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それぞれの旅路

作者: 春生

風が草花を撫でていく。

もう少し暖かくなるまで我慢の時期。

蕾は小さく硬い。

青年は薬草の入った皿型の籠を置いて、川原の岩に腰かけた。

(流石に寒いな)

吐いた息が白くなる。

動いて温まっていた体もすぐに冷えていく。

それでも早朝の混ざり気のない風が好きだと思う。

見上げた夜明けの空は透き通るような水色だった。


静けさの中、気配を感じて木々のほうを見る。

ここは山の中で、道なき道を通った先にある川だ。

気配から動物ではないと思われる。

しばらく注視していると、木の陰から少女が顔を出した。

「こんな時間に、こんなところで何をしているの?」

怖い半分、興味半分、という所だろうか。しかし、はっきりした声色で問いかけてくる。

「薬草を集めてるよ」

「薬草?」

「興味があるなら見てみる?出ておいで」

笑って声をかけると少女は少し迷うそぶりを見せたが、ゆっくりと青年に近づいた。

年齢は13歳ほどだろうか。

肩程までの淡い金髪は綺麗に整えられて、襟元に茶色のファーの付いたアイボリーの長いコートを着ている。

コートに隠れた服装はわからなかったが、そのコートだけで生活に苦労していない事が十分にうかがえた。

足元はおよそ山登りには似合わないリボンのついた可愛らしい赤い靴だ。

美しく輝く表面は、土で少し汚れてしまっている。

青年の傍に来た少女は籠を覗き込んで目を瞬かせる。

「薬草ってもとは普通の草なのね」

「そりゃあ薬草だからね…」

何を当たり前のことを、と、会話のあと、二人で顔を見合わせて軽く笑う。

緊張が少し和らいだ。

「いつも見る物は、乾燥していたり、加工された後だから」

「まぁ薬師でもない限り、手にするときは大体そうだよね」

「あなたは薬師なの?」

「うーん…薬師に薬草を売っている人だよ」

「そんなお仕事もあるのね」

「趣味が高じてね、副業みたいなものだよ。ところでお嬢さん、ここ、許可のない人間は立ち入り禁止だったでしょ?どうしてこんなところにいるのか、聞いてもいい?」

問われると少女は口元をきゅっと結んだ。

その様子を見て青年は少し肩をすくめて微笑んだ。

「言いたくない、って顔だ。まずは自己紹介からしようか。俺はクレージュっていうよ」

「私はクロエっていうわ。よろしくね」

「ありがとう。じゃあ、早速だけどクロエ嬢、よかったら近くの作業小屋に行かないか?暖かい飲み物くらいなら出せるよ」

「…え」

「その顔は警戒?大丈夫だよ、何かするつもりならとっくに行動してる。俺の仕事場に突然来たのは君のほうだし、俺の次予定に合わせてくもらえると嬉しいんだけど?」

「…それは、そうね」

「じゃあ決まりだ。少し歩くけど大丈夫?」

クロエが頷いたのを確認するとクレージュは立ち上がってゆっくりと歩き出した。


川原から木々の間を縫うように歩いて10分ほどで小屋に到着した。

丸太で作られた小さな小屋は、簡素だが一応に衣食住をこなせる程度の設備が整っている。

クレージュは部屋の中心にある焚火に火を付けた。

「気の利いた暖房設備はないんだけど、狭いからすぐ暖かくなるよ。綺麗じゃないけど良かったら椅子に座って」

埃を払った敷布を敷いてから勧められた簡素な低い木の椅子に腰かけると、クロエの足はじわりと慣れない山道を歩いた疲労を訴えた。

太陽が昇ってきていたとはいえ、まだ春の手前のため、山の気温はすぐには上がらない。

話をしている間も無意識に手を擦り合わせていたクロエは、かなり冷えている様子だった。

椅子の前で小さく音を立てる焚火に手をかざすと、暖かさにほっとした表情を見せた。

クレージュはクロエの背に自分の上着をかけた。

「邪魔だったら床に置いてもらっていいから」

そう言ってから、焚火に設置されている網棚に鍋を置き、湯を沸かし始める。

