第64話 圧倒的な魔力
ピレーナ山脈に近付くにつれ、ディールは邪悪な力がどんどん強くなっていくのを感じ取っていた。
かつて魔王から感じた魔力とは比べ物にならない、途方もない強大な魔力に対し、彼は次第に危機感を募らせていく。
アルも彼と同じように禍々しい力を感じているようで、いつになく強ばった表情を見せ始めていた。
今までに感じた事のない絶望的とも言える邪悪な力を前に、ディールは思わず言葉が漏れてしまう。
「思っていたよりもヤバそうな相手みたいだな……」
そんな彼の言葉とアルの表情に、ただならぬ雰囲気を感じ取るチロ。
圧倒的なチート能力を持った元勇者がいつになく焦りを見せている様子に、後ろに座っていた彼女は思わず身をのりだす。
ディールの背中に胸を押し付けながら抱きついたチロは、不安そうに言葉を漏らした。
「そんなにヤバそうな奴にゃのか? 例の気配感知で、相手の力もわかってしまったりする感じにゃ?」
「ああ、災害級どころか、そいつが暴れだしたら世界が終わるってくらいヤバい力をもっているみたいだな……俺も、そんな奴を相手にするのは初めての事だ」
「頼りにしてるディールがそんな事を言うと、ものすごく不安になるにゃよ……あたいの事を怖がらせようとして、冗談を言っているだけだと思いたいにゃ」
不安のあまり、一人称が俺からあたいになってしまうチロ。
そんな彼女の願望を無視するかのように、ディールは更に恐ろしい事を言う。
「冗談なんかじゃない! ドラゴンだけにブレスとか吐いてきそうだが。たぶんそれだけで、町一つ消し飛ばすくらいの威力とか余裕で出してきそうな感じすらするな。それくらい次元の違う魔力を、ここからでも感じ取ってるんだ」
あまりにも現実離れしすぎたディールの予想に、チロは余計に不安を募らせる。
「そんな事言われたら、にゃんだかいろんな所がムズムズしてきたのにゃ!」
チロはそう言うと、更に強く胸を押し付けながらディールの背中にしがみつく。
彼女の行動にようやく気づいたアルは、透かさずそれに反応して声を荒らげた。
「ちょっとチロさん! どさくさに紛れて、ディール様にくっつかないでよ!」
「これは仕方がない事なのにゃ! 気配感知の能力なんてものは持ってないにゃけど、動物的な本能みたいなものが働いてるみたいで全身がムズムズするにゃよ! でも、こうしてると少しは落ち着いてくるのにゃ~」
アルに声を荒らげられても、自分勝手な理屈をこねて全く離れようとしないチロ。
普段のディールであれば、そんな彼女の行動に対して鉄槌を下しているところなのかも知れない。
しかし、相手の気配を探る事に集中していた彼は、その余裕を見せる事すらできないでいた。
チロが押し付ける胸の感触を気にする事もなく、馬を駆り続けるディール。
しばらく走ったところで、彼は急に馬車を停止させた。
「どうしたにゃか?」
突然の事に不安そうに訊ねるチロ。
ディールがその理由を答える前に、後続の馬車から他のメンバー達が次々と降車して彼のもとに集まりだす。
「どうやら敵さんのお出ましみたいだな」
そう警告を発するディール。
彼の言葉によって、メンバー達に緊張が走る。
程なくして、彼らが向かう前方の上空には無数の黒い影が出現した。
大型の黒竜だと聞いていたチロは、その光景に驚愕して叫ぶ。
「大型の黒いドラゴンだって聞いていたにゃけど、一体だけじゃなかったのにゃか!?」
「いや、たぶんアレは、騎乗用に調教した小型の飛竜だな」
「それじゃ、またソフィアの奴が手下を連れて襲ってきたって事にゃか?」
「ああ、たぶんそうかもしれないな。例の黒竜も、後方に控えてるみたいだぞ」
そうチロに対して言った後、ディールは荷物が戦闘の被害を受けるのを避ける為、二台の馬車に結界を張りそこから離れるよう全員に伝える。
彼の指示に従って、メンバー達は向かってくる敵の方へと移動を開始した。
敵もディール達の動きを察知したらしく、何もない草原地帯に次々と飛竜を着地させていく。
ディールは、その様子を見て独り言ちた。
「騎乗した状態での戦闘には向かない武装をしてるんだろうな……飛竜はあくまで移動手段としてだけの物か?」
彼の独り言に反応して、ジャンは自身の見解を述べる。
「いずれにしろ、上空から攻撃されては厄介ですからな。降りて戦ってくれるのなら、こちらにとっては好都合でしょう」
「まぁそうだな。敵がどういうつもりなのかは知らんけど。空から大型のドラゴンと連携して攻撃されるのは、かなり厄介だからな」
ディールの言うとおり敵の出方が読めない以上、とにかく前に進むしかない。どのみち目前の相手とは戦う事になるのだ。
魔王討伐隊のメンバー達はそう決意し、前方の草原地帯にて待ち構える敵に向かって進んでいく。
そんな中、一体の飛竜が再び飛び立ち彼らの元に向かってくる。
ディール達の上空で翼をはためかせながら停止したその飛竜には、一人のダークエルフの男が騎乗していた。
「俺の名はイアン! 魔王軍新四天王の一人だ! 勇者ディールに告ぐ! 大人しくヴィルヘルムを差し出せ! さもなくば、世界を破滅させる程の力を持った黒竜のブレスによって、塵も残さずその身を消滅させる事となるだろう!」
敵が、ソフィアとその手下達だと思っていたチロは言ちる。
「ソフィアじゃなかったみたいにゃね。イアンなんて奴の事は知らないのにゃ」
そんな彼女の独り言に反応するラグドラ。
「でも、魔王軍の連中だってのは間違いなさそうだわね」
イアンと名乗る男の言葉に違和感を覚えたディールは、ラグドラ達には反応せずその男に対して質問を始める。
「そんなヤバい力を持ったドラゴンまで召喚しておいて、あわよくば戦わずにヴィルヘルムの身柄を確保しようなんて思っているのか? そんなまどろっこしい事をするくらいなら、さっさとそのドラゴンに俺達の事を襲わせれば良かろうに」
「それでも別に構わなかったのだが、正直な話まだ制御する事が不完全な状態なのだ。万が一暴走してしまった場合、アスモデウス様がどうにかする術をお持ちではあるが。極力それは避けたかったのでな」
何故いきなり襲わなかったのかについて、隠す事もなくその理由を述べるイアン。
当然、ディールの出した答えは、彼の望むものなどではなかった。




