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第57話 罠



 廃城から少し離れた位置に馬車を停めた一行は、歩いて城へと接近する事にした。

 城の200メートルくらい手前で、一旦様子を窺うために歩みを止めるよう指示をするディール。

 その位置から見た限りでは、チロの言う怪しげな集団とやらは確認する事ができなかった。


「奴らの人数は、だいたい百人くらいにゃね」

「よくわかったな。廃城の中に居る人数は120人だ。襲撃された時に、その連中が百人がかりで襲ってきたってのか?」


 チロの話を聞いたディールは、正確な人数を言い当ててみせる。

 そんなディールの問いかけに対し、チロは驚いた様子で逆に問い返した。


「そっちこそ、何で正確な人数がわかるのにゃ?」

「気配感知の能力を持っているからな。もっと正確に言えば、人サイズが118で大型の奴が二体いるみたいだぞ。たぶん大型の奴は、サイズからしてトロールかサイクロプス辺りじゃないか?」


 そこまで正確に言い当てたディールに対し、更に驚きの表情を向けるチロ。

 彼女は、相手が思った以上に能力を持った人物であることを認識し焦っていた。


「大型の魔物までいるのなら、正面から乗り込むのは得策ではないにゃね」

「何か案でも有るのか?」


 ディールにそう質問され、チロは占めたとばかりに作戦を述べる。


「陽動作戦にゃ! 上手い具合に敵を城から誘きだして、カラになった隙に人質を救出するにゃよ」

「それはまぁ、確かに王道だろうけどな。しかし、上手い具合にって言っても、何か敵を誘い出す良い手でも有るのか?」

「城の正面から大声で叫んで、敵が出てきたら逃げるのにゃ! 大軍で追っかけてきたら、その隙に俺達兄弟とあんたの三人で潜入して人質を救出するにゃよ!」


 自信満々にそう言うチロに対して、他の者達は一斉にジト目を向ける。

 ディールは、呆れた表情を彼女に向けその作戦が穴だらけである事を指摘する。


「あのなー。こっちは少人数なんだぞ? 仮にその作戦が上手くいったとして、少ない人数を追うのに敵が殆んどの戦力を出して追撃してくるはずなんてないだろ? それにもし敵が乗ってきたとしても、陽動組が逃げ切れるという保証も無い! そもそも、大声出したくらいで敵が出てくるとも思えんしな」


 ディールからそう指摘され慌てるチロ。そんな彼女を尻目に、兄のタマは他の者達に気づかれないようこっそりと伝聞鳥を飛ばしていた。


「しばらく様子を見ながら、その間に作戦を練り直したらどうだ?」


 連絡を終えると、何事も無かったかのように前に進み出たタマはそう提案する。

 彼女の言葉に従い、すぐに作戦会議が開かれる事となった。


 ディールとしてみれば、まどろっこしい事をする必要など皆無だと考えていた。

 彼の力をもってすれば、神がかった速さで敵を殲滅し、人質を救出するくらい訳もない話だったからだ。


 救出するにしても、その対象の特徴がわからなければ即座に対応できず、人質の身に危険が及ぶかも知れない。

 会議が進むなか、そう思ったディールはタマに対して対象の人数と特徴について訊ねる。


「それで、人質になってる人数と特徴についてはどんな感じなんだ?」

「人質の人数は二人だな。一人は猫の獣人女性で、もう片方は虎の獣人で十歳ほどの少年だ。敵に獣人の戦士はいなかったみたいだから、すぐにわかると思うぞ」

「わかった。じゃあ、すぐにでも城に乗り込もう!」


 ディールがそう言うと、何故か慌てた様子を見せるタマ。

 彼女達がソフィアという人物から与えられていた目的は、ヴィルヘルムとディールの二人を引き離す事にあった。

 そのソフィアから父の(カタキ)だと教えられていた事により、兄弟はディールの命を狙っていた訳だ。

 一方で怪しげな集団の目的は、ヴィルヘルムの殺害だったのである。


 このままの流れでは、全員で廃城に突入する事になってしまう。

 何とかそれだけは回避したいタマは、必死で思考を巡らせていた。

 そんな兄の様子を見かねたチロは、とりあえず喚いてみせるが。むしろこの場合、彼女の行動は効果的であったようだ。


「そんな事をしたら人質の命が危険に晒されるにゃよ!」

「大丈夫だから俺に任せとけ!」

「大丈夫だって……その根拠は一体何なのにゃ!?」


 チロが喚いた事で、彼女の不安も尤もだと思ったヴィルヘルムは言う。


「ディール殿が人外の強さを持っているという事を、彼女達は知らないのだ。全くのノープランで突入すると言えば、不安に思うのも当然ではないか?」


 ヴィルヘルムにそう指摘され、面倒だと感じたディールは提案する。


「まぁ、とりあえず俺一人で様子でも見に行ってみるか? 俺なら敵に気づかれないよう偵察する事もできるしな。確実な情報を掴んでから、改めて作戦を考えれば良いだろ」


 ディールの提案を受け、一瞬だけ驚いた表情になるタマとチロの二人。

 しかし、タマはすぐに占めたといった表情になり、その意見に賛成する。


「そ、そうか……じゃあ、とりあえずそれでいこうか!」


 意外にもあっさり同意するタマに対し、更に不信感を抱くディール。

 彼は、この時点で確信した。この一件が、自分達を嵌めようとする罠であるという事を。


 その事を確信しつつも、敢えてその策略に乗る事を選択したディール。

 彼には、どんな罠が有ろうと駆逐する自信があった訳だが。それに加え、アルの力がどの程度のものなのかを試してみたいという考えもあったようだ。


 恐らく敵の狙いはヴィルヘルムだろう。

 ディールは、そこまで看破したうえで、敵の動きを見る為に敢えてアル達と一旦離れる事にした。


 認識阻害用のマスクを鞄から取り出したディールは、それを顔に装着する。

 その様子を見たエマは、ある人物の話を思い出して言う。


「そんなもん付けたりして、まるで仮面の英雄フレイアみたいね!」


 エマにそう言われ、一瞬ドキッとするディール。

 フレイアのマスクとは全く別の物だったが。その事は当人しか知らないのだ。実物を見た事のない人間に、そう突っ込まれるのも確かにあり得ない話ではない。


 仮面の冒険者フレイアの名を聞いたチロは、急に激しく反応を示す。


「仮面の英雄フレイアを知っているにゃか? 彼は、俺達兄弟が目標とする偉大な冒険者にゃよ!」

「名前だけはね。サマルキアでは最近その活躍ぶりで、けっこう話題になっていたのよ。この国でも、やっぱりその事は噂になってるの?」

「最近サマルキアで大規模な魔物の襲撃が起きて、それを討伐して回ったっていう話は確かに噂になってるにゃ。でも、その前から俺達兄弟は、ずっとフレイアの事を尊敬して目標にしていたにゃよ」


 二人の会話を聞いて、真実を知っているアルは笑いが溢れそうになるのを必死で堪えている。

 そんな彼女達を余所に、ディールは一人廃城に向かって歩き始めるのだった。

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