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クロイツェル・バレット 掃討の聖約者  作者: 美濃勇侍
第1章 ヤクト・シスター
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1章の2

 この場にひしめく獣人の中で、突如として天井から降ってきたもうひとりの人間が、同族の脳髄を刺し貫く瞬間に反応できたものはいなかった。

 侵入者は銃を持った目の前の少女ひとりと思い込んでいた獣人たちが、なんの気配も音もなく、いつの間にかガストハウスに忍び込んでいた第二の狩人が引き起こした光景を、驚きと虚脱、戦慄をもって見つめる中、獣人を討ち取った刀使いの顔を覆うフードの下から、この村を見下ろす丘の上で、拳銃使いの少女が聴いた声が響いた。


「プリングルスみたいにバリボリ喰ってやるってんでしょ? いっつもそうなんだから」


” まったく、あんたたちにはウンザリ " と言いたげな口調とともに、獣人の脳髄を串刺しにしていた小太刀をシャリンッと引き抜いた少女──コードネーム ”リトル・シスター“ ──が、羽根を休める小鳥のように乗っていた獣人の肩から、きゅるっと跳び離れる。その右手が宙で一閃すると、近くで大口を開けて棒立ちしていた獣人の頭部が半分、斜めに吹き飛んだ。

 黒ずくめの肢体が、宙で軽やかに舞う。

 その首からさがった銀のネックレスが、圧縮された時間の中でスローモーションに躍り、きらめいた。一人目の少女が持つものとデザインこそ同じに見えるが、そこにかたどられている言葉はちがった。

" Dust to Dust (塵は塵に) " 。化け物に対する神の意志を胸元に宿した少女が空中で叫び、薄氷となった場の空気を割り砕く。


「ク ラ リ ス っ!! 行 っ て!!!」


 頭部を貫かれた獣人が床に倒れぬうちに、クラリスと呼ばれた少女の身体はゴー・サインに従って、カタパルトで発射されたかのように前に向かって跳ね、駆けた。

 その足を狙い、低い位置で薙ぎはらわれたかぎ爪の一閃を、つま先で床を突く反動を使い前転でかわした彼女は、宙で一回転する間に、そいつに右手のハンドガンからホローポイント加工された銀 弾(シルバーブリット)をダブル・タップで撃ち込む。

 少女の着地点を狙い、猛々しく吠えながら跳び迫った別の獣人が、致命的なかぎ爪の生えた右手を避けようのないタイミングで振り下ろした──つもりが、その腕はいつの間にか上腕の真ん中あたりから斬り落とされていて、切り株のようになった腕だけがむなしく空を切った。


──信じられん。俺はいつ斬られ──


 驚愕した瞬間、背中にドスンッと衝撃を受けた獣人は、みずからの左胸から、背後から突き通された刀の切っ先が一瞬飛び出し、引っ込むのを見ると同時に、アゴ下に銃口がガキッと押しつけられるのを感じた。

 その感触は呪われた生命への裁きにふさわしく、どこまでも冷たく、固かった。


 さらに一発の銃声が響き、 すすけた丸太の天井に向かって頭蓋の中身をぶちまけた獣人が燃え上がりながら倒れた陰から、全身から蒸気のように立ちのぼる殺意を隠しもせず、クラリスがゆらりと立ち上がった。そのかたわらで肩に刀をかつぎ、蜘蛛のような低い構えで床に貼りつく刀使いの瞳は、フードの奥で炯々と光る。

 ふたりの凄絶なたたずまいに気圧された獣人たちめがけ、クラリスが銃口を突き向けるのと同時に、彼女の足元にいた黒い影が跳び、なめらかに掃射を開始した二挺のハンドガンが奏でる銃声のスタッカートが、周囲の騒ぎを圧して響き渡った。


 バイエルンの月夜の中、銃声と硝煙、ふた振りの日本刀のきらめき、空薬莢の跳ねる鈴のような音、死にゆく獣人どもの強烈な苦悶と怒り、断末魔の咆吼が満ちる大騒乱の中をただひとり自在に駆け抜けるバディの挙動を、クラリスはつねに目のすみでとらえていた。

 水のように流れ影のように死角を突き、寸時も止まらぬ体術の機動。

 その動きはバレエダンサー、新体操の選手、サーカスの軽業師、中国武術の使い手など、見るものによって印象を変えるが、それらすべての要素をすこしづつ含んでいる。

 それは人間の持ちうる最高の戦闘能力を持ったハンターの集団、ヴァチカン武装エクソシスト兵団「ゲヘナ」の中でもただ一人しか使うことができない無名の(アーツ)

