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クロイツェル・バレット 掃討の聖約者  作者: 美濃勇侍
第2章 ローマの怪人《ファントム・イン・ジ・ローマ》
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2章の5

こんにちは、作者です。次回更新が終戦記念日前後などと書きましたが、話が予想以上にふくらんでしまい、公開が遅くなりました。

楽しみにしていただいていた方々には、申し訳ありませんでした。


 同時にバーナビーの、軽口を叩きまくる少し軽薄なヤンキーという印象の裏に、それを疑った自分が恥ずかしいほどの戦士の素質が隠れていたことを、クラリスは思い知った。

 大型冷凍庫なみの冷静な心、敵を騙すのに味方も巻き込む老 獪(ろうかい)さ、不敵きわまる平常心、こういうものが折り重なってできた男でなければ、策略とも言えないこんなハッタリを堂々とやってのけるなど、断じて不可能にちがいない。


俺みたいなできの悪いヤツがヴァチカンにいたら、イエス様が困る、ですって?


《言いたいことは分かるが、俺たち仲良く相談してる時間はなかったろ?》と言うように眉を吊り上げるバーナビーのおとぼけ顔に、怒ったつもりの視線を一瞬だけ送ったクラリスは、テーブルにある携帯電話の、仔馬の写真など(・・・・・・・)写っていない(・・・・・・)画面に目を戻した。


きみはこの変な気配に

気づいたか?

俺たちは狙われてると思うか?

状況が最悪なら 仔馬は黒毛

なんとかなるなら 栗毛

安全なら 白毛

俺は武器がない■

 

 バーナビーがやったのは、紙とペンのかわりに携帯電話を使った筆談のようなものだった。これなら手もとをのぞきこまなければ画面は見えないし、口を開く必要もない。タネを明かせば単純でも、事態をいい方向に向けるには十分すぎる効果があった。

 だが、分かってみれば単純なだけ、自分でこのアイデアを思いつけなかったことに、クラリスは歯がゆい気持ちも覚えた。なぜなら、この電話なら自分も持っている(・・・・・・・・)のだから。でも今はそんなつまらない事を気に病むより、バーナビーが打った大芝居に応える事のほうが大事だと、クラリスは自分を切り替えた。無事にヴァチカンに戻れたら、そのときは好きなだけ主に懺悔すればいい。


 携帯の画面で《どうする?》と問うようにカーソルが点滅している。獣人が近くにいると確信できる以上「白毛」と答えることはできないが、自分の直感が「黒毛」でもないと告げるのを信じるか、信じないか。迷う時間はなかった。たかが馬の話に不自然な間がありすぎれば、何かやっていると悟られてしまう。これはジゼルにないしょで部屋でこっそり見たクイズ番組ではない。" フィフティ・フィフティ " は選べないし、だれも「ファイナルアンサー?」とは聞いてくれない。


──いいわ。バーニーは私がうまくやると信じたからボールを投げた。なら私も、最高のピッチングを見せてあげる。


「かわいい栗毛の仔馬ですね。この子の母馬も栗毛ですか?」

 五分にも感じられるほんの一拍。

 そのあと出てきた自分の声の弾みようが、打ち合わせもなく始まったこの芝居にうまく乗れていることに、クラリス本人がいちばん意外な思いをした。

「俺がその母馬に乗ってる写真もあるぞ。ついでに見せてやるよ」

 少しの間も空けずにセリフを返してくるバーナビーの演技力に、クラリスは内心で舌を巻いた。ただのワン・ペアをストレート・フラッシュに見せようとしている最中だというのに、彼がなぜこれほど自然に振る舞えるのかどうしても分からないのだ。

「ほら、これだ。俺のカウボーイ姿を見ても笑わないでくれよ」

 ふたたび戻ってきた携帯の画面に、今度はこう文字が並んでいた。


わかった

本部から救援を?

ハンニバル・コードは

この携帯から使える■


 二人がいま ” 筆談 ” に使っているのは、見た目はどこにでもある形でも、その中身は市販品など足元にも及ばない、地上でもっとも優秀な──もちろん装備課のレオナルドが腕をふるって改造した──個人通信ツールだった。

 ゲヘナのエージェント全員に配られているこの端末から " ハンニバルはアルプスを越えた " という暗号文、通称 " ハンニバル・コード " を本部に送信すれば、内蔵されたGPSロケイターの電波発信源に向かって、六時間以内に武装救援チームが駆けつける。この救援コードはエージェントが生還するための最後の頼みの綱だったが、クラリスはいまそれを使うことはなるべく避けたかった。それは、ヴァチカンにこんな近いところに救援チームを呼んだら、あたりが大騒ぎになってしまうのが目に見えているからで、存在を世間に知られるような事態を起こすと困るのは、ゲヘナも獣の軍団(レギオン)も同じだからだ。なら、残る手は一つ。ここにジゼルを呼ぶしかない。


「ふふ。アメリカ人って、カウボーイの格好が似合うんですね。そういえば、馬ならフランスの私の家にもいるんですよ」

 そう言って、ハンドバッグから自分の携帯を取り出したクラリスが、自分も同じように馬の写真を呼び出しているようにボタン操作しながら文を打ち「ほら、この子です」と言って、バーナビーに見せた。


救援チーム 不要

たぶん奴らは少人数

これから

妹を呼びます■


 クラリスの意を理解したバーナビーが、にんまりと笑った。

「ああ、こりゃいいな。とてもきれいな白馬じゃないか。この馬をぜひ見たいもんだな」


姉の危機を知ったシスター・ジゼルはおそらく、標的に突入寸前のトマホーク・ミサイルなみの勢いでやってくる。クラリスの言うように獣人が少人数なら、あのスーパーガールひとりで充分だ。


