第三十九話
約束の日の朝、起きてからシャルナンの食堂で朝食を食べるか悩んでいた。
今回の相手は魚類。
船の上で戦う事になるとなれば下手をすれば船酔いで気分が悪くなるかもしれない。
これまで船に乗った事は一度だけで、しかも子供の頃だったので大丈夫だったがその頃と今とではあまりにも状況が違い過ぎる。
「創生神様から健康な体を貰っているとはいえ、今回は朝食は辞めといたほうがいいかな?」
とアイに聞くと
「私もその方が無難だと思います」
と同意されたので朝食は食べずにギルドに向かう。
ギルドに到着して受付の女性に話しかけると
「あ、アイカワさんですね?所長から話は聞いています。所長室へどうぞ」
と言われたので所長室に向かい扉をノックすると
「ああ、入ってくれ」
と言われ扉を開けると
「おお、今日はよろしく頼むよ」
と所長が笑顔で俺を迎え入れた。
所長の机の前には剣士の男性1人、魔導士の女性3人が立っていた。
いずれも20代前半辺りだろうか。
後ろ姿からでも剣士の鎧がボロボロなのが確認できた。
あのボロボロの鎧はもしや・・・と思っているとそのパーティーが振り向いてこちらを見る。
昨日武器屋に修理代をゴネてた剣士だ。
昨日の海岸や、ここに来るまで考えていたシミュレーションが俺の頭の中でヒビが入る音がした。
「紹介しよう。剣士のダンカン、薄紫のローブを着ているのが攻撃系魔導士のマオ、白いローブを着ているのが補助系魔導士のリップ、薄い緑色のローブを着ているのが同じく補助系魔導士のソフィアだ」
と紹介されると全員が
「よろしくお願いします」
と俺に一礼した。
こちらも
「アイカワ ユウイチです。よろしくお願いします」
と返して一礼すると所長が
「では、今回討伐してもらいたい魔物だが魚類の魔物で普段は海中に潜んでいる。
その潜んでいるポイントまで船で行ってもらって、仕掛けを施して海面におびき寄せた所を退治してもらいたい」
と魔物の絵と行ってもらいたい港町の場所が書かれた依頼書を俺達に見せてきた。
「船って言ってもどのくらいの大きさなんです?
大の大人が5人に、船を操る人も必要だからそれ以上の人数が乗る事になりますよね?
そんな大きな船は漁師さんとか持ってないんじゃ・・・」
とダンカンが聞くと
「バルシス王国から地元の漁港組合に払い下げられた元軍艦を1隻用意してある。
ちょっとやそっとじゃ沈まんから安心してくれ」
と言われて少しホッとした。
「討伐した証拠ってどうするんですか?従来通りその魔物の亡骸を持ってきた方がいいですか?」
とソフィアが尋ねると
「そうだなぁ。食べられるわけではないが確かに証拠は必要だから、出来れば亡骸を持って来てくれると助かる。
では他に質問が無ければ、早速目的地の港に向かってくれ!」
と説明が終わり、みんなと一緒に目的地に向かう。
目的地の港はギルドからそう遠くはない場所にあり、ダンカン達とはほぼ雑談に近い話
(市場のこのグルメが美味しかったとか、食事が美味しい店はどこかとか)
しかしないまま港に到着した。
船着き場に10人程の男性がいたのでそこに行ってみると
「おお、あんたらが依頼を引き受けた冒険者さん達かい?
待ってたよ~。今日は俺らがこの船を操縦させてもらうよ」
と話しかけてきた。
どうやら地元の漁師のようだ。
凄い訛ってる・・・
「例の魔物が潜んでる場所はここから遠いんですか?」
と俺が男達リーダーに話しかけると
「いやぁ、そこまで遠くはねぇよ。ここから少し沖に出た海中の穴に潜んでるんだ~。
そのポイントに着いたら碇を降ろして船さ固定して、デッケェ針が何本も付いた餌を投げ入れっから、奴が食いついたら後はそっちに全て任せるわ~。
もし、倒すのが無理そうなら早めに言ってくれっけ?
