第五十三話
夜間警備2日目。
午後になり、目が覚めた。当然ながら辺りはまだ明るい。
取り敢えず外に出て太陽の光を浴びる。
もう1度テントに戻り、久しぶりに魔力精錬の修行を少しだけした後、丁度交代の時間になったのでボブとデイブと合流して警備を始める。
「しっかし暇だなぁ。こうも暇だと何か逆に申し訳なってくるな」
とデイブが言い出す。
「何が?何も起きずにただ時間が過ぎていくことがか?結構な事じゃないか」
とボブが言い返すが
「いや、給料泥棒みたいで嫌なんだよなぁ。動いてないと気が済まないって言うか・・・」
あんたはマグロか!と心の中でツッコみを入れる。
定期的に探知魔法はかけてはいるが、結局何も引っかからない。
ボブが言った通り何も起きないに越したことはないが、確かに周囲を見回して、探知魔法をかけて、雑談をして、では流石に飽きる。
するとボブが
「だめだ。話題を変えよう。そうだな・・・アイカワさんはこの依頼が終わったらコンラド共和国に行くんでしたよね?
その他に何処か行きたい国はあるんですか?」
と聞いてきた。
「いや、今の所ありませんねぇ。
行った街で次の街の情報を聞いたりして、面白そうだったらそこを次の目的地に決めるってやり方でここまで来たんで、コンラド共和国に行ったらまた別の街の情報を仕入れなきゃとは思っているんですけど・・・」
最初から行く街を決めてると予定が狂った時に変更するのが面倒だしね。
「そう言えば、聞くところによると隣の大陸に全く違う文化の国があるって聞いたことがあるんですけど、なんかわかりますか?」
以前アイに聞いた日本の様な国だ。
「いや、知らないなぁ。それに隣の大陸って船でどのくらいかかるか分からないでしょ?
文化が違えば風習はおろか、下手すりゃ言葉も通じないかもでしょ?
それは、流石にチャレンジ精神が旺盛すぎるって」
とボブが笑いながら答えた。
「やっぱそうですよね。次の目的地にしては難しすぎるか。
せめてコンラド共和国に行ったら別の街の情報が手に入ればいいんだけど」
と話していると
「うわぁぁぁ!」
と別の班がいる方向から叫ぶ声が聞こえた。
「何だ?行ってみよう!」
と今までのゆるりとした雰囲気を忘れて声がした方へ行ってみた。
別の班の持ち場に到着してみると
1人の兵士の腕の部分に蜘蛛の糸がベットリとした感じで巻き付いていた。
「どうした!?大丈夫か?」
とボブが聞くと
「少し怪我を負った。誰か回復魔法は使えないか?」
と聞かれ
「一応使えます。どこまで治せるか分からないけど、やってみます」
と言って怪我を負った部位に両手をかざし、集中する。
「何も考えずに、<相手の傷を治したい>との思いだけに集中してください」
とアイのアドバイスもあり、回復魔法をかけると徐々に傷が治っていく。
最終的にほんの少しだけ痕の様な物が残ったが、状態を改めて聞くと完全に治ったという。
「良かった~。治せた~」
安堵する俺を集まった兵士達が
「すげぇ~、こんな短時間でここまで治しちまった!」
と喜ぶ一方他の班の魔導士達が
「なあ、この人って確か攻撃魔法主体の人じゃなかったか?」
とか
「攻撃魔法と補助魔法が同時に使えるって、あり得るのか」
とか目が点になりながら小声で話していた。
あれ?なんかやっちまったか?俺。まあ気を取り直して
「俺、医療の知識が全然ないので、朝の引継ぎが終わったら一応診療所に行って診て貰ってくださいね。
後で何かあっても責任取れないし」
と念を押しておくと
「ああ、分かってる。でもスゲェなあんた。
攻撃魔法が使えて、回復魔法もここまで使えるならもっと上のランクを狙えてもおかしくないのに。
なんでこんなしがない駐屯地の依頼なんか受けてんだ?」
こちとらのんびりと第2の異世界生活を満喫したいだけだよ!と思いながらも
「ンなこと言われても俺まだDランクですし、もっと上に行ける程の実力はまだありませんよ。
それよりいったい何があったんです?腕に蜘蛛の糸の様な物が巻き付いてましたけど。
ナイトスパイダーに襲われたんですか?」
と話題を変えると
「ああ、そうなんだ。稀に篝火を恐れない若い個体がいてね。
そいつが夜間警備に就いている兵士や魔導士にちょっかいをかけてくる時があるんだ。
今回もそのパターンだよ」
と話した。
「では、そのちょっかいをかけて来たナイトスパイダーは?」
と聞くと
「俺が氷魔法で倒したよ。
相手は茂みの中だから炎魔法は使えないが糸が巻き付いているなら、方向も分かるしね」
と怪我を負った兵士と同じ班の魔導士が指を刺した方向を見ると、デカい蜘蛛の亡骸が横たわっていた。
「ナイトスパイダーって換金できる部位はあるんですか?」
と聞いてみると
「いや、ないよ。
さっき見た通り糸はねばついていて、糸が触れると例え服を着ている上からでもやけどの様な症状が現れる。
強さ自体はさほどでもないが、糸に触れると厄介なんだ」
確かに換金出来ないんじゃ、例え依頼が来ても受けたがらないだろう。
面倒なゴブリンを相手にしているようなものか。
別の班の魔導士がナイトスパイダーの亡骸を草が生えてない場所まで運んだ後、炎魔法で焼却処分している。
「何にせよ、助かったよ。ありがとう」
と治療魔法を施した兵士と握手を交わして、それぞれの持ち場に戻る。
持ち場に戻っても、結局何も変わらずいつものルーティンを繰り返すだけ。
先程のナイトスパイダーの攻撃があったが、襲ってきたのは1体だけ。
尚且つ緊張感は戻った当初はあったものの、俺達の持ち場はそもそもナイトスパイダーどころか他の魔物すら引っかからない。
デイブと話していた様に何もないのも逆に困る。
かといってボブが話した通り何もないのが一番だ。
実際、前の世界で警備会社の人達が、銀行やらコンビニのATMやらで見かける人達とかは、仮に強盗犯などに襲われた場合、その場ではどう対処するのだろうと考えてしまう。
求人雑誌や求人サイトで募集要項を見ても
(未経験者OK 他業種からも沢山の転職者が!)
