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3章の2

ハロウィーンに合わせて更新しました。

10/31現在、PV3,989アクセス、ユニーク1,603人になりました。

PCからのPVが2,000を越え、PCからのユニークは1,000を越えました。

日々、みなさまのご一読に感謝しております。

 サヴィル・ロウで仕立てた高級サマースーツを涼しげなノータイで着こなしたシモンズは、出張から戻った上司を空港で出迎えるように言った。

「リューポルド様、今回もつつがなくお眠りのご様子、何よりです」

「わしが無事に《眠りの刻》を過ごせるのも、お前の忠実さがあればこそだ、シモンズよ」

 リューポルドの言葉に、深く腰を折った彼は答えた。

「恐悦の極み」


 獣人となった者の身体は、人間と同じサイクルでの睡眠を必要としなくなり、また、人間とは比較もできないほど筋力、スタミナ、瞬発力に勝り、最長四ヶ月のあいだ不眠不休で活動を続けることのできる特異体に変異する。

 が、獣人も生物である以上、食べること、眠ることと無縁ではない。

 食事に関しては、肉食への欲求が増大することと、生の肉に対する嗜好が──リューポルドをはじめ多くのものは、礼節を守るためにベリー・レアで調理された肉を好む──強烈に作用すること、並みの人間が腰を抜かすほど多くの食物を食べることのほかに変わった点はさしてない。

 昔であれば牛一頭を食い殺していたのが、山盛りのポークチョップやTボーンステーキに変わっただけだ。


 しかし睡眠に関しては、まったく異質な点がひとつあった。それはほぼ四ヶ月に一度訪れる《眠りの刻》と呼ばれる睡眠のサイクルで、獣人はこの周期を迎えると、どう抵抗しようが、強制的に三日間は死んだようにこんこんと眠ってしまうのだ。

 獣人にとって《眠りの刻》は、銀の武器の次に危険な弱点であり、それぞれ違うパターンで訪れてくる眠りの周期を、彼らはたとえ同じ獣人同士であっても、決して明かさない。リューポルドが《眠りの刻》に入っている自らの身辺をシモンズに任せきりにできるのは、主人に対するシモンズの忠誠が絶対の領域にあることを、リューポルドが疑っていないことの証明でもある。


「この三日のあいだに、世界は何か変わったかね?」

 クローゼットに入っていったリューポルドが、選んだドレスシャツを羽織りながらたずねた。シモンズの記憶が正しければ、目ざめたリューポルドが必ずこの質問をするようになったのは、一八一五年の六月からだった。自分が眠っているあいだにナポレオンがワーテルローでの戦いに負けていたことを知ったリューポルドは「見ろシモンズ。どうやらわしが寝ているあいだに歴史が変わったぞ」と言い、愉快そうに笑ったのだった。


「とくに何も起きてはいませんが、ご報告すべきかと思うことは、いくつかございます」リューポルドの着替えを待ちながら、シモンズは答えた。

「ほう。なら食事の前に聞いておくとするか」

「ネブラスカ州とニューメキシコ州でわれわれの化学研究プラントが爆発を起こした件ですが、これは技術上の事故ではなく、爆破工作の可能性が高いという報告が出ました」

 リューポルドが影響力を持つ企業は、全米で四百社を超えている。これはアメリカの建国以来、獣の軍団(レギオン)が作り上げてきた”獣人の、獣人による、獣人のためのネットワーク”の結晶だが、その一つである製薬会社のプラントが先週、たてつづけに爆発するという事件が起きていた。


「そうか。それはどこからの報告かね?」

 身じたくの最後に、イタリア製の超高級革靴を選んだリューポルドがクローゼットから出ながら言った。

「FBI長官と公安省長官です。二つとも結論は一致しております」

「あのプラントの警備レベルは、かなり高かったはずだな?」

「はい。百五十年から二百年は生きたワーウルフだけを選抜して訓練したチームでした。監視カメラはチームが倒されていくところを映していましたが、侵入者の姿が映っていません」

