第196話 揺れ動く気持ち
サークル活動が終わった後、メンバー達から歓迎会の誘いを受けたアル。
最初は、旦那が居るからと言って断ろうとしたが。女子部員の一人から「ちゃんと連絡さえすれば大丈夫よ」と強引に誘われ、結局断りきれなくなってしまう。
そういう訳で、彼女は旦那様に伺いを立てる為、一目につかない所に移動して彼に対し念話を送っていた。
『随分と攻めたな。まさかソニアが代表を務めるサークルに入部までするなんて、流石に積極的すぎやしないか?』
「流石にちょっと、まずかったですかね? 凄く面白そうだったし、つい勢いで……それに男子部員も大勢いるから、ディール様としてはその事も心配ですよね?」
少しだけ嫉妬して欲しかったアルは、最後にそう付け加える。
そんな彼女の気持ちを察したディールは、一応その事に関して釘を刺しておこうと考えたようだ。
『他の男に対して、色目を使ったりする気じゃないよな? その相手が後で悲惨な目に遭う事になるだけだぞ。もし、お前にちょっかいなんて出そうものなら、死んだ方がマシだって思うくらいの恐怖を味わわせてやる』
自分を喜ばそうとわざとらしく言っているのは理解しつつも、望んだ答えを聞く事ができて嬉しさを爆発させるアル。
「うふふ。大丈夫、心配しないでください! 私、他の男の人に色目なんて使わないし。向こうからちょっかいなんて出してきたら、私がぶっ飛ばしますからね!」
『まぁ、歓迎会を断るなんて無粋な事だから、行くのは構わないが。兎に角あまり無茶な事はしないようにな』
そう言うなり、ディールは念話を終了させる。
旦那様の許可を貰ったアルは、すぐにソニア達の待つ部室に戻っていった。
「あら? ディール教授の研究室まで行っていた割には、随分と戻るのが早かったわね?」
思いのほか早く帰ってきたアルに対して、ソニアはそう疑問を投げ掛ける。
イヤリングとガントレットを介して、念話のやり取りができる。なんて事を、魔道具を研究する人間達に言えば必ず面倒な事になるだろう。
そう咄嗟に思ったアルは「皆を待たせちゃ悪いから、大急ぎで走っていってきたよ~」と言って適当に誤魔化す。
走ってきたと言うわりに、全く息を切らしていない様子のアルに怪訝そうな顔をしながらも、ソニアはそれ以上つっこむ事はせず全員に移動を促した。
王都の繁華街に繰り出したサークルメンバー達だったが。そんな彼らを遠巻きに目撃する一団があった。
「イザベラさん、ソニア達ですよ。あいつら何処に向かうつもりなんですかね?」
「そんな事、私達には関係無いわ。さっ、行きましょ」
「でも、アルも一緒に居るみたいですよ」
アルの名を聞いて、再び注意深く彼らを観察するイザベラ。確かにその姿を確認した彼女は、急に不機嫌な様子となる。
「完全にあちら側に付いたって事ね」
彼女は独りそう言ちると、それ以上は何も言わず取り巻き達と共にその場を後にするのだった。
☆☆☆
歓迎会が終わった後、一人学生寮に帰宅したソニアだったが。そんな彼女を部屋の中で待ち構える者があった。
自室に入る直前、異様な気配を感じた彼女は、すぐにその事に気づく。
「何の用? ブルーズ。ここは女子寮よ」
部屋に入るなり彼女がそう言葉を発すると、黒い霧が突然立ち込め、その中から貧弱そうな男が現れる。
「淑女にでもなったつもりか? ソフィア。お前にしては、随分と苦戦しているみたいじゃないか?」
「なかなかガードが堅いのよ。そもそも本当に学園の理事長が、アスモデウス様のおっしゃるバラク様なのかすらも怪しいわ」
「我らが主のおっしゃる事が、間違っているとでも言いたいのか? 本当は仕事そっちのけで、学園生活を満喫しているとかじゃないだろうな」
ブルーズにそう指摘され、少しだけ慌てた様子ですぐにそれを否定するソニア。
「そんな事あるわけないじゃないの! 外堀は少しずつ埋めていってるわ。それより厄介なのは、勇者とその妻が学園に居る事ね」
ソニアは、その事を既に魔王に対し報告していた。しかし、主からの指示は、目的が明らかになるまで手を出さないように、というものだった。
「それで、奴らの目的については掴めたのか?」
「それが、全くわからないのよ。アスモデウス様からの指示も有るから、下手につけ回したりもできないし。あいつら問答無用だから、正体がバレたりしたら間違いなく即座に殺されてしまうわ」
「ふんっ! 不死身の四天王が聞いて呆れるな」
「あの二人が、どんだけ化け物なのか。あんたは見てないから、わからないのよ! あいつらを相手にしたら、カーリィの肉体なんて何の役にも立たないわ」
そうは言われても、実際にその場に居なかったブルーズは「大袈裟だろ」といった感じで真面に取り合う気もないようだ。
本気で怯えた様子を見せるソニアだったが。そんな彼女に対して、ようやく真剣な表情に変わった彼は重大な話を告げにきた事を明かす。
「兎に角、このまま進捗がないようなら、最悪バラク様の事は諦めるしかないな。戦いが始まったとしても、せめて中立さえ保ってもらえれば良いのだからな」
「どうしてよ。私の事が、そんなに信用ならないって言うの?」
「別にそこまで言うつもりもないが。今日は、一応そういう心づもりでいて欲しいと言う話を伝えに来たんだ」
「どういう事よ」
「六将星がついに召集に応じたぞ」
その名を聞いて、落胆した様子を見せるソニア。
六将星が召集されたという事実は、魔王アスモデウスがついに最終決戦に挑むつもりである事を意味していた。
しかし、僅かな期間だったとはいえ学園生活を送る中で、彼女はいつの間にか戦う事を避けたいと考えるようになっていたのだ。
「わかったわ……でも、六将星が召集に応じたからって、闇雲に戦争を起こす訳じゃないわよね? しばらくは作戦を練り直す事になるだろうし、また動きが有ったら教えてちょうだい」
「確かに今すぐという訳じゃないがな。大陸の王国全てが結束したようだし。ホムンクルスの軍団も、何故か全て消滅してしまったようだ。そんな状況では、いくら最高戦力が揃ったとはいえ、そう簡単にはいくまい」
ブルーズがそう言い終わると、廊下から複数の女学生の話声が響く。
それをきっかけに、そろそろ潮時だと思った彼は「兎に角そういう事だから、いざという時にはすぐに戻れるようにしておけ」と言い残して、再び黒い霧の中に消えてしまう。
残されたソニアは、そのまま力なく椅子に座り込み、テーブルに顔を伏せるのだった。