火に照らされるクレージュの髪色が素直に赤色に染まった。

「あなたの髪色って不思議ね。…銀色?ちょっと青いの?物語に出てくる精霊様みたい」

「それはまた大きく例えられたな。珍しい色でね、前は違う色だったんだけど、歳をとってきたら変化してきた。そのうち白髪になるんじゃないかな」

「そんな歳には見えないけど…二十代ーーー?」

「あ、一応聞くけど、コーヒーは飲める?ミルクないけど大丈夫?」

「私、子供じゃないわ!」

「それは失礼しました。少しはちみつをいれるね」

クロエが頷いたのを見てから、カップにお湯を注ぐと褐色から湯気が上がる。

「熱いから気を付けて」

「ありがとう」

少し吹き冷ましてから一口飲んだクロエの表情が和らいた。

「美味しい…」

「お口にあって何よりです」

茶化す様に笑って言った後、クレージュは両手に少し大きめのタライを持ってきた。お湯と水を入れて温度を調整すると薬草を入れて混ぜる。独特の薬湯の匂いが立った。

「気の利いた香りがなくて申し訳ないんだけど、よかったら足を浸けて。疲れが取れるよ」

そういって差し出された足湯を断る理由もない。クロエは素足になると椅子の前に置かれたタライに足を浸けた。

薬湯の香りが緊張を解きほぐして、足元が程よい暖かさで温められる。

満足げな表情を見てから、クレージュは赤い靴の泥を拭き取った。

好きなタイミングで湯から出せるように水気を取るためのタオルを横に用意したら、ようやく向かい合って床に座りコーヒーを口に運んだ。

「さて、クロエ嬢。ここはあくまで作業小屋だから、ずっといるわけじゃないんだ。この後行くあてはあるの?」

「…」

「ここに来た理由も、行くあてがあるかもわからないんじゃあ、俺も動きようがないんだけど」

「家族で旅行中よ。ポルトスっていう港町に行く途中で山麓の町に泊まってた。訳あって家族から離れたくて、宿泊先から出てきたの。行くあては…ないけど…」

「なるほど、家出か」

クレージュが端的にまとめた後、少し沈黙が続いた。二人はそれぞれコーヒーを飲んでやり過ごす。

カップから伝わる熱が先ほどより少し落ち着いてきていた。

「…あの…私の事はほうって…」

「わかる!同じ所にずっといると出たくなるよなぁ。俺もよく空けて怒られた」

クロエの小声を打ち消す様にそういってクレージュは破顔した。それは心からの言葉なのだろう、やわらかい空気が広がって残った緊張も溶けていく。

とても馴染みやすい、人懐っこい笑顔だ。クロエは年上の男性にそんな印象を持ったのは初めてだった。

「あなたも家出をしたことがあるの?」

「あるある。家出というか…行き先を言わずに突然小旅行に出かけただけなんだけどさ」

「それは家出っていうんじゃないの?」

「え、いや、帰るつもりだから家出じゃないよ。帰らないつもりなのが家出だよ」

「そんなこと、言い訳にしかとられないわ」

「うん、確かに。何を言っても怒られたな」

冷えたコーヒーを飲み干して、クレージュはクロエを見る。

「本当のところは、気晴らしに旅に連れて行ってあげたいところなんだけど、さすがに勝手に連れまわすわけにはいかない。そこで、提案なんだけど俺もポルトスまで一緒に行くのはどうかな?少しは楽しくならない?実は仕事で、俺の次の目的地もポルトスなんだよ」

クレージュの提案にクロエの表情が輝いたが、直後に曇る。

「ほんとに⁈…でも、お父様とお母様にも許可をとらなきゃ…それにきっと、怒っているわ」

「二人で降りれば多少は注意がそがれるよ。それに、娘が無事に帰ってきたら嬉しいに決まってる…一緒に行くから大丈夫だよ」

「わかった」

優しく微笑んだクレージュにクロエは頷いて返事をした。

正直なところ勢いで宿を飛び出てきたが、途中で何度か山を降りようかと思っていた。

だけど、どんな顔をして戻ればいいか分からなかったのだ。だからクロエにとって、この優しい協力者の存在はとてもありがたかったし、一緒にいる時間が増えるのは素直に嬉しかった。