「世の中に驚きは尽きん。ついに透明人間まで出てきたのかね?」

 シモンズがみごとな彫刻を施した木製のドアを開けると、リューポルドは深紅の分厚いカーペットを踏みながらそこを通り、食堂へ向かって廊下をゆっくり歩いた。


「侵入者の動きが早すぎて、カメラには影かモヤのようにしか映っていないのです。報告には幽  霊(ファントム)のようだとありましたが」後ろに付き従うシモンズが言うと、リューポルドがアゴに手を当ててうなずいた。

「なるほど、シモンズ。わしはそういう芸当ができるものを一人、知っておる気がするがね」

「さようで?」

「これはフォークスの仕 業(しわざ)だよ。お前にとっても懐かしい名前なんじゃないかね?」

「フォークス……レスター・フォークスですか?あのプロテスタントの飼い犬が?」

「まあ間違いなかろう。とするとフォークスは、わしがアメリカにおることを嗅ぎつけたかもしれんな」

「可能性はあります。プラントのメインストレージは、ファイルを全てコピーされたあとで爆破されています。バックアップストレージに、コピーのログが残っていました」

 じつを言うとコンピュータ関連の知識がほとんど理解できないリューポルドは、感心しながらシモンズの意見を聞いた。そもそもテクノロジーというものを理解しようとするリューポルドの努力は、アポロ十一号が月に行ったあたりでお手上げの状態になっていた。


「お前は、わしよりもちゃんとテックノロジー(・・・・・・・)というものをわかっているな」一四八三年、神聖ロ-マ帝国で生まれたリューポルドは、三百四十二歳(・・・・・・)のシモンズにそう言いながら、開かれている食堂へのドアを通りぬける。

 リューポルドがカリフォルニア州の太平洋岸に所有するこの広大な邸宅(マナー・ハウス)は、外観だけは現代的でスクエアな、砂岩を多用したよくある造りだが、内装は主人であるリューポルドの住居に対する好みを反映して、十八世紀にタイムスリップしたようなロココ調で統一されていた。


「知ってみればなかなか面白いものですよ」

「そうかもな。わしがアメリカにおることを、フォークスがヴァチカンに伝えたと思うか?」

「奴らは少なくとも、昔ほど険悪ではありませんから。その可能性はありますな」

 シモンズが、まるでベルサイユ宮殿から持ってきたような豪華な造りの木のイスを引くと、リューポルドはそこに座った。シルクのクロスがかけられたテーブルの横では、串に刺された巨大な牛肉の塊がロースターの中でゆっくり回りつつ、ベリー・レアの状態に焼かれている。


「と言っても、この場所が割れたわけではないですから、すぐに何かあるとは思いませんが。重要施設の警備は強化させることにします」リューポルドが食事のときは給仕もつとめるシモンズが、切り分けたステーキを主人の前にある皿に置いた。

「そうしてくれ。報告はいくつかあると言っておったな?」

 テーブルに五種類ほど用意されたソースのうちひとつをステーキにかけた獣人の王は、三日ぶりの食事をはじめた。

「はい。パリのエドモン・ヴォレから先日、連絡がありました。ドイツの ”村428” が、ヴァチカンに襲撃されて壊滅したとのことで」

 答えながら、シモンズの手はステーキをどんどん切り分けていく。

「またゲヘナか。イエスの武装親衛隊どもめ」牛肉をかみ砕き、肉と血を味わうリューポルドの眼に怒りの炎がともった。


 過去四世紀でゲヘナに壊滅させられた獣人のコロニー、通称”村”は五百を越える。その中でも、ヨーロッパで壊滅した”村”の数は、他の地域よりもケタ違いに多かった。地理的にヴァチカンから近く、カトリックの影響力が大きいヨーロッパ大陸では、獣人たちが少しでも派手な動きをすれば、すぐさまゲヘナのスパイが探りを入れに来る。

 それを嫌って獣人たちは新大陸やアジア、オセアニアへと拡散した結果、勢力を大きく伸ばすことになったのだが、それ以降もヴァチカンによる狩りが続いたヨーロッパは獣人の”本場”でありながら、現代では獣人の個体数がいちばん少ない地域になってしまっている。カトリックが根を下ろすヨーロッパをアメリカのように支配するのを悲願とするリューポルドからすれば、これは面白くない状況なのだった。


