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第2話 剥奪された世界最強の勇者



 普通の人間であれば、どんなに鍛え抜いた体を持っていようと、強力な魔道具の鎧を装着していようとも、確実に消し炭となってしまっていただろう。

 しかし、彼の体は数日の休養で完全に回復していた。

 彼が、ようやくベッドから起き上がれるようになったタイミングで、今さら幼馴染みである嫌な女が一人、見舞いにやって来る。


「ディール、残念だったわね~。とうとうあんたの化けの皮も剥がれちゃったみたいじゃない」

「なんだよエマ。嫌みを言いに来ただけなら、帰ってくれないか?」


 彼女とは親の領地が隣同士で、同じ侯爵家の立場であった為、お互い小さい時からよく親同士の交流の場で会う機会があった。

 一応、貴族の令嬢である彼女は、幼少期からの夢が王宮騎士団に入隊する事だった。

 その為、自身の力によって次々と名声を得ていくディールに対し何かにつけて対抗心を燃やしていたのだ。


「何よ! 人がせっかく様子を見に来てあげたっていうのに帰れだなんて、よくそんな酷い事が言えたわね! 誰も見舞いにすら来ないからって、卑屈になってるんじゃないわよ!」


 嫌味を通り越したあまりにも直球すぎる彼女の言い様に、ディールはそれ以上反応する気さえ失ってしまう。

 しばらくの間、沈黙が続いていたが。何も反論さえしないディールに対しからかうのも飽きたのか、エマは「じゃまぁ、兎に角お大事にね~」とだけ言ってそそくさと部屋を出ていってしまった。


 それから数日が経ち。すっかり回復したディールは、国王に呼び出され謁見の間へと向かっていた。


 ──何か緊急の仕事でも頼まれるのだろうか?


 そう思うディールだったが、彼の予想は大きく裏切られる事となる。


 謁見の間へと向かう途中の中庭で、ディールは仲睦まじく寄り添い合うティナ王女と、異世界から召喚された勇者の姿を目撃してしまう。

 一度も見舞いにすら来なかった事で、ディールはある程度察しがついていた。

 ティナは元々、名声や肩書きに弱いタイプの女である。恐らく彼女は既に、自分に対して完全に興味を失っているのであろう。

 この時点でディールは、王に呼び出された理由につい何となく悟った。

 しかし、そんな彼の予想は更に悪い方向へと流れていく。


「今までご苦労であったな。お前にはずいぶんと働いてもらったが、これからは子爵として領地の経営に励むが良い。お前に与える領地はグリーラッド地方である。武勇と智略に長けるお前にしか任せられない地域であるからして、かの地で存分にその力を発揮するが良いぞ」


 グリーラッド地方とは、敵対するアメリア王国と領有権を争う地域である。

 そこは度重なる戦争により荒れ果てており、その場所に住む者など一人として居ないような酷い地域であった。

 かつて前線基地として使われた古城が一つ有るくらいであり、それ以外はただひたすらに何もない荒野と、一本の木すら生えない岩山が存在するだけの地域なのだ。


 聞かずとも理解できたので、敢えて訊く事はしなかったディールだが。王の方から婚約の件についての話を、特に悪びれもしない感じで告げられる。


「それと、ティナとの婚約の件だが。申し訳ないが破棄と言う事にさせてもらうからの。理由は、彼女が聖女として勇者様……と言っても勿論お前の事ではないぞ! 異世界の勇者様にお仕えする事になったからだ」

「全て仰せつかりました国王陛下」


 機械的にそれだけ言って、一礼するディール。


「うむ、話は以上だ。下がれ!」


 非情にも、それ以上労いの言葉すらなく、さっさと帰れと言わんばかりの国王。

 そんな王に対し、ディールは怒りよりも呆れの感情を覚える。しかし、何も文句さえ言わなかったのには彼なりの理由があった。


 そもそもディール自身は、名声や富などにそれ程の執着はない。それを実現する為に一生懸命働いていたのは、偏に自分を育ててくれた親に対する恩返しの気持ちであり、特に自分を可愛がってくれていた父の喜ぶ姿が見たかったからなのだ。

 自分の実力についても自信が有り、いざとなればゼロからのスタートでも、再び名声や富を得るくらいの事は容易だと彼は思っていた。


「父上は、さぞかしガッカリする事だろうな……」


 そう独り言ちるディール。廊下をすれ違う人々の冷やかな視線を余所に、彼は誰に見送られる事もないままに王宮を去っていく。


 一旦、王都内の屋敷に帰ったディールは荷物を纏めると、勇者としての二年間、世話になった我が家に別れを告げる。

 彼に迎えの馬車などは無い。

 王から与えられた(押し付けられた)グリーラッドへ行く前に、実家の領地へと向かい父母に挨拶をする事にした彼は、一人淋しく歩き始めた。


 三日の道程を経て、実家が有る城の敷地内に入ったディールに対し使用人達が次々と声をかける。


「ディール様! お帰りなさいませ! お久しぶりのご帰還ですね?」

「あっ、ディール様が帰られた! すぐに旦那様に報告しなくては!」

「お帰りなさいませディール様! 今度また冒険のお話を聞かせてくださいね!」


 彼は、侯爵領の民からけっこう慕われているようだ。

 そんな彼の帰還を喜ぶ者達に対し、気まずい気持ちになるディール。勇者の称号を剥奪された上に、これから僻地へと追いやられるなんて、とても彼らには言う事ができない。

 重い足取りながらも、ようやく城の前にたどり着いた彼は、二番目の兄であるスネイクに出くわす。

 スネイクは、既に今回の件について知っていたようで、下卑た笑みを浮かべながらディールに対し絡み始めた。


「はははっ! とうとうお前もお払い箱か! ざまぁないな!」


 無言で通り過ぎようとするディールに対し、更に追い討ちをかけるスネイク。


「おい! 兄が話しかけてやってるのに無視か? まぁ、無理もないか! 勇者から何も無い辺境の子爵に格下げされちゃ、ショックで言葉もないよな!」


 スネイクは子供の時から何かにつけて、ディールに対して常に敵意を持って接していた。

 長兄は侯爵家を継げるわけだし、弟は天賦の才で将来安泰である。そんな二人に挟まれてしまえば、卑屈な性格になるのも仕方のない事だ。


「兄上……相変わらずだな……」


 彼を一瞥だけしてそう言ったディールは、無駄に相手をせずに、そそくさとその場から離れる。


「ちっ、相変わらず可愛げの無い奴だぜ!」


 そうは言いつつも、スネイクは上機嫌でそのまま街中へと繰り出して行った。


「お帰りなさいませ、ディール様。旦那様がお待ちでございますよ」


 城のエントランスで待ち構えていた執事のセバスが、そう言って父の部屋へと向かうよう促す。

 街中でディールの事を見かけた者が、急いで城に報告しに行っていたようだ。

 久々の対面を前に緊張しながらも、ディールは執事のセバスを伴いながら父の元へと向かうのだった。

国王に対するざまぁは、かなり早い段階で行われます。

奏多との決着は、最後の方になります。

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