憩を挟む事になったが、ヒルダの様子を見ていると昨日とさほど変わらず疲労の色も見える。
そんな調子で時間が過ぎていき、午後のティータイムが終わった後、ミハイルに同席してもらい魔力が発現するかどうかの試験を始める。
「では、試験を始める前に内容を御説明をします。
掌を上に向けて少し浮かして、この2日間やってきたのと同じ様に目を閉じて集中してください。
但し、今回は自分の体の中に魔力を作り出すイメージではなく、上に向けている掌に作るイメージをしてみてください。では、始め!」
と俺が言うとヒルダは目を閉じて集中し始める。
ミハイルや御付きの人達が静かに見守っている中、ゆっくりとした静かな時間が室内に流れる。
するとヒルダの掌が光り始めた。
今までは体が一瞬しか光らなかったが、今度はある程度の時間掌が光り続けている。
声こそ出ていなかったがミハイルは驚きの表情を見せ、更に同席している御付きの人達も驚きの表情を見せた。
ヒルダは気づいていないのかずっと目を閉じている。
(アイ、どうかな?こんな感じで光ってるけど。
これから訓練していけば、魔法は使えるようになりそう?)
と心の中でアイに聞くと
「いえ、この段階でこれだけの魔力しか出せないのなら諦めた方が彼女の為ですね」
との判断だった。
(そうか・・・なら申し訳ないけないけど諦めさせるしかないようだね)
徐々にヒルダの額に汗が出てきたところで
「はい!そこまで!ゆっくり目を開けてください」
と俺が言うと、ヒルダはまるで今まで息を止めていたかの様に少し粗目の呼吸をした。
「結果から申し上げます。ヒルダお嬢様から魔力の存在は見て取れました」
と言うと、今まで周りに対しておっかなびっくりな表情しか出さなかったヒルダに笑顔がこぼれた。
「しかし確認出来た魔力はほんの少しで、残念ですがこの魔力の量だと攻撃、補助、回復、どの魔法にも適用出来る段階ではありません。
更に申し上げにくいのですが、魔導士になる為に魔法の修行を行うのは子供の頃、遅くとも9歳辺りまでに始めないと魔力の素養が伸びないと聞いたことがあります。
なので、仮にこれから魔法の修行をしようにも・・・」
と言うと、ヒルダの笑顔が元に戻ってしまった。
「お嬢様、仮に魔法が使える様になったらどの様な魔法を覚えたい、使いたいと思っていたのか、良かったら教えて頂けませんか?」
と聞くと
「わ、私はただ、目の前に傷ついた人がいた時に、もし私が助ける事が出来ればと思って・・・」
なるほど、もしかして盗賊に襲われた時に傷ついた兵士を見て何か思うところがあったのか。
そう思うのは良い事なんだけど、流石にあの魔力量じゃなぁ・・・
つい最近魔法を使い始めた俺でも、あの光り方では無理だろうと思ってしまう。
するとミハイルが
「ヒルダ、お前の気持ちはよく分かるつもりだ。
ただ、人にはどんなに頑張っても出来る事と出来ない事がある。
お前はまだ若い。
これからはお前にしか出来ない事を見つけていけば良いと私は思うよ?」
ミハイルの言葉の真ん中部分は残酷に捉えられるかもしれないが、現実的には間違ってはいないと思う。
ただ俺からもアドバイスというか、元気づけるというか、1つだけ思いついた事を言う。
「ヒルダお嬢様、私の様な部外者が差し出がましいようですが1つだけ。
今回魔法は諦めざる負えませんでしたが、何かをするための大事な1歩を踏み出す勇気を持つ事を、今後も忘れずにいてください。
お嬢様にはお父様やお屋敷の皆さんがいますし、その勇気を少しずつでも重ねていけば、今後の人生ある程度の事は何とかなります」
前の世界で子供の頃の俺に言っておきたい言葉を、敢えてヒルダにいう事にした。
(そんなの大人でも踏み出せるだろ!)と辛らつに思う人もいるかもしれないが、みんながみんなそうとは限らない。
大人になって1人になり、自分の周囲の人間関係に嫌気がさしてしまえば、なかなか人生の新たな第1歩を踏み出すのは容易でない。
だから、まだ年端もいかないヒルダに送る事にした。
ヒルダの目の前に片膝をついて、敢えてヒルダより目線を低くしてその言葉を贈ると
「ありがとうございます」
と言い、少しだけ笑顔になった様に見えた。
試験が終わる頃には夕方になっていて、流石にこの時間からカリムの街に戻るには遅いだろうとのミハイルの計らいで、もう1泊泊めてもらう事になった。
昨日と同じく3人で夕食と食べた後、ヒルダは先に部屋に戻って行った。
そんなに食が細いのかな・・・
夕食を食べ終えた後ミハイルが
「アイカワさん、昨日と今日2日も時間を貰い本当にありがとう」
と礼を言われた。
「いえ、とんでもない。
自分としても魔法への道を断たせる為の言葉があんな稚拙な内容で本当に良かったか、今でも分かりません」
と答えると
「いや、あの言葉は確実にあの子の中に響いたと思うよ。
今まであの子が関わった人間達も、ましてや私の言葉さえ親として届いているか自信が持てなかった。
なのに貴方の最後の言葉に、少し笑顔を見せて言葉で返すあの子の姿を見て、恥ずかしながら感動して思わず泣きそうになってしまった。
貴方にお願いして本当に良かった。他の魔導士ならきっとこうはならなかった筈だ。
本当にありがとう」
と俺としてはこれ以上ないお礼の言葉だった。
夕食を終えて自分の部屋に戻る。
椅子に座りまったりしていると
「今日はいいアドバイスでしたね」
とアイが話しかけてくる。
「そうだったかなぁ。
あの言葉は、前の世界で燻っていた自分に言いたい言葉を言っただけだし、思わず口をついて出た言葉だから、今でもあの内容で正解だったのか疑問だけどね」
と返した。
「でも、最後のその言葉で少し笑顔も見られましたし、きっと正解なんですよ」
やっぱり最後笑ってたのか、なら正解という事にしとくか!
ヒルダが今後どういった人生を歩むかは分からないが、俺のこんな言葉を糧にしてくれるなら今回のこの出会いも無駄ではない。
「そう言えばお願いしておいた革って、明日貰えるのかな?
まさか(娘の希望に添えなかったから今回は無しって事で)なんてないよな・・・」
あの優しそうな性格のミハイルに限ってンな事は・・・なんて思っていると
「考えすぎですよ。貴方はもう少し誰かを信じる心を持ってください」
とツッコミが入った。
「すんません・・・」
と他愛のない雑談を繰り広げていると眠気が襲ってきたのでベッドに移動し
「もうそろそろ寝るよ。おやすみ、アイ」
と言うと
「おやすみなさい」
とのアイの言葉と共にこの日は眠りについた。




