第百一話
穴に吸い込まれたと思った次の瞬間、今までいた場所とは全く違う空間に立っていた。
周りにはダグバン、お付きの2人、シュルトと俺の4人しかいない。
転送された場所はテニスコート程の大きさのステージがあり、そのステージの周りには底の見えない穴に囲まれている。
当然ながら扉も窓もない、ステージの周りには深い穴で囲まれているので文字通り逃げ道もない。
「すげぇな、こんな場所に移動できる魔法があったのか。
急進派を立ち上げる前にもっと書庫に眠ってる魔法の本を色々読み漁っておけばよかったよ」
とダグバンが言うと
「アイカワさん、そちらの2人はお任せします!」
との一言と同時に少し強めの雷魔法を作り出し、お付きの2人に喰らわせた後、土魔法と水魔法を合わせた粘土の様な土を作り出し、頭だけを残し体を覆い動きを封じる。
「ふぅ。
久しぶりにこの魔法使ったから上手く出来るか自信なかったけど、何とかなったな」
そう呟くとお付きの2人は抵抗する素振りも見せず意外と落ち着いていた。
何故この2人はこんなに落ち着いているんだ?と疑問に思った俺は心の中を読むスキルを発動してみる。
・・・・・・なるほど、そういうことか。
スキルの発動を終えると
「へぇ、そんな魔法も使えるのか。
見た目に反して意外と器用なんだな、あんた」
とダグバンが言うと
「お褒めにあずかりどうも。
こんな空間に連れて来てこんな状況になってるって事は、この後俺達がどうしたいか分かるかい?」
と俺が聞くと
「力づくで俺を屈服させようとか?」
と半笑いで答えるダグバン。
「違う。お前を説得する為にわざわざこんな魔法まで使ったんだ」
とシュルト。
「俺を説得?本気で出来ると思っているのか?」
とダグバンが聞き返すると
「お前はむやみやたらと興味本位で周りが見えなくなるタイプじゃない。
ちゃんと話せばわかる奴だ。
それは付き合いが一番長い俺が良く知ってる。
第一、お前は地上に出てからその後どうしたいんだ?
まさか旅行気分で地上に行きたいなんて考えてる訳じゃないんだろ?」
とシュルトが聞くと
「俺はただこんな閉鎖的な世界を飛び出て、本当の空の下で人生を全うしたいだけだ。
それ以外の目的は無い。
お前は考えた事はないのか?
いくらスフィア球が太陽の代わりになって植物を育て、不自由がない生活が送る事が出来るとはいえ
(生物なら本物の太陽に下に出てみたい)
(本当の自然が生み出した新鮮な空気を体感してみたい)
と本当に思った事はないのか?」
とダグバンが今までにないくらいの真剣な顔と声色でシュルトに言う。
「しかし、お前が地上に出た所で居場所はどこにも無いだろ?
それに俺達の様な存在が地上の世界の人間の目の前にいきなり現れれば、それこそ騒ぎになってそんな感動を味わっている状態ではなくなってしまうだろ。
おかしな混乱を地上に及ぼす、それはあってはならない事だ」
とシュルトが反論する。
「そのくらい俺だって承知しているさ。
だから地上に出た後はまず人目のつかない場所を探して、そこに根城を築く。
今考えているのは、昔長老達が地上に設置した祠の辺りにしようと考えている。
あの祠には特殊な魔法が掛けられているらしいから、人間達は全くいないだろう。
そこで畑を作り、本物の太陽の下でひっそりと暮らすさ」
あの祠の事もダグバンは知っていたのか。
「話の途中割って入ってすまないが、それは急進派全員の意思なのか?
中にはあわよくば地上の国や街を襲って、自分達の物にしてしまおうなんて考えてる人物も紛れてるんじゃないのか?」
と俺が話に割って入る。
「バカ言え。そんな事を考えている連中は俺達急進派の中にはいない」
と俺の意見を真っ向から否定する。
「そうかな?ここにいるメンバー以外の本心は分からないが、少なくともアンタの取り巻きのこの2人は地上に出た後急進派を見限って地上で好き勝手暴れたいと思っている腹積もりらしいぜ?」
と序盤で心を読むスキルを使って分かった事を、ダグバンにぶつけてみる。
「そんなばかな。この2人は俺が急進派を立ち上げた時の最初のメンバーだ。
俺の考えを誰よりも理解してくれている。そうだよな?」
と動きを封じられている2人にダグバンが問いかけるが何も反応しない。
それどころか、態度が完全に不貞腐れている感じになり
「はぁ~。全くテメェときたら、この期に及んでまだそんな絵空事言ってんのか?」
と2人の内に1人が言うと続けてもう1人が
「外の連中はダグバンと同じ頭の中がお花畑の様な奴らだが、俺達は違う。
地上に出た後まず小さな村を襲い、地上にいるであろう盗賊などと手を組み国を襲って乗っ取り、どんどん勢力を拡大して好き勝手暴れ回る!
