第5話 悪魔の声が聞こえる少女
「ちっ、この辺りに、こんな魔物が出る事は無かったはずなんだけどな……」
辺り一面に、大型の魔物共の死骸が無惨な状態で転がっている。
そこは、所々に木や岩場が点在する、荒涼とした平原地帯であった。
グリーラッドに向かう途中、最後の町に立ち寄ろうと考えたディールは多少コースから外れる事になるのを承知の上で、この平原地帯を通るルートを選択していた。
今までこの平原地帯に大型の魔物が出現する事など無かったはずなのだが。何故かこの場所で、ディールは十体もの三角頭をした大蛇に襲われていた。
あっさりと九体を倒し、残りの一体が牙から噴射した猛毒液を横っ飛びで軽く躱すディール。
その刹那一筋の閃光が走り、巨大な三角頭は一瞬で弾け飛ぶ。頭を失った大蛇は赤い鮮血を後方に撒き散らしながら、その胴体をゆっくりと大地に横たえた。
「これも、魔王が復活したっていう事の影響なのか?」
そう独り言ちるディール。この地域には魔王が健在だった頃ですら、このような危険な魔物が出現する事などなかったのだ。
「う~ん、ひょっとしたら、邪神とやらの影響なのかも知れんが……まぁ、本気で俺にはもう関係ない話だけどな」
あれこれ考えていても仕方がないので、ディールは再び辺境に有る最後の町に向かって歩きだす。
普通であれば、馬くらい騎乗していけば良いと思うだろうが。いざとなればディールは神がかった速さで移動する事もできた為、彼にとって馬は却って足手まといでさえあった。
それから半日ほど歩いて、辺境最後の町であるリムダに到着するディール。
彼は町に入る前に、腰掛け鞄の中から目だけ覆うマスクを取り出してそれを装着した。
町に入った彼が、まず向かったのは冒険者ギルドであった。
美人の受付が座る窓口へと向かったディールは、冒険者プレートを差し出しなから言う。
「預けてる金を下ろしたいんだが。ここでは銀行業務も行っているのか?」
「あっ、はい! 少額のお取引なら致しております」
「いくらまでなら出せる?」
「ええっと……ここでは、一日に1,000Gが上限となっていますね」
「そうか。じゃあ上限いっぱいの1,000Gで頼む!」
「はい! わかりました。それでは、冒険者プレートをお預かりしますね」
美人受付嬢はそう言った後、差し出された冒険者プレートを見て驚愕する。
「えっ!? ええっ!! えっ、えすっ、Sランク冒険者のフレイア様!?」
「あんまり大声出すな!」
「あっ、しっ、失礼しました……お忍びでしたか?」
「別に、忍んでるわけでもないけどな。目立つと絡まれる事も有るだろ? 面倒事は極力避けたいんだ」
「そっ、そうですよね。本当に失礼いたしました……」
あまりの驚愕ぶりに、おぼつかない手で銀貨を用意し始める美人受付嬢。
その間、奥に居る鑑定師の女性が水晶を使い、プレートの本人確認とデータの記録を、鑑定魔法と記録魔法によって行っていた。
「それでは、確認と記録が済みましたので、こちらをお受け取り下さい」
美人受付嬢から1,000G分の銀貨を受け取ったディールは、ギルド支部を出る為に玄関口へと向かう。
──今日は、宿にでも泊まってゆっくりするか。
そんな事を考えていたディールだったが。玄関口付近まで来た所で、後ろから彼を呼び止める声がかかる。
「あの、すみません……お願いします。待ってください……」
今にも消え入りそうな女の声に、振り返るディール。
彼の後ろには貧相な体つきの、みすぼらしい格好をした、プラチナブロンドの長い髪をした少女が立っていた。
格好こそみすぼらしいものの、綺麗な碧眼と整った顔立ちをしたなかなかの美少女である。
「ひょっとして、俺に声をかけたのか?」
「あっ、はい。そうです……」
「何の用だ?」
「お願いします! 私の村を助けてください!」
急にそんな事を言われ、困惑するディール。何となく察しがついた彼は、面倒事には巻き込まれたくないと思い、自分には関係ないとばかりに黙って踵を返した。
「お願いします! 待ってくださいディール様!」
そう言って、ディールの背中にすがり付く少女。
本当の名前をいきなり言われた彼は、慌てて彼女を外に引っ張って行く。
ひと気の無い路地裏まで少女を連れて行ったディールは、何故自分の正体がわかったのかについて問う。
「お前、何で俺の本当の名前を知っているんだ? しかも、マスクを着けているんだぞ?」
「私、声が聞こえるんです」
「はぁ? 声だぁ?」
「はい! 声です」
「誰の」
「わかりません……けど、物心ついた時からずっと、たまに聞こえてくるんです……」
そんな不思議な事を言う少女に何となく興味が湧いたディールは、一応彼女の名前と事情だけでも訊いてみる事にした。
「お前、名前は? それと、助けるかどうかは別として事情だけは聞いてやるよ!」
「私の名前はアルテミスって言います。アルって呼んでくれても構いません。ディール様、話を訊いてくれてありがとうございます!」
「前置きは良いから、早く話せ!」
「す、すみません……」
ディールの冷たい態度に、目に涙を浮かべる謎の美少女。
女の子を苛める趣味は無いディールは、柔らかい口調に変えてもう一度質問する。
「泣くなよ。俺がお前の事を苛めてるみたいに見えるじゃないか…….ちゃんと聞いてやるから話してみな」
「えぐっ! 私の頭の中に直接聞こえてくる声は、三日前にこう言っていました『5日後に村は恐ろしい魔物達に襲われる。リムダの町に行って、助けを求めなさい』って」
「そうか……それで、その話は村の連中には話したのか?」
「勿論、話しましたけど……誰も信じてはくれませんでした……」
「どうしてだ? 村の連中は、お前の力の事を知っているんじゃないのか?」
「勿論、皆知っていますが。それが原因で、私はずっと村の皆から苛められてきました。巫女でも無いのに声が聞こえるなんて、悪魔に取り憑かれてるに違いないって……」
そう聞いて自身の事に重ね合わせ、彼女に対して少しだけ同情心を持つディール。
「そんな連中、どうして助けてやりたいって思うんだよ。まぁ、流石に父さんと母さんの命くらいは助けたいか」
「お父さんもお母さんも、私にはもう居ません……」
「そ、そうか……悪い事を訊いたな……で、その声は、俺がここに来る事も予言していたってわけか?」
「いえ、そこまでは言っていませんでした。だから、最初はギルド支部に行って、助けを求めようと思ったんです。でも、お金も払えないし、起こってもいない事に対処できないって言われて途方にくれていたところだったんです」
「そしたら俺が現れて、また声が聞こえたってわけだな?」
「は、はい……」
少女は力なく返事をすると、フラフラっとしながらそのまま意識を失ってしまう。
倒れ込むアルテミスと言う少女を、慌てて抱き止めるディール。ゆとりの有る服装だった為、気づかなかったが。抱き止めた瞬間、彼は少女の胸がかなり豊満である事に気づく。
思いもよらぬ感触を受け、ディールは少し困惑するのだった。
この世界のお金はGです。レートは1Gあたり日本円で100円くらいだとお考えください。