第1話 神託
「管理No.4、目覚めるのです」
そう女性の声がする。
「あなたの行き先は、ルーシアだと言われているわ。お久しぶりの出番だけど、うっかり途中で死んだりしないでね! それじゃ、いってらっしゃ~い!」
ここはルーシアと言う世界。そこに有る最も大きな大陸ムーンガルドに、一人の男の子が誕生した。
彼の名はディール。
ヴァーニア侯爵家の三男として生を受けた彼は、この世界の人間には珍しく、黒髪に黒い瞳を持って生まれた。
彼の生家であるヴァーニア侯爵家は、ムーンガルド大陸最大の国家であるサマルキア王国の一貴族である。
貴族としては大した力もなく、それ程の名家という訳でもなかったが。ある時そんな一族を歓喜させる出来事が起こる。
幼い頃から類いまれなる能力を持っていたディールは、その剣技と魔法の才能で国王に気に入られ、ついには勇者の称号を得て王女との婚約まで決まったのである。
当然、そこまでに至るには並々ならね苦労も有った。
魔王を名乗る魔族の討伐。
敵対する王家との戦争に司令官として赴き、圧倒的に不利な状態から自軍を勝利に導いた事も。
時には国の経済発展の為に、大規模な開発事業を指揮する事さえあった。
順風満帆のように思えた彼の人生だったが。その状況に陰りが訪れ始める──
ある日突然、国王に神からの啓示が下される。
神託を受けたと称する国王によって、国中の貴族達が王宮に集められ、その内容についての発表が為された。
「ついに我が国にも異世界からの召喚者が下される事となった! 我が国が建国されて以来、五百年。ようやく悲願が叶う事となったのだ!」
王の発表を受け、大臣の一人から質問が飛ぶ。
「魔王なども既に討伐されたタイミングで、何故今さら召喚者の啓示など下されたのでしょう?」
「そんな事は知らん! とにかく神の声によると、召喚された勇者達は代行者であり、その行いは絶対であるとの事だ! また、今後は彼らを国の象徴とし崇め奉るようにとの事でもあった」
「それで召喚の方法については、どのようにすればよろしいのでしょう?」
「つい先日、新しく発見された樹海文書の最終章に書かれた内容が、その方法なのだそうだ」
樹海文書とは、経典や未来についての予言などが書かれた書物であり。大陸中央に有る大樹海からよく発見される為そう呼ばれていた。
因みに今王国に有る樹海文書は、全てディールが樹海を探索中に発見した物であった。
そして、召喚の儀式が行われる日となり──
大聖堂の中央に描かれた巨大な魔法陣の周りに百人の司祭達が配置され、聖歌のような歌が繰り返し歌われる。
早朝からずっと続けられたその作業だったが。夕方近くになって、ようやく描かれた魔法陣に変化が表れ始める。
輝きだした魔法陣の光が収まると、そこには四十人の若い男女が召喚されていた。
召喚された彼らに対し、教皇からこの件についての説明が行われる。
殆んどの者が、いきなり起きた理不尽な状況に泣き叫んでいたが。何故か数名は、嬉しそうにしている者もいた。
そんな彼らの中で、リーダー格と思われる少年が言葉を発する。
「あの、こんな理不尽な事いきなりされて『はい、そうですか』って訳には普通いかないと思うんですが。俺達がここに残る事を拒絶したら、一体どうするつもりなんですかね?」
「あなた方は、神のご意志により召喚されたのです。今はまだ理不尽に感じられるでしょうが。いずれは、その崇高な使命に目覚められる事でしょう」
全く話にならないとばかりに両手をあげ、やれやれといったポーズを取る少年。
そんな彼を余所に、教皇は話を続ける。
「あなた方は、神から強力な恩恵を授けられ召喚されてきているのです。今からその内容を確認いたしますので、お一人ずつこの水晶の前にお立ちください」
力が有ると聞いて興味を引かれたのか、言われるがままに水晶の前に立つ少年。
その直後、再び司祭達が別の歌を歌い始め、水晶と少年の体は強烈な光に包まれる。
光が収まると、水晶の前には荘厳なデザインの長剣と、一枚のプレートが置かれていた。
「そのプレートを手に取り、ステータスオープンと言ってみてください」
教皇に言われるがままに「ステータスオープン」と少年が叫ぶと、目の前には半透明に光る緑色のパネルが出現し彼のステータスが表された。
名前 天司 奏多 年齢 17歳
天職 勇者
天啓レベル68
腕力 18(2,818)
敏捷 17(2,817)
体力 21(2,821)
光力 2,800
光力操作 650
アクティブスキル
光爆覇レベル20 神の息吹きレベル20 舞空レベル10
防御結界レベル10 空間結界レベル3
パッシブスキル
全状態異常無効 全属性耐性レベル10 自動再生レベル2
召喚されたばかりの彼は、何故か最初からレベルが68も有った。
他の者達も次々と確認が行われたのだが。やはり皆レベルは1からのスタートであり、彼が特別な存在である事は明白だった。
少年のステータス表示を見て、同席していた国王は歓喜する。
「流石は天界から使わされた勇者様だ! 国家認定の似非勇者などとは訳が違う!」
続けて国王は、更にとんでもない事を言い出す。
「早速ですがその力、是非ともすぐに拝見したいものですな。どうでしょう? 力試しに、そこの我が国認定の勇者と、これから試合をしてみると言うのは?」
雇われ勇者の身であるディールとしては、断る事もできない。
実際に力を試してみたいと思った奏多も、その話に乗り気になっているようであった。
この後、歓迎の宴が催される予定となっていたのだが。急遽、召喚勇者の力試しをする為の御前試合が行われる事となり。ディールは、その相手をする事となってしまう。
「なるほど、スキルの名前を言うだけで良いんだな。わかった」
試合をする場所へと向かう途中で、奏多は何やらブツブツと独り言を呟いていた。
近衛騎士団の練兵場に移動した観客達は、二人の周りを取り囲むように配置されていたのだが。試合が始まって早々、強烈な気を集中し始めた奏多に対しディールは思わず叫ぶ。
「こいつイカれてるのか!? こんな状況でそんな技使うなよ!」
「光爆覇!」
ディールが叫ぶと同時に、奏多は自身の前方に作り出した巨大な光の玉を射出する。
避けてしまえば後ろにいる国王と教皇、婚約者のティナ王女は確実に消し炭となってしまうだろう。かといって防御結界で受けようものなら、その衝撃波で多数の死傷者が出るのは確実だ。
瞬間的にそう考えたディールは、自身の肉体でそれを受け止め、その威力を相殺する事を選択した。
全身の皮膚が裂け、血を吹き出しながら地面に両膝をつくディール。
そんな彼の行動の真相も知らずに、国王が放った言葉は冷酷なものであった。
「流石は天界から使わされた勇者様です! 国家認定の似非勇者などとは訳が違う! ささっ、宴の用意も既に終わっているようですので、すぐにそちらへご案内いたしましょう!」
その後、王宮内の医務室へと運び込まれたディールであったが。誰一人として、彼の様子を見にくる者など居なかった。