それが俺達が地上に出る本当の理由さ!」
と言うと体を覆っていた粘土質の高い土が見る見る内に固まり、遂にはボロボロと細かく砕けた。
自由になった2人がゆっくりと立ち上がる。
立ち上がった2人を愕然とした表情で見ているダグバンが
「お前ら、本当にそんな事を考えていたのか?」
と改めて聞き直すと
「当り前だろ!地上に出たってする事が無ければ、この世界にいるのと変わらん。
だったら俺達より脆弱な人間達を襲い奴隷の様に従えさせて、やがては国を乗っ取ったり好き勝手やる方が余程楽しいね!」
と吐き捨てる様に言うと1人が
「おい、あれを試す時が来たな!」
ともう1人が
「ああ、早速使ってみるか!」
と言い、2人揃って呪文を唱え始める。
すると2人の体がみるみるゴツくなっていく。
(おいまさか、あれは肉体強化か?)
と心の中で思っていると
「どうやらその様です。
ただでさえ身体能力との差があるのに、そこに肉体強化をかけられると厄介ですね」
とアイが冷静に分析する。
(じゃあ、こちらはあっち以上に体に魔力量を流さないといけないって事か、まずいな)
と考えていると
1人が一瞬消えたかと思うと、ダグバンとシュルト連続で殴りつける。
殴られた2人は2メートル程吹っ飛ばされる。
くそっ、目が追い付いていけなかった。
「どうだ!この力があればどんな奴にも負けはしない!
地上に出た暁にはすべてに人間達を従えてやる!」
とまるで三流の悪役の様なセリフを言い放つ。
もう1人が残像になる。
その瞬間、左側から何かの気配を感じ取り両腕を上げて何とか防御する。
防御は出来たもののシュルトとダグバンの2人の目の前まで吹っ飛ばされる。
「ほう、人間の分際でなかなかやるな。だが、それがいつまで続くかな?」
と言うと今度は連続攻撃を仕掛けてくるが、肉体強化をさらに強めたおかげでその連続攻撃を難なく避ける事が出来た。
「チッ、すばしっこい野郎だ!おい、連携攻撃で仕掛けるぞ!」
と言うと今度は2人揃って連携攻撃で襲い掛かって来る。
しかし、その連携攻撃もひらりと躱して雷魔法で作り出した剣で2人の片足に深手を負わせ動きを止めて、小さく作った高密度魔力をそれぞれ体へ撃ち込み、大ダメージを与える。
スズキさんから貰った<肉体強化の底上げ>のおかげか、それともこれまで魔力精錬の修行をこまめに行ってきたおかげか、これ程の魔力を使用しても体への負担は全く感じない。
口から軽く吐血し、その場にへたり込む取り巻きの2人。
「チクショウ!なんでこんな人間1人にここまでやられるんだ!」
と嘆いていると
「地上にだってな、優秀な魔導士や冒険者は山ほどいるぜ。
俺なんかより強い人や仲間とちゃんと連携して幾つもの修羅場をくぐって来た人達が山ほどな。
この力があればどんな奴にも負けない?たった1人の人間に見事にやられてるじゃねぇか!