最悪、転覆でもしようものならここにいる全員の命が無くなるかもしれねぇから。
じゃあ、何時でも船は出せっから早速行くべ!」
と全員船に乗り、あっという間に出港した。
出港した後ダンカン達を見ていると、それぞれ波の揺れに苦戦していた。
今更ながらに思うが、海の魔物(しかも魚類)相手に剣士ってどうなんだろ?とかつい思ってしまうが、そこはあまり気にしない事にした。
(多分そこを気にしたらすぐに心が折れてしまいそうだし)
まあ、何とかなるだろ・・・と思っていると船のスピードが段々と遅くなった気がしていると男の1人が
「もうすぐポイントに着くぞ~!準備してくれ~!」
との声が聞こえたので俺達は周囲を確認していると、碇が落ちる音がして
「おびき寄せるための餌を撒いたから、後は任せっぞ!」
との叫び声が聞こえると、船に衝撃が走る。
ポイントに到着する寸前に、念には念をという事で俺の独断で魔法障壁を掛けた。
(まあ、意味があるかどうかはわからないが・・・)
餌が付いた糸は、改造されて何本もの木の柱に補強されている帆柱と呼ばれる柱の上部から船の左側に伸びている。
食いついた魔物は餌が付いた糸を引きちぎろうと右へ左へと大きく旋回しながら泳いでいた。
俺とマオは何とか相手の動きを止めようと、雷魔法を幾つも作り出し魔物が泳いでいる方向へ撃ちこむが、いとも簡単に躱されてしまう。
一応軍艦を改造した船だとはいえ、このままだと帆柱が折れるどころか船そのものが転覆しかねない。
「もうそろそろ船がヤバそうだぞ!倒すか辞めて引き返すか決めてくれ~!」
と指示が来た。
んな勝手な事言うなと思いもしたが、このままだと本当にヤバそうなので
船のデッキから魔物がいる方向へ氷の壁を作り進行を妨げる。
そして魔物が慌てて方向転換すると同時に、奴の目の前に同じように氷の壁を作った。
それを見たマオがすかさず雷魔法を連発するが、決定的なダメージは与えれれていない。
それどころか攻撃された魔物が猛烈な速度でこちらへやって来る。
それと同時に船の手前に氷の壁を作っておくと、壁を飛び越えようと魔物が海中から俺達目掛けて空高くジャンプした。
その瞬間、俺は両手を魔物にかざし
「大人しくしやがれぇぇーーー!!!」
と叫びながら精錬した魔力で作った氷の柱を作り、完全に魔物の動きを封じた。
氷の柱は魔物の9割以上を氷漬けにしていて、頭の一部が少し出ているのみだった。
俺は魔法を使用していたので解らなかったが、漁師達もダンカン達も船の甲板で頭を抱えてしゃがみこんでいた。
辺りが静かになってしゃがんでいたみんなが恐る恐る氷漬けになっている魔物の方を見ると、漁師の1人が
「やったぁ!!奴を倒したぞ~!」
と歓喜の声を上げたが、実際はまだトドメを刺せていない。
一旦、みんなを落ち着かせた後
「みんな、少し後ろに下がってください」
と俺から距離を取らせると、念の為リップとソフィアに魔法障壁張るようにお願いして、魔力を凝縮した雷魔法を魔物の頭に撃ち込む。
相当効いたのか魔物の目が両目とも白く濁り、放った雷魔法の熱で魔物の体を覆っていた氷の柱の殆どが溶けた。
精錬した魔力での雷魔法でも良かったが、それだと威力が高すぎて魔物の体や覆っている氷の柱が砕けてしまうかもしれないので、敢えて普通の雷魔法にした。
漁師達に魔物が息絶えていることを確認してもらい、全員の力を合わせて船のすぐ目の前まで引き寄せる。
肉体強化を使用してもかなりの重さで、引き寄せるのが物凄く大変だった。
改めて近くで見るとかなりの大きさで、漁師達がざっと測ったところ10メートル近くあると驚いていた。
「どうりで重いわけだ。てか海の魔物でこんなヌシみたいな奴、今までにもいたりしました?」
と俺が漁師達に聞くと
「いやぁ、何年かに一度大きい奴が現れて、今回の様に冒険者の人達に退治してもらう事はあるけんど、これ程の大物は長い漁師生活で初めて見たよ~」
と返された。
マオと一緒に俺が作った氷の壁に炎魔法を撃ち込み、溶かしていく。
全ての氷が溶け終わったのを目視で確認した後、船の碇を上げて港に向かう。




