第193話 サークル活動
イザベラは、あの一件以来アルに対して話しかける事はなかった。
衝撃的な告白を聞いた事も理由の一つなのだろうが。何よりも彼女としては忠告を無視して、相変わらずソニアに絡んでいる事が気に食わないようだ。
因みにソニアの方は、アルによって付きまとわれ逆に迷惑していた。
彼女にしてみれば最初にアルに接触した目的は、ちょっとした探りを入れる事と、すぐに正体がバレてしまわないかどうかを試す為であった。
本人としては正体がバレていないと思い込んでいるので、そうであればリスクを抑えるには、なるべくなら接触を避けるに越したことはない。
変に避けすぎても疑われるので、話しかけられた場合のみ普通に応対すれば良いのだ。
ソニアはそう考えていた為、自然とアルから距離を空けようと努めていたのだ。
しかし、なるべくなら避けたいと考える彼女に対して、アルは事あるごとに積極的に絡み続けていた。
そんなある日の事。
サークル活動に参加しようと移動中のソニアを目ざとく見つけたアルは、悪戯な笑みを浮かべながら声をかける。
迷惑そうにしていた眼鏡っ子の心情など敢えて察する事はせずに、彼女は強引に話を始めた。
「ソニアの故郷が有るっていうキナワーハ島って、伝説の島なんだってね」
「そ、そうね。どうしてそれを知ったの?」
「大陸の地図を調べても、そんな島の名前なんて何処にも載ってないから、旦那様に聞いたの。そしたら伝説の島だって教えてくれて」
アルが話した内容に、今回ばかりは探りを入れる必要があると判断したソニア。
その理由は自分達が現在、根拠地にしている場所と関わりのある話だったからだ。
「島の伝説なんて、地元民しか知らないと思っていたわ」
「地元民? 島に住んでいる人の事?」
「ごめんなさい。私、嘘をついていたの。平民だし、地元自体がアーモイっていう寂れた田舎の港町だから、場所を特定されて馬鹿にされたくなくて……地元で伝説になっている島の名前を咄嗟に出しちゃったのよね」
よくもまあ、そんな嘘をつけたものである。
実際には、キナワーハ島が根拠地などという訳でもなく。彼らの根城は、そこを経由していく事ができる場所にあったのだが。
彼女としては、万が一勇者ディールがその場所についても特定していた場合に備え、ワンクッション置く事で予防線を張ったつもりでいたのである。
そもそもソニアがキナワーハ島の名前を出した理由は、むしろ誰も知らないだろうと考えたからである。
名前すら聞いた事のない場所であれば、余程自分に対して興味がある人間以外は、何処にでもある田舎町の一つくらいに考えて気にも止めないはずだ。
実際に今まで地元の事を、そこまでつついてくる者など誰も居なかった。
しかし、よりにもよって一番知られたくない相手からその事をつつかれるとは思いもよらず。ソニアは、想定外の出来事に困惑する。
そんな彼女を余所に、話を続けるアル。
「自分の地元には誇りを持った方が良いと思うよ。私の故郷だって何も特長のない村だけど、自然が豊かで景色が良いところは好きだしね。人間関係では、かなり苦労したけど……」
「そうね。私も地元が嫌いとか言う訳ではないわ。ただほら。何処でもそうなのかもしれないけど。ここって特に貴族とか豪商とかの令息令嬢が多いでしょ? 身分マウントを取られるのもただでさえウザイのに、地元の事についてまで事あるごとに弄られるのは面倒なのよね」
「それ、すごくわかる~!」
敢えて意地悪のつもりで話しかけていたアルだが、今回ソニアが言った考えに対して彼女は本気で同調してしまう。
自分の意見に本気で共感している様子を見せる宿敵の妻に、ソニアは少しだけ感情が動いた。
「あの……部員達が待っているし、そろそろ行かないと……」
「あっ、ごめん。それよかさ~。ソニアの魔道具研究会って、そんなに部員さん大勢いるの? 私もちょっと興味あるんだけど……」
アルにそう言われ、当然内心では迷惑に感じるソニア。
しかし、友人だと言っておきながら、今まで自分が代表を務めるサークルに誘わなかったのは確かに不自然極まりない事である。
ましてや相手側からそれを言われてしまえば、もはやはぐらかす事さえできない。
咄嗟にそう考えたソニアは、渋々サークル活動の誘いを本当は受け入れたくない相手に対してかける。
「あら、アル。あなたも魔道具研究会に興味があったの? そうは見えなかったから、声をかけようと思っていたけど躊躇していたのよ。そういう事なら、これから見学だけでもしにこない?」
「うん! 行くよ~。サークル活動、なんか楽しそう」
アルの言い様から、魔道具研究会自体に興味が有るのではなく、サークル活動自体に興味が有ると感じたソニアは言う。
「サークルは他にも沢山あるから、何も一つだけ見て入るかどうかを決めないで、他もいろいろと見学してから決めた方が良いんじゃないかと思うわよ」
「うん、わかってるよ~」
そうあっけらかんと返事はしつつも、アルは彼女が最近ウザ絡みしてくる自分を避けていると自覚していた。
何かを企んでいるかもしれない彼女を監視する為には、こちらも気づいていないふりをして友人というポジションを維持する必要がある。
最近自分を避けがちな彼女と同じサークルに入る事は、それを実現するうえで非常に合理的な判断だ。
天然に見えて意外とあざといアルは瞬時にそう考え、見学するまでもなく彼女のサークルに入る事をその場で決めていた。
しかし、このアルの下した判断が両者にとって予想だにしない展開を生むとは、この時の二人には知る由もない事であった。