 人外どもの手足を斬り落とし骨肉を削ぎ、いまやこの丸太小屋のなかでマイクロサイズの竜巻のごとく暴れ回るこの剣術使いは、ミドルレンジ戦闘に特化し、回避も延期もできない弾 倉 交 換(マガジンチェンジ)というスキを持つ拳銃使いのクラリスにとって、その一瞬に彼女の半径二メートル以内に近付こうとする獣人は一匹たりとも生存することを許さない、最強の守護者でもある。


 そしていま、人外のものどもに死を叩き込む銃の残弾が尽きようとしていた。

 バンッ!! 残り一発。バンッ!!! 最後の銃声を放って二挺のジェリコがスライドロックすると同時に、クラリスの足元にふたたびうずくまった二刀流は、鷹のような眼を光らせた。

「リロード!」

 銃の再装填を告げたクラリスはまたたく間に両手の銃から空き弾倉を捨て、マガジンホルスターに銃のグリップを押しつける。

 強力なスプリングが二つの弾倉を跳ね上げ、スロットにたたき込む手応えを感じたクラリスはそのまま初弾を装填しつつ左右に銃口を突き出し、黒いスカートのすそをふわりと広げながら身体をエレガントに回 転(ターン)させ、周囲を警戒する。

「答えなさい、ライカンスロープ。リューポルドはどこ?」

 部屋のすみに一匹だけ残しておいた(・・・・・・)獣人に銃口を向けて、彼女はさっきとまったく同じ問いを発した。


「そいつたぶん知らないんじゃないかな。眼がまだそんなに赤くないよ?」

 腰のベルトに固定された二本のケースに刀を収めてクラリスの足元から立った剣術使いが、頭部と顔の下半分を隠すフードを外す。

 肩までのセミロングヘアーをさっと振り、桜色の唇をすぼめてフウッと息をついた少女の顔はクラリスよりもさらに幼く、勝ち気な感じのする少し淡いグリーンの瞳を持っていた。

 小柄で獰猛なネコ科の動物を思わせるボディラインを、肌に吸い付くようにフィットする漆黒色の特殊樹脂製スーツで覆い、西洋甲冑の手甲(ゴーントレット)をモデルにしたプロテクターで両手を、短いスパイクの生えたプロテクターでヒジとヒザを守り、銀糸を編み込んだ黒いアサルトベストを着けた彼女の近接戦闘(C Q C)装備は、全身が刃物の収納庫だった。


 獣人として生きた年数が長いほど、その眼の色はクリムゾンに近くなる。言われたクラリスがよく見れば、こいつの眼色はそこにはまだ遠いようだった。

「お前ら、それを聞いてどうずるづもりだ? 《枢機卿》は今や世界中に我らの同胞を増やじでおられる。ぎざまらローマのアホどもが、あの方を何百年追い続けようがムダだ。あの方の存在は……永遠だ」

「ふぅん、そう。ジゼル?」

 獣人の口上を聞いたクラリスがそう言った瞬間、高速の刃が空気を斬る、短い口笛のような音が走り、ジゼルと呼ばれた少女の腰に、チィンッ! と刀が収まった。

 と同時に、喋っていた獣人の右手首から先が魔法のようにポロリと外れて床に落ち、青緑の炎に包まれた。

「う゛ お お お ぉ ぉぉっ!! ぐ お ぅ る る ぉ あ !!!」

 銀の武器で傷つけられた獣人の身体はけっして再生せず、永遠にその痛みは続く。抜き手も見えぬほどの鮮やかな居合いで手首を斬り飛ばされた人外は床を転がってわめき、のたうち回った。