等の謳い文句が並んでいるが本当に柔道や空手の経験者とか関係なく雇っているのだろうか。
そんな事を周囲を警戒しながら考えていると、休憩の時間が回ってきた。
食堂のテーブルに座り夜食を食べていると
「ああ、旅の話に戻るけどどうしてその(別の大陸)に興味を持ったの?」
とボブが聞いてきた。
「基本的にその土地で有名な物で次に行く街を決めてるんです。
バルシス王国の場合は魚料理が目当てで、コンラド共和国の場合は新しく装備する革製の防具を見つける事が目的なんです」
と話すと
「まあ、サリムの街で収穫した革で出来た鎧だったら品質もいいだろうし、その鎧をカリムの街で購入するのも可能だね」
とデイブが言ったが
「でも革製の鎧ってどんな感じのを探してるの?」
とボブに聞かれ
「今装備しているものよりもう少しだけ面積が広い物を探してます。
例えば心臓の部分だけでなく、出来れば上半身をすべて守る感じの物を」
と答えると
「うーん、俺達は基本鋼製の鎧だから革製の鎧は分からないけど、革でそのタイプって見た事ないなぁ。
まあ、行ってみないと分からないだろうけど」
おいおい、不安になるようなこと言うなよ。
「まあ、仮になかったとしてもその時は切り替えてラリムの街でギャンブルを楽しめばいいと思うよ」
とボブが言いながら段々と顔がニヤけている。
「ま~たギャンブルの話ですか!好きですね~」
と俺は若干呆れ気味だがボブは
「あの華やかさは一度体験すると中々忘れられないよ~。絶対クセになるから」
いや、癖になるのが嫌だから近づかないんだよ。
すっからかんになったらどうしようもないだろ!と心の中でツッコむ。
カジノに入った事はもちろん、俗にいう<遊技場>に入った事はあるがどうも落ち着かなかった。
それに遊技場ではないがそういう華やかな場所、例えば百貨店の様な高級そうな場所も苦手だ。
特に高級そうな香りが漂っている場所にいると、慣れないからか気分が悪くなってくる。
(実際地元の百貨店に行ってそのテの売り場を通って、気持ち悪くなった経験があるからだ)
「この駐屯地の任務が終わったら休暇を申請してまた行きたいなぁ~、カジノ」
と惚けた顔をしながら星空を見上げる。
「全く懲りねぇなぁ~。俺達の給料はそんな所で遊べる程の金額じゃないだろ?
ほら、もう休憩時間は終わり。行くぞ!」
とデイブが半ば呆れながら立ち上がる。
持ち場に戻り、引き続き雑談をしながら夜間警備を継続する・・・
時間が過ぎてようやく空が明るくなってきた。
もうそろそろ日勤組との交代の時間だ。
「ようやく明るくなってきた。今日も1日ご苦労さんだな」
全くだ。まあ、ナイトスパイダーの件はあったものの大事には至っていないみたいだし。
時間が来て3人で詰め所に到着してボブ達と別れた後、ナイトスパイダーに襲われた兵士が話しかけてきた。
「お疲れさまでした。そちらも何もありませんでしたか?」
と聞かれ
「はい。腕は大丈夫ですか?その後は何ともありませんか?」
と返したが
「おかげさまで何ともありません。
これから診療所に行って診て貰いますが、痛みどころか痒みや違和感すらないのですぐ帰されるでしょう」
と笑顔で答える。
「では、失礼します。おやすみなさい」
と言い、診療所の方へ歩いて行った。
朝食を食べて行こうかとも考えたが、今日は自分のテントに戻る。
テントに入り、マジックゲートからテントとクッションを取り出して寝そべる。
「今日はありがとう、アイ。回復魔法を使う時にアドバイスしてくれて」
と言うと
「構いませんよ。
貴方の大魔導士のスキルなら私の助言が無くても、きっと出来たでしょうから」
その言葉を聞きながらアイマスクと耳栓を装着する。
「次の夜間警備も何も無ければいいなぁ」
と呟くと
「きっと何もありませんよ。あまり気になさらずに」
そうだよな、きっと気にし過ぎだ。
「もう寝るよ。おやすみ、アイ」
と言うと
「おやすみなさい」
の言葉と共に眠りについた。




