第6話 意外とボリュームあったんだな【お風呂回】
町の商店街にある適当な食事処に入った二人は、定食を頼んで早めの夕食を取っていた。
「お前そんなにがっついて、よっぽど腹が減ってたんだな……」
「ごめんなさい意地汚くて……ここに来るまでの三日間、殆んど飲まず食わずだったもので……でも、ディール様。こんな私にご飯までご馳走してくれるなんて、あなたはまるで神様みたいな方ですね!」
「神様ねぇ……捨てる神あれば拾う神ありってやつか? まぁ、俺の事はあまり、善人だと思わない方が良いと思うけどな」
「ディール様は悪人なんですか? とてもそうは見えませんけど」
悪人かと問われ、複雑な心境になるディール。
実際のところ、彼が勇者をやっていた理由は、根っからの善人だったからと言うわけでもなかった。
それは偏に実家の為だと思えばこその事であり、本人にしてみればそれほど世のため人のためと言う気持ちでもなかったのだ。
「まぁ、その話は置いといてだな。今ふと思ったんだけど、三日もかかる距離の村を助けに行くのに、今から急いで行っても全然間に合わないんじゃないのか?」
ディールの問いに対して、アルは目を輝かせて問い返す。
「村を救ってくださるんですか!? やっぱりディール様は善い人なんですね!」
「あんまりその名で呼ぶな! マスクを着けてる時は、フレイって呼べ!」
「はい! わかりましたディール様! それで、ディール様は村を救いに行ってくださるんですよね?」
「お前なぁ……」
呆れ顔のディールに対して、アルは不思議そうに首を傾げている。
そんな天然な彼女に対し、もう一度同じ質問をするディール。
「救いに行くのは構わないんだがな。俺はそもそも、三日もかかる距離なのに間に合うのかって話をしてるんだ」
「それについては大丈夫です! 私の村は、ここから半日も歩けば着く距離にありますので」
「はぁ? 半日だ? お前、ここまで来るのに三日かかったって言ってなかったか?」
「はい! 三日かかっちゃいました、てへっ! 声に従って魔物に出くわさないルートを通って来たら、かなり遠回りしてきちゃったみたいなんですよね~」
「なるほど、そういう事か。それにしたって万が一の事も有るからな。村を助けに行くなら急いだ方が良いだろう」
「はい! それじゃ、ご飯を食べ終わったら、すぐに出発しますか?」
「ああ、本当はここで一泊するつもりだったがな。飯を食い終わったらすぐに町を出よう」
早めの夕食を済ませた二人は、店を出た後すぐにアルの住む村へと向かう為リムダの町を立つ。
まだ日が有るうちに少しでも先に進もうと、荒涼とした大地を歩き続ける二人だったが。二時間程行くと、すっかり辺りは夕闇に包まれてしまった。
そろそろ野宿する場所を決めようと考え始めていたディールは、辺りを見渡すと木々が生えている場所に向かって方向転換する。
しばらく行くと、水が流れる音が聞こえて来た為、そこに川が有る事を認識するディール。
二人がその場所にたどり着くと、月明かりだけが照らす川辺には湯けむりが立ちのぼっていた。
「おっ! こんな所に温泉なんか湧いてやがる! おい、アルテミス! 今日はここで野宿するぞ!」
急に名前で呼ばれて、少し驚いた表情をするアルだったが。彼女は、すぐに嬉しそうな表情に変わり元気良く返事をする。
「はい! それじゃ、お背中をお流ししますね」
「そうか、悪いな。そんじゃ、まずは火を起こして野宿の準備でもするか」
そう言うとディールは、近くに生えていた木の枝を次々と手刀で切り落としていく。
「ディール様。物凄い技ですね! 生木の枝を手で切り取っちゃうなんて……でも、生木じゃ火は着きにくいんじゃないですか?」
「まさか。このまま火を着けるわけないだろ? まぁ、良いから見てな!」
アルの疑問に対し、集めた生木の枝を抱えて平然と歩き出すディール。
野宿する場所の地面に枝を置いた彼は、それに向かっておもむろに手をかざし始めた。
「ディール様は一体、何をしているんですか?」
「何って、乾燥させているに決まってるだろ?」
「そんな事で、生木を乾燥させる事ができるんですか?」
「まぁ、良いから黙って見てろ!」
ディールがそう言った次の瞬間、生木だったはずの枝は赤く光を発し、それはすぐに大きな炎へと変化した。
「えーーーっ! ど、どうなってるんですかー!?」
「生活魔法くらいは、こいつに仕込んであるからな。俺お手製の魔道具だ」
右腕に嵌めたガントレットを左手の甲で二回程叩きながら、ディールは平然とそう言ってみせる。
彼が身に付けるガントレットには、四つの属性魔法が詠唱無しで発動できるよう仕込まれていたのだ。
「仕込むって普通な感じで言いましたけど。そんな凄い魔道具をもし買ったとしたら、きっと三年分くらいの収入が一気に吹っ飛んじゃうと思いますよ? そんな物を自分で作ったって言うんですか?」
「まぁ、昔から器用なんだ俺は」
そう言うとディールは、アルに背を向けて服を脱ぎ温泉へと向かう。
「あの……お背中を流しましょうか?」
既に湯に浸かっていたディールの背後から、そう声をかけるアル。そんな彼女に対し、ディールは女性にとって屈辱的とも言える返事をする。
「さっきは普通に受け入れるような事を言ったけどな。考えてみたら、貧相な体つきのガキに背中を流してもらうなんて趣味、俺にはないからな。別に気を遣ってくれなくても結構だ! それより、ずっと後ろに居られても気持ち悪いから、お前も一緒に入ったらどうだ? すごく気持ちーぞ?」
ディールの言い様に、少し怒ったような口調でアルは言う。
「一緒に入るって事は、服を脱がなきゃいけないですよね?」
「ん? まぁ、少しは男を意識し始めるお年頃なのか? 嫌なら別に、後で入ったって全然構わないけどな」
「意識し始めるどころか、十分気にするお年頃です!!」
「ん? て言ってもお前、十歳くらいなもんだろ?」
ディールがそう言った途端、急に黙り込んでしまうアル。
女の子に対して、流石に少しデリカシーに欠けていたか、とも思うディールだったが。彼は、そそまま気にせず湯に浸かり続けた。
しばらくの間、辺りに静けさが漂う。
美しい星空を眺めながら浸かる温泉は最高だ。
そんな感じで良い気分になっていたところ、ディールは自身の背後に服を脱ぐ気配を感じとる。
三十秒程して、彼のすぐ横にスラッとした長い脚が伸び、それはゆっくりと湯に沈み込んだ。
「なんだ、結局お前も入るのかよ」
そう言って真横の彼女に目を向けたディールは、驚きのあまり言葉を失う。
貧相な体つきの薄汚れた格好をしたアルの事を、ディールは十歳前後の子供だと勝手に思い込んでいた。
しかし、一糸纏わぬ彼女の姿は、栄養があまり足りていないせいか肋が浮き出る程か細い体つきだったものの、女性的な部分についてはかなり豊かに実っていたのだ。
「私十六ですよ……」
「そ、そうか……悪かったな……」
ディールは、そう返すだけで精一杯であった。