第8話 嫁にするとまでは言っていないぞ?
「ディール様~! 村を出ちゃいましたけど……私、伯父さんと伯母さんの所に帰らないとです」
「はぁ? お前、伯父さんと伯母さんの家で世話になってたのか?」
「はい! 私の亡くなってしまった父のお兄さん夫婦なんです」
そう聞いて、短絡的に引っ張って来てしまった事を少し後悔するディールだったが。彼は一応、念のため彼女に対し確認をする。
「その伯父さん夫婦には、普段ちゃんと優しく接してもらっているのかよ?」
ディールにそう質問され、不思議そうな表情でキョトンとしながらアルは言う。
「どうして、そんな事を訊くんですか? よく意味がわかりません……」
「いや、だから、優しくされているのかって訊いてるんだが」
「優しくされているかどうかはわかりませんが。ちゃんとお仕事もくれて、ご飯を食べさせてもらっていますよ」
アルのガリガリに痩せた状態を見ていたディールは、彼女が普段ちゃんとした栄養状態に無い事くらい理解できた。
それに加え、彼女の裸体を見た時に、最近ついた物ではない傷や痣が複数ある事にも気づいていた。
ひょっとしたら本人が少食なだけかも知れない。
その可能性も考えたディールは、念のため彼女に食堂での事を訪ねる。
「お前、少食ってわけじゃ無いよな? 俺が食堂で飯を奢った時、かなりガッツリ食べてたもんな?」
「いくら意地汚い食べ方していたからって、その事をいつまでも引きずっているなんて、酷いですよディール様~」
「いや、そう言う事じゃなくてな……普段、満足いくだけ食べさせてもらえてるのかって事を訊きたいんだ」
ディールにそう言われ、やっと意味を理解したアルは淡々と語りだす。
「私は両親も失って、村の皆からも厄介者扱いされているんです……そんな私を養ってくれているだけでも、伯父さんと伯母さんには感謝しないといけないと思っています……」
アルの話を聞いたディールは、彼女の本心を明らかにするため単刀直入に質問した。
「俺に拾われるのと、伯父さんの所に帰るの、お前はどっちが良いんだ? 今すぐ答えを出せ! そしたら、お前の好きにさせてやる!」
「えっ! えっ! えーっ!? そそ、そんな事急に言われても……私、困っちゃいますぅ~」
何故か頬を真っ赤に染め、上目遣いでそう言うアル。そんな彼女に、また天からの声が聞こえてきたようである。
「あっ、また声が聞こえてきました……えっ!? 本当に? うっ、嬉しいです!!」
何やら天の声と勝手に話を進めているアルに対し、堪らずディールは問う。
「嬉しいって何がだ? もの凄く嫌な予感しかしないんだけどな……」
「えっと……ディール様、私の事を気に入ってくださったんですよね? だから、お嫁さんにしてくれると……えっ!? それ言っちゃダメだったんですか? だったらもっと、早く言って欲しかったですぅ~!」
突然、そんな思ってもみない事を言われ、呆れかえるディール。
天の声とは、一体何なんだろうか? その正体をどうしても知りたくなった彼は、アル越しにその声と会話をしてみる事にした。
「アル! 俺が直接、天の声に質問するから、お前は間に立って通訳してくれるか?」
ディールからそう言われたアルは、困惑しつつも彼の依頼に対して頷く。
「おい! 天の声! お前は一体何者なんだ?」
そんなディールの歯に衣を着せぬ言い様に、天の声はどうやらヘソを曲げたようである。
「そんな乱暴な聞き方に、答えるつもりは無いって言っていますね……」
アルからそう聞いて、舌打ちしながらも訊き方を丁寧にするディール。
「ちっ、天の声さん。あなたは一体、どういった存在なんでしょうか? 村の人達が言うように、悪魔か何かなんですかね?」
「舌打ちしたのが気に食わないから、答えないそうです……」
「おい! アル! お前、ちゃんとやってるのか? お前が俺の代わりに、心の中で丁寧に訊けば良いだけだろ」
そんなディールの理不尽な言い様に、アルは半べそをかいた状態で言う。
「酷いですディール様! 通訳するって言っても、天の声は直接ディール様の言葉を聞いて答えてるだけですから、私はただその返事をディール様に伝えてるだけですよ? ディール様が最初からちゃんと丁寧な訊き方をすれば、私が一々訊き直す必要なんて無いじゃないですか~」
意外にも言いたい事はちゃんと言うアルに、少し気圧されたディールは、やれやれと言った感じで天の声に対して謝罪をする。
「申し訳ありませんでした、天の声さん! あなたは一体、何者なのかを俺に教えていただけませんでしょうか?」
ディールの謝罪と丁寧な問いかけに対して、何かをアルに伝えているのか、しばらくの間沈黙が流れる。数秒の後に、アルはその内容について話しだした。
「『私の正体は、今はまだ教えたくないけど、悪魔とかの類いではないから安心して欲しい』と天の声は言っていますね」
その何とも期待はずれの答えに、ディールはガックリと肩を落としながらも、もう一つだけ訊ねてみる事にした。
「はぁ……何だよそれ……じゃあ、もう一つだけ質問したいんですけど、あなたは未来や人の考えが読めたりするんでしょうか?」
再び少し間が空いてからアルは言う。
「未来が見えると言うよりも、大局を見て物事を言っているそうです!『他人の心なんて一切、読めませ~ん』とも言っていますね」
「なっ! じゃあ、何で俺がアルテミスの事を気に入ったから、嫁にするつもりだなんて事を言ったんだよ?」
ディールにそう問われ、再び頬を真っ赤に染め話すアル。
「『だって可愛いからあなたの好みでしょ? たくさん食べさせてあげれば、もっとあなた好みの魅力的な体型になっていくわよ』と天の声は言っています。あの……私、ディール様好みの体型になったら、その……やっぱりそういう事を、されちゃう感じなのでしょうか?」
別にディールは、女が嫌いというわけではない。
面倒くさいプロセスを踏んでまでして最終的に嫌われるよりも、今この場で単刀直入に言ってしまおう。嫌ならこの場で村に帰してしまえば良いのだ。
そう思った彼は、一緒に連れて行く為の条件を彼女に対して告げる。
「まぁ、本当に食わせてやって、魅力的な体型になったってんなら、養ってやる代わりに夜伽くらいはしてもらうかな? それでも良ければ、俺についてくれば良いさ! 少なくとも、俺ならお前に対して乱暴な事だけはしないと思うがな」
「ヨトギ? 何ですそれは?」
「夜の相手をしろって事だ」
ディールの答えを聞いて、流石の天然な彼女も理解し頬を赤く染めながら言う。
「ディール様のお嫁さんになるんですから、当然それについては構いません! 私、ディール様に一生ついて行きます!」
すっかり嫁になる気満々のアルに対し、ただ苦笑いするしかないディール。もはや、否定するのも面倒だと思った彼は「そうか、わかった」とだけ言って歩きだすのだった。
それから二人は、相変わらず引っ切り無しに現れるモンスター共を蹂躙しながら一緒に旅を進めていく。
彼らはその後、三日程の道のりを経て、グリーラッドに唯一存在するとされる古城へとたどり着くのだった。