「リューポルド様。エドモンの報告では、その ”村” から生還した同胞がいるとのことです」

「そうなのか?あのハンターどもが討ち損じるとは珍しい」

 グラスからシャトー・ペトリュスを流し込みつつ、リューポルドは意外さをにじませた。

「いえ、討ち損じではなく、我々へのメッセンジャーとして見逃されたと。相手は例の姉妹だそうです。メッセージは二つ。《われらゲヘナは未来永劫、お前を追い続ける》と。もうひとつは《リューポルドにいつでも来いと伝えろ》だそうです」


ド ガ ン ッ!!!


 リューポルドの拳がテーブルを殴りつけ、マホガニー材でできた家具のどこかがバキンッ!と鳴った。

 上に乗っていた食器や燭台は揺れ踊り、シモンズの手がテーブルの端から落ちたワインのボトルを空中で受け止めた。床のカーペットに飲ませるには、このワインはもったいない。

「フ ラ ン ベ ル 一 族!!! やはりあの時殺すべきだったわ、ジャン・ゴドフロワ!!」

 リューポルドは確信した。いままでは小さな障害だと思って放置していた相手が、いまやハッキリわかるほど目ざわりな敵になった。人ならざるものの王に向かって、なめた口をきくほどに。それにあのサーカス団を叩き潰さない限り、やつらは必ず、いま進行中の《計画》の大きな障害になる。


「シモンズ。わしはやつらを潰す時が来たと思うのだが、どうだろうな?」リューポルドが、腹立ちまぎれにグラス半分の赤ワインを一気に飲み干した。

「やつらは軍隊です。軍隊には必ず基地があります。叩くならそこ以外ありません。ですが、やつらの巣の場所は秘密にされています。まずその場所を探るべきでしょう」

 空いたグラスにワインをつぎながら、シモンズが答えた。

「やりかたは任せる。かならず探り出せ」

「おおせのままに。それから、報告の最後ですが《計画》の進行が六十パーセントを超えました。選ばれた同胞たちが集まりつつあります」


 シモンズの報告で、リューポルドの怒りがゆるんだ。”村” とは比較にならないほど巨大な、獣人だけが暮らすコロニーをひそかに作り上げる《計画》。この計画が完了したとき、リューポルド率いる《月に吠える獣の軍団》が、人間どもを従えるため歴史の表舞台へ姿をあらわすときが訪れるのだ。

 その障害になるゲヘナを踏みつぶすための手は打った。シモンズに任せておけばいずれ、やつらの巣の場所は判明する。少々時間はかかるかもしれないが、かまいはしない。時間はこれからも獣人の味方であり続けるのだから。


「それはいい報告だな。いまの段階で ”シティ” には何人ぐらいが入っている?」

「ざっと一万七千人(・・・・・)、といったところですな」

「移住を急がせろ。ただし、まわりが不自然に思うほど急がせてはいかんぞ?」

「それは承知しております。壁に耳ありですからな。ステーキをもっとお召し上がりになりますか?」

 シモンズのすすめに、少し考えたリューポルドは答えた。

「もらおう。わしは今、血と肉をたっぷり味わいたい気分だ。カトリックとの戦争の前祝いにな。それともう一つ。エドモンと、モスクワのソーニャ・スワロフスキーを呼んでおけ。ゲヘナの巣はこの二人に潰させる」

「どうやらわたしの出番はないようですな。久々に、レスター・フォークスと剣を交える好機と思いましたが」

「それも一興だが、お前がいないとわしはチェスの相手がいなくなってヒマなのだよ」

「お付き合いしましょう。フォークスと会う機会は、いずれ来るような予感がしますからな」


── 中華人民共和国 ── 香港特別行政区 香港国際空港


 目の前の大柄な男が差しだした、フランス共和国発行のパスポートを数枚めくり、ページに載せられた写真と本人の顔をすばやく見比べた係官が「宗教関係者の方ですか?」とやんわりと質問した。