しばらく後、身支度をしてから二人は山を降りた。

さほど規模の大きくない山麓の町では、少女が行方不明になったとちょっとした騒ぎになっていた。

家族がクロエを抱き締めたり怒ったりしている後ろで、護衛3名に剣を向けられたクレージュは両手を上げて事情を説明をした。

山で迷っていたところを見つけて一緒に降りてきたと。

クロエからも家族に説明をし、娘の恩人が旅に同行することを歓迎してくれた。

「娘を見つけてくださって、本当にありがとうございます」

「ありがとうございました」

両親から頭を下げられてクレージュも頭を下げる。

「いいえ、とんでもありません。お嬢さんに怪我がなくて何よりでした。私の方こそ旅に同行させていただく事を了承頂き感謝しております」

「今朝早くに立つ予定だったので、この後すぐ出発したいのだ。申し訳ないが急で馬も手配できない。歩いて頂いて良いだろうか?」

「ええ、それはもちろん…」

「だめよ!クレージュは私と馬車に乗って!」

横から入ってきたのはクロエの一声だった。両親が驚いて説得するがクロエが中々引かない。

(山で見た時より我儘なんだな)

その様子を見ながらクロエに近づいて声をかける。

「気持ちはありがたいんだけど、俺、薬草も持っているし衣服も綺麗とはいえないからさ、馬車を汚すのは気が引けるよ」

「でも…鍛えてる護衛でもないのに歩くのも大変じゃない」

「まぁ山道歩いてるし、体力には多少の自信があるから大丈夫だよ。気にしてくれてありがとう」

あやす様に優しく頭を撫でられたクロエは、それ以上の言葉も出てこなかったため、足早に馬車に乗り込んでいった。


宿場町である山麓の町から、港町ポルトスまでは森を歩いて一日ほどの距離だ。

出発は午前の遅めになったので、到着は日が暮れての事になるだろう。

御者が一人と、護衛が自分を入れて四名。

クロエの家族が三名、馬車の中に乗り込んでいる。

クレージュは護衛の数に入れられて、前と後ろで二人ずつ馬車を囲む形で歩く事になった。両側は森だが港町への往来の数が多いため、道が出来ているし歩きやすい。

比較的安全で距離が短いこの道中で、魔物や盗賊に襲われたという話はあまり聞かない。

前後にも旅の集団がいるようなので、数なくとも人に襲われる事は無さそうだ。

そんな事を考えつつ馬車の後ろを歩いていたクレージュに、同じく後ろを歩いていた護衛が話しかけてきた。

「前にいるベテラン護衛の人たちはさ、途中参加のあんたをよく思ってなかったみたいだけど、後ろを一人で歩いていた俺としては大歓迎だよ。正直、一人で不安だったんだ」

確か名前をアルマと言った。彼は若いし、持ち物もまだ新しい。仕事の経験が浅い事が見て取れた。

「そう言ってもらえるとありがたいんだけど、俺はただの薬草取りだから、あんまり期待しないでくれよ」

「でも旅慣れはしてるんだろ?なんかそんな感じ」

言われてクレージュは、自分の外套を見やった。確かに、長年使っているのでボロボロだ。

「まぁ…旅慣れはしてるかな」

「ポルトスまで短い期間だけど、よかったら色々話そう」

護衛でもない飛び込み参加であるクレージュが、アルマにとっては近い者に感じたらしい。

とても嬉しそうに話しかけてくるその様子はなつっこい犬のようだ。

「あんまり楽しい話は持ってないよ。薬草の基本でも語ろうか?」

「えっ…難しい話はちょっと…」

「まぁ正直なところ、話すと体力使うからお勧めしない」

「…!そっか…それはごめん」

「俺は護衛じゃないからさ、俺の方が体力尽きそうだ。でも聞くのは嫌いじゃないから、何か面白い話が合ったら聞かせてよ」

「お、わかった。じゃあ、出身地の話でも聞いてくれよ。俺が家を出たのは―――」

時折、馬車の窓から後ろを覗き見るクロエの思いとは裏腹に、一行は順調に進んでいく。


途中で休憩を挟みつつ、ポルトスに到着した頃には町も静かな夜遅くだった。

港の方だけは明かりが付いているが、宿屋があるあたりは飲食店も殆どが店を閉める頃合いだった。