お姉ちゃん(・・・・・)を指さすな、化 け 物(フリークス)の犬コロ。知ってんのか知らないのか、それだけ言いな。でないとつぎは、首が飛ぶからね?」

 小太刀の鯉口を切りながらにじり寄るジゼルに、そのものは絶え絶えに口を開いた。

「し……知らん……俺のような、たかが百年ほどしか生きておらんワーウルフが、あの方の居場所など知るわけもない……」

「そう。じゃあリューポルドにメッセージを伝えなさい。わが名はクラリス・フランベル。わが一族とゲヘナは、お前を生ある限り永遠に追い続けると」

 クラリスが三歩退がり、銃をホルスターに収めた。

「…………何だど?」

「そんで、あんたを斬ったあたしはジゼル・フランベル。逃がしてやるから、リューポルドにいつでも来いって伝えろってのよ。分かったらワンって鳴いてみな」

 クラリスの意図をさとったジゼルも、この獣人に逃げるスキを与えてやるため、いつでも刀を抜き撃てる構えのまま三歩引いた。

「グロルルァッ!! 小娘どもが!! 忘れんぞ、我らを犬と呼んだこの屈辱。いつか思い知らぜでぐれる」

 ものすごい目つきで二人をにらみ復讐を宣言した獣人は、あっという間に背後のガラスを突き破って外へ飛び出していき、小さな谷じゅうに響く怒りの雄叫びを上げながら、どこかへと逃げ去っていった。


『シスターズ応答せよ。シスターズ。こちらアーチャー。一匹逃げたんじゃないのか?すげえ声で吠えてるぞ、あいつ』

 ザッと一瞬ノイズが入った後、クラリスとジゼルの耳に、少し楽しげな男の声が聞こえた。

「こちらビッグシスター。アーチャー、その一匹は問題ないわ。繰り返す、問題ない」

 クラリスは超小型無線に向かって言った。狙撃斑にあいつを始末されたら、ちょっと困ることになる。

『問題ないって、いいのか? いまならまだ射程内だぞ』

「リトルシスターよりアーチャー。そいつはメッセンジャーだから撃たないで」

『メッセンジャーって……ああ、そう言うことか。アーチャー了解。ついでに言うと他の獣人はすべて始末したから、今夜のパーティーはこれでお開きだ。アウト』


 通信が終わると同時に、数機のヘリコプターの群れがこの谷にやってくる爆音が、遠くから近付いてくるのがわかった。これから、死んだ獣人の燃えカスを集めて埋め、家々に聖水をまいて祈りを捧げる浄化の作業が始まる。それが終わればこの谷も、また人間の住む本当に静かな場所に戻るだろう。

 最後に、天に召された二人の神父の魂に安らぎあれと祈ったあと、フーッとため息をついたクラリスが少し怒った顔で言った。

「それで、この中でいちばん長生きのライカンスロープは、どれだったと思う? ジゼル」

「えッ? えーと、ひょっとして……あたしがいちばん最初に殺っちゃったヤツ……とかじゃ…………ないよね?」

「だから初撃の前にちょっとは状況を見なさいって、いつも言ってるでしょう? ああいう時によくしゃべる奴がボスなんだから」

 そう言いながら外に向かって歩き出した姉の後ろを、モジモジしながら追いかけたジゼルは、べそをかきそうな声で言った。

「ごめんなさい……でもあいつ、お姉ちゃんにバチ当たりなことばっかり言うから、あたしカッとしちゃったの……」


 ヘリの編隊に着陸地点を示すフレイムマーカーを村の広場に投げてから振り返ったクラリスが、妹の髪をなでてやりながら優しく言い含めた。

「それはいいの。次からはもっと気をつけようね」

「ごめんねお姉ちゃん……気をつけるから……ハーゲンダッツ禁止ってのは許してね?」

 ぺこりと頭を下げる妹に向かってクスッと笑ったクラリスの頭上を、ライトをまぶしく点灯させたヘリコプターが、轟音を上げて通り過ぎた──。



──四百年前。

 ローマ、ヴァチカン市国の地下に横たわる闇の奥に存在する永久絶対封印庫が、ひとりの背教者の手によって破られた。

 そこから人知れず奪い去られたのは、キリスト教とカトリック教会に災いをなす数ある呪物たちの中でも最大、最悪の禁品。

 その忌まわしき名を、ここに記すのはたやすい。だが、この禁品について全てを知る勇気があるなら、その物語はまず十四世紀初頭のフランス王国、ブルゴーニュ地方から始めなければならない。


 この地に、記録から本名を消されたある貴族──ここではアンドレ某と呼ぶことにする──が治める実りゆたかな小領地があった。そこで牧畜を営んでいたひとりの小作農民はその年、近くの森林に住み着いたらしい野獣に、農場で産まれる子牛たちをつぎつぎと餌食にされて困り果て、領主であるアンドレ某に、野獣がひそむ森林に強力なトラバサミ式の罠をいくつか仕掛けたいと願い出た。