しかも2人がかりで。自信過剰もいい加減にしてほしいぜ」
と俺が吐き捨てるように言うと
「思い上がってんじゃねぇぞ!人間の分際でぇ!!」
と1人が叫ぶと隣に座り込んでいる仲間の腕を掴む。
掴んだ奴の体の周りから黒いオーラが出ているのが分かると、掴まれている奴の体がどんどんしぼんでいく。
「な、なんだこれ?俺はどうなって・・・」
と言い終わる前に掴まれた方は完全にミイラの状態になってしまい、掴んだ側の奴は与えたダメージは完全に回復し、筋肉量も増えた。
「この野郎・・・仲間を吸収してパワーアップしたってのか!」
と驚いていると
「ハッ!本当はダグバンを最初に吸収して次にコイツの順番だったが、逆になったな。
まあ、そんな事はどうでもいい。
テメェを殺した後あの2人を、その次はこの空間をなんとか抜け出して、外の連中も一網打尽にしてやらぁ!」
と声を上げた瞬間、シュルトとダグバンが声を張り上げながら渾身の力で相手に殴り掛かる。
しかし
「やはりこんなもんなだぁ。全く効いてないぜ!」
と2人の頭を掴み地面に叩きつける。
2人を助けようと更に肉体強化を強めた状態で相手に接近して顔に炎魔法を叩きこむ。
そこまでダメージは与えられなかったが、取り敢えず隙を作る事が出来たので2人を抱えて相手との距離を取る。
「2人とも大丈夫か?」
と聞くとシュルトは
「ああ、なんとか」
と返したがダグバンは
「ちくしょう・・・」
と呟くのが精いっぱいの様だった。
「2人とも奴が使ったあの魔法は使えるのか?」
と聞くと
「昔少しだけ試した事があるくらいだ」
とシュルトが言うとダグバンが続けて
「例え俺達が使えても今の奴には勝てないぞ?」
と返したが
「ほんの少し隙を作ってくれればいい。
それに確認だけど、今から俺が使う魔法は奴の命を確実に奪う為の魔法だ。
それでも大丈夫か?」
と2人に確認をすると
「ああ。
奴の目的が完全に露呈した以上、外でこの様子を見ている仲間もきっと分かってくれる」
とシュルト。
「しょうがないだろ。
あんな奴に殺された挙句、他の仲間も全滅されられたんじゃ死んでも死にきれないぜ」
とダグバン。
「じゃあ、決まりだ。
確かに奴は仲間を吸収して力は上がったが、その分スピードは落ちてる。
2人が踏ん張って奴の動きを止めてくれれば必ず俺が仕留めるよ」
と2人の方に手を置いて魔法障壁をかける。
「久々の共同作業だ。トチるなよ?」
とシュルトが言うと
「へっ!誰にモノ言ってやがる!」
とダグバンが言い終わるのと同時に2人が奴目掛けて突進する。
2人が奴の目の前に来ると、奴の攻撃が当たるが魔法障壁が発動し奴をよろめかせて、その瞬間2人が足にしがみ付き動きを封じる。
俺は2人が突進したと同時にバスケットボールくらいの大きさの高密度魔法を作り出し、動きが制限されてる奴に向かって一気に距離を詰める。
「グッ、悪あがきしやがって。離れろこの野郎!!」
と奴がもがいて2人に気を取られている隙に、奴の頭上に作り出した高密度魔法を撃ち込む。
撃ち込まれた次の瞬間、奴の両目が一瞬にして白目に変わり、両目や鼻、両耳や口から血液が流れ出た後、体から力が抜けてぐったりとした後、その場で倒れ込む。
「た、倒せたぁ~」
とその場でへたり込む俺を含めた3人。
奴の遺体は生命活動が無くなり魔法が切れたせいか次第に体がしぼんでいき、吸収された奴の様にミイラの状態になってしまった。
その様子を見ていたダグバンが
「バカ野郎が、ちゃんと話してくれればこんな事にならずに済んだってのに」
と悔しそうに呟いた。
「なあ、ダグバン。
こんな状況で聞くのも酷だが、地上世界に関する事はもう・・・」
とシュルトが切り出すと
「ああ、もう地上への移住は諦める。
実はな、倒された2人がいない時に急進派のメンバー達と話し合った時があったんだが、そうしたらシュルトが言っていた通り
(地上世界に行ってみたいという興味本位だけで参加した)
というのが理由らしい。
たぶん、数日程度旅行に行く気分で参加したんだろう。
それを聞いて内心
(あの2人以外俺の本心を理解してくれている奴はいない)
(もう急進派としての体制は維持できないかも)
と感じたよ。
それに加えてこの2人の心の内だ。もう疲れたよ。
魔法で他の急進派のメンバーも見ているんだろう?ならここで宣言する。
急進派は今日を持って解散!明日からは穏健派も急進派もない!
ラウドスの住民として平穏に暮らす事を約束する!!」
その言葉を聞いた俺は安堵して余計力が抜けた。
シュルトが近づいて来て
「ありがとう、アイカワさん。これもすべて貴方のおかげだ。
本当に何とお礼を言ったらいいか」
と言われたが
「とんでもない。俺はただ自分に出来る事を精一杯したまでです」
と言ったが
「いや、貴方がいなければ今頃はあの2人に一族が滅ぼされて、地上にも犠牲が発生していたに違いありません。
さあ、みんなが待っている元の空間に帰りましょう」
そう言うとシュルトは再び魔法で空中に穴をあけて、俺達や戦いで亡くなった2人の亡骸を吸い込み、元の世界へと帰還する。