「はい。私はカトリックの終身助祭です」

 いま着ているローマンカラーの白いシャツと黒のカソック、首に下がったロザリオ。これを見りゃキリスト教の関係者以外ではありえないと思うんだがな、と考えつつ、にこやかに答えた男の言葉を、係官はほとんど無視した。

「行き先はローマですか。ビジネスで?」

「いえ。我々は商売はしませんので」

「そうですか。よい旅を、ミスター・フランベル」


 愛想笑いの一つもなく、パスポートに”DEPARTURE(出 国)”のスタンプを押すと、係官は仏頂面を崩すことなく、パスポートを返してよこす。それを受け取ってようやく出国ゲートを通った男はまわりを見回して旅の道連れを見つけると、近寄っていき、申し訳なさそうにこう言った。

「待たせましたね、マスター・リー」

「んむ、では参るぞ。レオナールよ、悪いがこのスーツケースを転がしてってくれんかの?」と言って、(リー)・ヨハネス・泰 雷(タイライ)は、腰掛けていたスーツケースから降りた。

「いいですとも、お手伝いしましょう」

 見た目は静的なカソックの下に鍛え抜かれた身体を包んだレオナール・フランベルと、同じく黒色のカソックを身につけてはいるが、背丈はレオナールの半分しかない、ちんまりとしたリーの二人が並ぶ様子はまるっきり、年老いた司祭と、そのお付きのように見えた。

「ほほっ。ええ心がけじゃ。ところでレオナールよ。クラリス嬢ちゃんとジゼル坊に会うのは久しぶりじゃろう。みやげは買うたのか?」

「いえ。父親として恥ずかしい話ですが、あの子たちが喜ぶものが思いつきませんでした。それに、これはバカンスではありませんからね」

 ゲヘナ極東支部詰めのエージェントであるリーとレオナールに、ペイルホース計画の発動指令と、ヴァチカンからの召集状が同時に届いたのは、昨日のことだった。


 神妙な顔をして聞いていたリーが、うんうんとうなずいて、レオナールの腰をポンポンと叩いた。

「年頃の娘たちと離れておれば、さもあろうな。まあ安心せい。わしがヴァチカンあてにみやげを送っておいたからのう。それを分けてやろう」

「なんと。マスター・リー、あなたに主の恵みのあらんことを」リーの心づかいに感激したレオナールは、十字を切って主に感謝した。

「娘たちも喜びます。で、どんなものを送っていただいたのですか?」

「うむ。ジゼル坊には中国暗器じゃろ?クラリス嬢ちゃんには、この前日本に行った時に買った日本刀じゃな」

「……何てことを。あなたはヴァチカンに武器を送ったんですか!?」

「ヴァチカンあての外交郵袋の中身を見るものなんぞ、やつら以外に……これ、そんなところで祈っとる場合か。飛行機が行ってしまうぞ」コンコースのど真ん中でひざまづいているレオナールに、あきれたリーが言った。

「荷物を送ったのはわしじゃから、あの世でイエス様に怒られるのもわしじゃよ?まあ人狼(レンロン)どもを山ほど退治しておるから、それでチャラにしてもらおうとするかのぅ」

 言い放って高らかに笑うゲヘナの最年長にして最強(・・)のエージェントは途方に暮れた大男を従えて、イタリア行きのジャンボ機に向かって歩いていった。


<第3章 終>

●サヴィル・ロウ=イギリスの、紳士服メーカーがたくさん集まる地域。ここでオーダーメイドするスーツはとても高級。

●シャトー・ペトリュス=フランス産の超高級赤ワイン。

●終身助祭=カトリック聖職者階位のひとつ。妻帯できるかわりに、助祭から上の階位に昇格できない。フランベル家の当主は代々この階位。

●中国暗器=中国の、おもに暗殺に使う隠し武器。


焼き肉大好きリューポルドの巨大な企みを書いてみました。次章からゲヘナと獣の軍団(レギオン)は全面戦争に突入します。派手なドンパチを読みたかった方はご期待ください。がんばります。


●ポイントのみ評価、感想、レビュー、お気に入り、どれでも大歓迎です。よろしくお願いします。


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