 この農場で育つ牛からとれる上等な牛乳から作ったバターやフロマージュは、領地のささやかな特産物だったから、アンドレ某は農民の悩みを晴らして産業を守るため、こころよく許可を与えてやり、自分からも積極的に獣狩りに協力してやることにした。


 そしてある新月の晩。

 農場の近くでたわいのない会話をしながら牛を見張っていた、アンドレ某に送りこまれたふたりの兵は、森林の中から突然、罠にかかった獣が放つ苦痛の叫び声と、暴れ回る物音を聞いた。

 たいまつをかざし、押っ取り刀で駆けつけた彼らは、左足にガチリと食い込んだ鉄の罠をはずそうともがき苦しむ、薄汚れた袋のようなボロ服をまとった、怪しい男を発見する。


 男はすぐさま捕縛されてアンドレ某の城の地下牢にぶち込まれたあと、深夜にあんな森のなかで何をしていたのか、牛を盗んだ事があるかなどを再三にわたって調べられたが、何を聞いても犬のようにうなり声しか発しないこの男と、意味のある会話は不可能だった。


 男がどこから来た何者なのかまったく不明なまま数日が過ぎたころ。

 アンドレ某は、この男はなにか不穏な目的を持って領地に忍び込んできた密偵で、今はただ狂人を装っているのではないかという、ひとつの可能性を思いついた。

 ならば、男が捕まった森林に手勢をくり出せば、密偵の仲間を発見できるかもしれぬと考えたアンドレ某は、大規模な人狩りを行うことに決める。


 領主の命を受けてひそかに集まり、一日かけて森の中をおっかなびっくりで探りまわった兵士と村人たちはけっきょく、怪しい男たちのかわりに、大量の子牛の骨が散乱する、あの浮浪者が潜んでいたと思われる洞穴を見つけて帰ってきた。

 この明白な証拠を前にして、軍隊を動かすような事態になるよりは、家畜泥棒を相手にしていたほうがはるかにマシと考えて胸をなでおろし、髪もヒゲも伸び放題のギョロついた目の男にはとりあえずムチ打ち百回の刑を科し、そのあとで追放すればいいだろうぐらいに思っていたアンドレ某だったが、その刑を翌日にひかえた半月の夜、この男がただの泥棒どころではなく、人間ですらなかったことが判明する大事件が起こる。



 男が入れられた地下牢についていた見張りが便所に用を足しに行ったかしてそこを離れ、少しして戻ってみると、さっきまで牢の中でおとなしくしていたはずの牛泥棒が、なぜか床に倒れて頭を抱え、うなり叫び、もがき苦しんでいた。


 演技とは思えないその苦悶の姿を見た見張りは、牛泥棒にちょっと情けをかけてやろうと考えた。こいつの身なりはそこいらの乞食以下だし、体はとんでもなく臭いうえに哀れむべき狂人だが、そうなってしまったのはこの男のせいではないのだから。

 きっとなにも考えずに、そこらに転がっている変なものを口にしたせいで腹でも壊したのだと思った見張りは、牛泥棒の調子を見てやろうと牢の鍵を開け、中へ入った。


 そしてこの不幸な見張りの目の前で、汚い石造りの床を転げ回っていた男はみるみるうちに、伝説の中でしか語られない恐怖の存在、人外の化け物である ” ライカンスロープ ” へと変体したのだった。


 妖精バンシーが現れたか、地面からマンドラゴラが引き抜かれたのかと思うような、聞いた者の背筋を凍らせる絶叫が城の地下から響きわたり、夜を引き裂いた。

 アンドレ某をはじめとして、一人残らず飛び起きた城内の人間たちは、手に手に剣と槍を持って押しかけた地下牢で、ありうべからざるものを目撃した。

 壁といわず床といわず、一面に臓物と肉と骨をまき散らされた血の海のなかで、深紅の瞳を持ち、全身を銀黒色の毛で覆われた、二本足で立つ狼が人間を食い散らかす、この世のものとは思われない地獄のような光景を。

 怪  物(モンストレ)だ!悪  魔(レ・ディアブル)だ!と叫びおののく人間たちに向かって獣人は、飢えと怒りに満ちた咆吼を放った──。

ジェリコ941=クラリスが持つハンドガンの名前。イスラエル製。

次の更新はゴールデンウィーク中に1回のつもりです。


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