第28話 勃発する女のバトル
たまたま巡回中のエマを見かけたアルは、ちょうど声をかけようとしていたところだった。
そのタイミングで彼女の独り言を聞いてしまい、思わず反応してしまったのだ。
振り向き様にエマは、すぐにアルの事を認識して明らかに不機嫌そうにな表情を浮かべる。
敵意を剥き出しにした彼女は、かけられた言葉に対してすぐさま言い返した。
「『そんな事ない』ですって!? 私の言っている事の何処が間違っているって言うのよ!?」
ものすごい剣幕でそう言われたアルは、一瞬たじろぐも、すぐに謝罪して本当に言いたかった事を話し始める。
「いきなり後ろから声をかけてしまって、ごめんなさい。知っているとは思いますけど、私はアルテミスです。もう一ヶ月以上も経つのに、まだお互い自己紹介もしていなかったですよね?」
アルは、何度もエマに声をかけるタイミングを見計らっていたのだが。どういう訳か、彼女に避けられているようだった。
その為、今の今までこうして挨拶すらできていなかったのだ。
「ふんっ! 知っているわよ! あなたポンコツ勇者のディールに、いつも小判鮫みたいに張り付いているわよね? アイツもアイツでこんな小娘なんかとデレデレしてないで、噂の救世主フレイアの爪の垢でも煎じて飲めば良いんだわ!」
フレイアの名前が出てきて、うっかり真相を話したくなるアル。
しかし世界でただ一人、秘密の共有者というポジションを嬉しく感じていた彼女は、とりあえずその事に関して苦笑いしてやり過ごす。
エマの気持ちを何となく察していたアルは、彼女にいくつか質問してみる事にした。
「どうしてエマさんは、ディール様に対してそんなに敵意を向けるんですか?」
「別に敵意なんて向けてないわよ! あなたの方こそ、あいつの一体何なのよ?」
突然そう切り返され、相変わらずの天然ぶりを発揮してしまうアル。
彼女は相手の気持ちを気遣う事もなくストレートに言ってしまった。
「妻ですよ」
「は? な、なっ、何ですって!?」
「私とディール様は、夫婦です!」
「ふ、ふっ、夫婦だとーーーっ! あんのっ、ロリコン野郎ーーーっ!」
更に天然なアルは、エマの叫びに対してズレた否定の仕方をする。
「ディール様は、ロリコンなんかじゃありません! 私、こう見えても16歳ですからね! 胸だってほらっ! 結構大きいでしょ?」
「はぁ? 年齢も確かにそうだけど、見た目の事を言ってるに決まってんでしょ! あんたどー見てもロリ顔じゃない!」
「そうですかー? 身長は確かにちょっと低めかも知れませんけど。顔がロリ顔だなんて、自分では全く思った事ありませんけどね」
バチバチと火花を散らす女二人。どうやら彼女達は、どうしても相容れない性格のようだ。
自分の事をここに置いてくれるよう提案した事を、恩に着せようとしてると勝手に思い込んだエマは、その件に関しても持ち出して言う。
「あなた勘違いしているようだけど、私は別に国王の所に帰ったって良かったんだからね! 部下達がどうしてもって言うし、状況からして私の助けが必要だと思ったから仕方なくここに残ったのよ!」
エマの虚勢を張った発言に対し、不敵な笑みを浮かべながらアルは更に彼女の事を挑発する。
「エマさん、そんなんだからディール様に嫌われるんじゃないですか? どうしてもっと、素直になれないんでしょうかねー?」
ディールから嫌われている。その言葉が最後の引き金となった。
完全に頭に血がのぼったエマは、冷徹な表情を浮かべながらゆっくりと抜刀する。
「えっ!? 本気ですか?」
──彼女は本気よ! 逃げてアルちゃん!
天の声に本気だと教えられ、彼女が発する強烈な殺気により完全に腰が抜けてしまったアルは、その場にへたり込んでしまう。
「覚悟は良い? 小娘!」
抜刀した剣を上段に構えながら、口元を引きつらせてそう宣うエマ。
しかし、いよいよ彼女が剣を振り下ろそうとしたタイミングで、後ろから止めに入る者が現れる。
「何をやってるんですかーっ、エマ教官!」
彼女の腰にしがみついて止めにかかったのは、妹をベッドに寝かし終え訓練に戻る途中のマギであった。
「離せガキが! この小娘のロリ顔を斬り刻んでやらないと私の気が済まないんだよ!」
そう言って彼を振り払い、一歩前へと踏み出そうとするエマ。
しかし、霊気を扱えるようになっていたマギの力は強かった。
一歩も動けなくなったエマは少し冷静さを取り戻し、剣を鞘に収め直して語りだす。
「私がこうなったのは、全部あいつが悪いのよ! 本当は近衛騎士になりたいなんて事、全く思っていなかったのに……」
「やっぱり……何か有ったんですね?」
悲しげな表情を浮かべながら、そう言葉をかけるアル。
そんな彼女の様子に、エマの怒りは少し収まったようだ。
殺気が感じ取れなくなったと見て取ったマギも、彼女から離れる。
「あいつは小さい時から何でもできたわ……私はそんなアイツに憧れていたのよ」
「それで、近衛騎士を目指そうと思ったんですね?」
「だから、違うわよ! 私は普通に貴族の娘として育って、できれば好きな男と結婚できたら幸せだなって本当は思っていたの!」
「じゃあ、どうして近衛騎士なんかに?」
「あいつの側に、ずっと居たかったからに決まってるでしょ!」
その一言が全てを物語っていた。
ずっと側に寄り添うエマの気持ちに全く気づかず、彼女の事をイラつかせていた鈍感な男は、ディールの方だったのである。
「あいつが王女との婚約が決まったって聞いた時は、本当に悔しかったわ……でも、それは仕方のない事だから諦めてたんだけど。今度は王宮を追い出される事になったって聞いて、いろいろ戻って来れる方法を私なりに考えていたのよ……」
「それで、王様がまたディール様の事を必要とされた為に、エマさんはチャンスだと思った訳ですね?」
「うん、その事で王女との婚約も復活しちゃうかも、とも思ったけど。またアイツの側に居られるなら、それでも良いかなって思ってさ……」
すくっと立ち上がったアルは、ホコリを叩きながら言う。
「エマさん、これから一緒にお茶でもしませんか? もっとあなたと、お話がしてみたいです!」
正直、恋敵なんかとこれ以上の話しはしたくないと思うエマだったが。彼女は、アルの屈託のない笑顔に何故か惹き付けられた。
結局エマは、巡回をマギに押し付けると、その事を了承する。
「代わりに巡回しとけって言われてもなぁ……」
一人その場に取り残されたマギは、困惑してそう独り言ちるのだった。