 これでどうやら安全にヴァチカンへ戻れそうだなと思ったバーナビーが、イスの背にゆっくりもたれかかった、その時だった。

「失礼いたします、お客様。カプチーノとエスプレッソの、お代わりをどうぞ」

 二つのカップをトレイに載せたウェイターがテーブルのそばにやってきて声をかけ、手際よく空のカップを片づけると、もう一杯づつコーヒーを置いた。

「いえ、わたしたちは頼んでいません」

 けげんな顔をしたクラリスがウェイターに告げ、バーナビーは無言で眉間にシワを寄せた。

「いえ、シニョーラ。これはあちらのお客様からの──あれっ?」

 振り返ったウェイターは驚いて、思わず声を上げた。このテーブルにあの二人がいま飲んでいるものを、もう一杯づつ。そうオーダーした男は、店の一番奥のテーブルから消えていた。


「すみませんシニョ-ラ。その方はさっきまで、あのテーブルにおられたのですが」

「いいさ。だれか知らないが、ありがたくもらっとくよ。ここのエスプレッソはうまいしな」

「ありがとうございます、シニョーレ」

 首をかしげながら店の奥へ戻っていくウェイターをじっと見送りながら、バーナビーはクラリスにだけ聞こえるような小声で言った。

「クラリス。こいつはどうもマズい感じがする。早いところ──」


「── なにをするにしても、その必要はない」


 ウェイターのうしろ姿に視線と警戒をそらされ、まったく見ていなかった方向から響いた声に不意を突かれたふたりは、本能的にテーブルの上の小さなフォークを握りしめて、声の方向に向かって鋭く身がまえる。


 テーブルのそばに男がひとり、お互いに手が届かない距離をとって、いつのまにか立っていた。

 男が着ているのは、顔の下半分が隠れるほど高い襟(ハイカラー)のついた、ひざ丈のウェスタン・ダスターコート。わたしが耐えてきた年月は、十年や二十年ではない(・・・・・・・・・・)と主張するように、黒いオイルスキンでできたコートのすそが、見事にすり切れていた。

 

「すまないが、それを手放してもらえまいか。私は君たちと戦う意志はない」

 デザート用の小さなフォークでも、材質に少しでも銀が入っていれば獣人を傷つけることができる。それを指に挟み、今にも投げそうな構えの二人に向かって、男は空いた手のひらをゆっくり上に向けた。

「それなら何だと言うの? 観光旅行でもないでしょう?」

「いや、私はローマをよく知っている。最後に来たのは一九四四年(・・・・・)。ここからそう遠くないところで、連合軍がナチからローマを解放するのを見物したものだ」

「驚いたな。あんたは見た目以上に年寄りってことか。そんなとこに立ってないで、座ったらどうだ? 俺は年寄りは大事にするんだ」

 バーナビーの皮肉のこもった言葉を受けた男は、目だけ笑わせて答えた。

「遠慮しよう。私は古いタイプ(・・・・・)の男なんでね。ところで君はシスター・(sister )クラリスでは(Clarisse, )なかろうか?(I presume?)

「そうよ。お会いできて光栄と言うべき?」


 男が放つ強烈なプレッシャーに抗って答えるクラリスの本能と、全神経が叫んでいた。


──この男は危険すぎる。こいつはきっと、三百年以上は生きてる上 位 種(ハイ・ライフ)。もしわたしが十人いても勝つどころか、傷を負わせるのも難しいかもしれない。


「フランベルの名を継ぐ者よ、先ほどは失礼した。当代ヴァチカンきってのエクソシストが私の存在に気づくのか、試したかったんでね」

「おかげで涼しい思いをしたわ。わたしの事をよくご存じね。ムッシュ・ライカンスロープ?」

「君のことだけではないよ、シスター。フレデリク・フランベル。彼の名を?」

「それはわが祖父オーギュストの父。呪われた舌で、わが一族の者の名を語るな!」

 曾祖父の名に反応して身を乗り出しかけたクラリスの、細いが怒りのこもった肩を、バーナビーの手がぐっと掴んで押しとどめた。

「なぜ彼を知るか、私が語っても信じはしまい。が、いずれ知るときはくるだろう」


 男が完璧な英国英語キングス・イングリッシュを話すのに気づいていたバーナビーは、カマをかけてみることにした。

「言わせてもらうが、大英帝国の英語を話す紳士なら、女性より先に名乗るのがマナーじゃないか?」

「ヴァチカンのハンターにも、少しはユーモアのある男が入るようになったものだ」

 口元を隠したカラーの内側で、男は軽く笑い声を上げた。

「時代は変わったと言うことだな。いいだろう。私の名はレスター。レスター・フォークス。だが親愛なるゲヘナの諸君らにとっては」

 レスターと名乗った獣人は、言葉を句切った。


「 " ファントム " と言ったほうが早いと思うがね」


 クラリスとバーナビーの頭上に、衝撃が降った。


●「クイズ・ミリオネア」はイタリアでも放送されているそうです。

●つぎの更新で、第四章は終わります。九月の後半には、第四章の最終回をお届けできると思います。

●ユニークアクセスが1000を越えました。日々、みなさまのご一読に感謝しております。

●ポイントのみ評価、感想、レビュー、お気に入り、どれでも大歓迎です。

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