第29話 ルーイ11世の末路
「ワ、ワシを誰だと思っておる! サマルキア王国第25代国王ルーイ11世なるぞ!」
砦の有った森の中を一週間以上も彷徨い続けたルーイ11世は、三人組の追い剥ぎに囲まれていた。
「はん? このおっさん、何言ってるんだ? 自分がこの国の国王だってさ!」
「いや、汚くはなってるとは言え、こんだけの身なりだ! ひょっとしたら本当の話かもしれん」
仲間の発言に反して、リーダー各の男はそう考えたようである。
どうやら信じてもらえそうだと思ったルーイ11世は、心に希望の光が灯り、安心した様子でいつもの尊大な国王節を発揮して言う。
「やっとわかったか! ワシをしかるべき所に案内いたせば、そち達には十分な褒美を取らそうではないか!」
そう提案されたリーダー各の男は、下卑た笑みを浮かべながら呟く。
「しかるべき所ねぇ」
「そうだ! 何処かの貴族の館でも良い! もし、首尾良くいったのであれば、金貨による褒美だけでなく。お前達には、騎士の称号も与えようではないか!」
ルーイ11世の期待とは裏腹に、リーダー各の男は最近起きた出来事についてしっかりと知っていた。
その為、この王を名乗る男の言っている話が仮に事実だったとしても、既に前王が力を持っていない事も十分理解していたのだ。
「身ぐるみを剥げ!」
仲間にそう命じる男。
続けざまに言った彼の言葉に、ルーイ11世は我が耳を疑った。
「こっちのボロに着替えさすんだ! 元国王を名乗る、頭のイカれたおっさんって触れ込みで売れば、慰み物にしたいと思う奴が高く買ってくれるかもしれんからな!」
「やっ、やめんか! 無礼な! ワシはルー……」
そう言いかけた所で、男の一人が「うるせージジイ!」と言ってルーイ11世の顔面を殴りつける。
身ぐるみを剥いだ後、ただのボロい布切れとしか言い様のない服を元国王に向かって投げつける男。
「けっ、ジジイ! さっさとそれに着替えやがれ!」
痛め付けられた全身を何とか起こし、震える手でそのボロを纏い始めるルーイ11世。
近くに停めてあった馬車の荷台の後ろまで引っ張っていかれた彼は、覚悟の決まらないままその前で立ち止まる。
「さっさと乗りやがれ!」
そう叫んだ男によって、哀れな元国王は尻を蹴り飛ばされ、荷台に無理やり乗せられるのだった。
☆☆☆
ディールは定期的に新しい労働力を得る目的で、デリコダールのオットー商会を利用していた。
「最近は、元気の良い子供達の入荷がめっきり減りましてねー。仮面の英雄フレイアが各地で魔物共を討伐して回ってるせいで、難民の数がグッと減ってしまったんですよ」
オットーの言い様に、揚げ足を取るディール。
「その言い方はまるで、フレイアに対して迷惑でもしているかのような感じだな?」
「いえいえ、とんでもございません。勿論、英雄フレイアには感謝しておりますよ!」
「そうか。まぁ、こっちとしては先行投資の必要な子供達よりも、即戦力になる大人の方が助かるんだけどな」
「でも、最初に来られた時は十代の元気な男女って、確かおっしゃってましたよね?」
「まさか、一番上で15歳だなんて思ってなかったんだ。まぁ今となっては、けっこう皆には役に立ってもらってるけどな」
付き添いで一緒に来ていた二名の子供達に視線を向けて、そう話すディール。
「そうですか、それは良かったです。しかし、今日はひょっとしたら、あまりお気に召す奴隷は見つからないかもしれませんね……今回は入荷量も少なかったうえに、変なのばかり入荷しましたので」
「ま、今日は買い出しついでに来ただけだからな。良さそうな玉が無ければ帰るだけさ」
そう言ってショーケース越しに奴隷達を眺めるディール。元気の無い様子の者達が商品として並ぶ中、一際生気の無い一人の男が彼の目に止まる。
「この男は?」
ディールの目に止まった事で、オットーは何かを確信したようで逆に訊き返す。
「ディール様、まさかこの男とお知り合いだったりするのですか?」
「ああ、たぶんな……」
「この男は、完全に発狂してしまっておりまして、全く会話が通じなくなっているのですが。仕入先の話では元国王のルーイ11世だと言うのですよ」
「そうか……憐れな末路だな……」
「やはり、そうなのですね? しかし、触れ込みどおりの内容では誰も信じないうえに、こんな状態ですからね……誰も買い手がつかないのです」
ディールがオットーの話を聞きながら憐れな元国王の姿を眺めていると、その男は突然はっと気づいたように叫び出す。
「ようやくワシの元に馳せ参じたか! 早速、軍を率いて召喚者達の討伐に向かうのだ!」
そう叫んだ後、ルーイ11世は気持ちの悪い笑い声を出しながら、何かを延々と呟き始めた。
曲がりなりにも元国王なのである。利用しようと思えば、いくらでも利用価値は有るだろう。
しかしディールは、兄達と違って玉座や権力などには全く興味が無かった。そのため彼は、この憐れな姿となった国王を黙殺する事にしたのだ。
結局その日は奴隷の購入は行わず、ディールは付き添っていた二名の子供達を連れて領地へと引き返す事にした。
ポータルへと向かう途中、一緒に付き添いで来ていた少女の一人が、先程の件を踏まえてディールに対し質問をする。
「ディール様は、王様にはならないのですか?」
「どうして急にそんな事を訊くんだ?」
「だって、この国にはもう王様は居ないんですよね? だったら、私はディール様に新しい王様になって欲しいと思います!」
「まぁ、俺自身にその気が全く無いからな……人口もかなり増えてきた事だし、今は領地の経営に専念するだけさ」
ディールの答えを聞いて残念そうにする少女。もう一人の少年は、そんな彼女に向かって目を輝かせながら言う。
「何でも時期ってもんが有るだろ? 今はまだその時じゃないって事さ! それに今ディール様が玉座を狙う軍を起こされても、俺は年齢的に参加できないからな!」
そんな少年の言葉に、ディールは危うさを感じる。
いずれは民が、その事を求める声を上げ始めるかも知れない。
少年の話を聞いて、彼はそう直感するのであった。