クレージュの同行は終わり、同時に契約がここまでだったアルマも解放となった。

道中でアルマから聞いた話によると、この港町でクロエは許嫁との顔合わせをするのだとか。

そのことへの反発で、家出という行動に出たのであろうと想像できた。

クロエの家族にお礼を告げた後アルマに誘われて、軽く食事をとることになった。港の方へ足を運び、まだ空いている店を見つけて席を置く。

どうやらアルマにすっかり懐かれてしまったらしい。

クレージュも気さくで明るいアルマと話すのは楽しい。今も、自分は冒険者になったばかりだが、いつかは実家に大金を持って帰るんだと息巻いている。

そんな二人のテーブルに人影が落ちた。

横を見て、二人はぎょっとした。

フードを目深に被った、クロエが立っていたのだ。

「見つけた…っ」

「こ、こんな時間にっ、あぶないですよ、クロエ様。宿に戻らないと…!」

慌てて立ち上がって声をかけたアルマをよそに、クロエはクレージュの腕を掴んだ。

「私を旅に連れてって」

「え…?」

「言ったじゃない。本当は旅に連れて行ってあげたいって」

「…」

まさかその為に店を一軒ずつ探して回ったのだろうか?大した行動力だと思いつつ、少々困ってアルマを見る。

『そんなこと言ったのか?』とアルマの目が語っていて、すぐに視線をそらすことになったが…。

改めてクロエを見上げてクレージュが答える。

「そのあとに、そんなわけにもいかない、と続けたはずだよ」

「それはあの時の話よね?…私、ここには親が決めた婚約者と会うために来てて…そんなの嫌だし!だって、結婚って好きな人とするものでしょ」

困ったクレージュは返事に少し間を置いた。途中、視線の端に見えたアルマは、今度は自分と同じ目をしていた。

視線を戻して、クロエを見る。

「クロエ嬢、その相手と会ったことは?」

「今度初めて会うわ」

「じゃあ、会ってみると良いよ。そして言葉を交わしてみると良い。もしかしたら―――」

「私はっ、あなたがいいっ!」

驚いて目を見開いたのはアルマだった。持っていたフォークから手を放す事すら忘れて二人を交互に見やる。

「それがクロエの気持ちだね。じゃあ、今度は俺の気持ちだ。家出少女と出会って放っておくことが出来なかった。親元に返すために同行した。申し訳ないけれど、それ以上はないよ」

そう伝えると、クレージュはクロエの手をそっと外してテーブルに置いた。正面で目を白黒させているアルマに声をかける。

「疲れているところ申し訳ないけど、夜道は危ないから、彼女を宿泊先まで送ってくれないか?依頼報酬はこの食事代で」

「え、あ…わかった。クロエ様、いきましょうか…」

アルマに連れて出られるまで、クロエは何も発しなかった。

発せなかったのだろう。代わりに机に落ちた涙の跡が物語っていた。

二人が店を出て数秒後、クレージュは大きく息を吐いて独り言ちる。

「山を降りるまでにしておけばよかった?…いや、見つけた時に世話を焼きすぎたか?」

行動を反芻する。結果的に一人の人間を傷つけてしまった事にもう一度大きく息を吐いた。

グラスの水で喉を潤す。

「なるべく知らない人間と関わらないようにしてたのになぁ…」

窓から見える夜の街を少しの間眺める。窓には二人分の食卓が一緒に写っていた。

「でも、久しぶりに楽しかったな」

クレージュは持っていた縁起が良いとされている鉱石を一粒小さな袋に入れ、手持ちの紙に『アルマへ 追加報酬』と書き添え置いた後、店を後にした。

ご一読ありがとうございました

エピソードタイトル、良いのが思いつかなくて、家を出ると一言で表現しても理由によって様子が変わるなぁと思いこれに決まりました。

続きそうなお話ですが、中々書く時間がないので短編とさせていただきました。

また制作できたらお持ちしたいとおもいますので、その時はどうぞよろしくお願いいたします。

春生

202508202200

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