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第17話 兄と妹



 奴隷市場を出るまでの間、集団の前後左右を商会の護衛達が付き添っていた。

 しかし、ポータルを見られるのはまずいと感じたディールは、市場を出た辺りで彼らに対して店に帰るように促す。

 商会のオーナーであるオットーの話では、一番の年長者が15才の少年で、下は11才の少女だという話だった。

 護衛達が帰った後、一人の少年が明らかに挙動不審な態度を示し始め、それに気づいたディールが彼に対して問う。


「おい! お前、名前は何て言うんだ?」


 ディールにそう問われた少年は、彼の事をきっと睨み付けるだけで答えようとはしなかった。


「ふう! 逃げ出そうと思ってるんだろうけどな。お前くらいの年だったら、世の中の道理くらいわかるだろ? 確かに奴隷紋は付与してないけどな。ここで逃げ出したところで、また奴隷狩りにでも捕まって別の商会に売られちまうのがオチだぞ?」


 その話を聞いて、ようやく口を開く少年。


「奴隷紋さえ無ければ、俺くらいの歳なら何処にだって働き口は有るさ! 誰が村を見棄た奴なんかに付いていくもんか! ()()の父さんと母さんを返せ!」

「あのな……」


 やれやれと言った感じで、ディールが話をしようと口を開いた瞬間。アルは、過敏に反応して捲し立てる。


「あなたね! ディール様は好きで王宮を出たわけじゃないんだよ! あなただって知っているでしょ? 異世界から新しく勇者が召喚されて、そのせいでディール様は王宮を出ていく事になったの! 魔物の群れが暴れだしたのを討伐しに行かないのは、新しい勇者達がサボっているせいであって、ディール様のせいじゃないよね? 小さい子供じゃないんだから、そんなお門違いな事を言って当て付けするのはやめなさいよね!」


 物凄い勢いでそう捲し立てるアルに圧倒され、ディールと少年は驚きのあまり押し黙ってしまう。


「うっ、五月蝿いブスッ!」


 やり場の無い怒りによって、思わずそう声を絞り出す少年。

 彼にブスと言われ、涙目になりながらアルは叫ぶ。


「ディール様~っ! こいつ私の事、ブスって言いました~っ!」


 そんな彼女の訴えには相手せず、ディールは少年に対して諭す。


「まぁ、逃げたいって言うなら、別にここで消えてもらっても一向に構わないけどな。俺と一緒に来るなら、少なくとも奴隷の身分としては扱わないぜ? 仕事はしてもらうが、食事や給金は出すし休日だって与える。今後の働き次第では、俺の騎士にしてやっても良いしな! どうだ? お前がブスって言った彼女の話じゃないけど。ガキじゃないんだから、どっちが得かくらいはわかるんじゃないのか?」


 ディールの問いに対して黙り込んでしまう少年。

 そんな彼に、一人の少女がそっと側に寄り添い語りかける。


「お兄ちゃん、勇者様と一緒に行こ? 私は、お兄ちゃんと一緒なら何処にだって行くけど。きっと勇者様なら私達に酷いことなんてしないと思うよ? それに、そのお姉ちゃんが言った通りで、お父さんとお母さんが殺されちゃったのは、勇者様のせいなんかじゃないよ」


 妹にそうは言われたものの、納得いかない兄は唇を噛み締める。

 そんな兄の様子に、妹は自己紹介をしたうえで、その理由について説明を始めた。


「私の名前はミグです。こっちは兄のマギって言います! お兄ちゃんは、ずっと、魔王殺しの勇者様に憧れていました……あの日も、必ず勇者様が助けに来てくれると信じて……」


 余計な事をあまり喋って欲しくないマギは、そんな妹の言を遮るように叫ぶ。


「ミグ! 余計な事を言うな!」


 兄の怒鳴り声に驚き一瞬黙るミグだったが。そんな兄の言には構わずに話を続ける。


「お兄ちゃんは、きっと勇者様が助けに来てくれるって、最後まで神様に祈ってました……でも、私達の目の前で、お父さんもお母さんも魔物に殺されてしまったんです。何とか私達二人は、村から逃げ出す事ができましたが。その後で悪い人達に捕まってしまって……」


 二人の事情を聞いたディールは言う。


「そうか、辛かったよな……俺は神様に遣わされた人間ってわけじゃないから、全てを見通せるわけじゃない。お前らの事情には確かに同情するが、死んでしまった者はもう生き返らないんだ。せっかく拾った命なんだから、これからお前らが精一杯生きなきゃ、死んだ両親も安心して天国で眠れないだろ?」


 ディールのかけた言葉は月並みではあったが、妹のミグは得心した様子で頷く。

 兄のマギは、その言葉が響いたのかどうかはわからなかったが。それ以上何も言う事はなかった。


 路地裏に設置したポータルの場所まで移動した一行は、アルを先導者として十人一組で次々と城へと運ばれていく。

 最初は怪しげな光の柱の中に入るのを躊躇っていた少年少女達だったが。意を決した勇気有る十人がアルと共に先行する。

 すぐに彼女だけ戻って来たのを見て安全だと判断したのか、彼らは次々と順番に移動を開始した。

 例の兄妹を含めた、最後の十人と共にポータルの光の中に飛び込むディール。


「勇者殿!」


 ディールがポータルを出るなり、虎の獣人男がいきなり声を上げる。

 どうやらアルは、既に目を覚まし、置き手紙を見て待っていたガルドに対して全てを説明していたようだ。


「おう! ガルドのおっさん、目覚めてたか。仮死状態だったから気分は最悪だろ」

「うむ、まだ頭がかなり重いようです。しかし、仮死状態とは、一体どういう事なのですか?」

「あー、急所は一応、外してあったんだ。すぐに傷も塞いだしな。神気の力で、おっさんの心拍数を極端に弱めて、他者からは死んでいるように見せかけたんだ」

「神気の力? それは、神の力と言う事ですか?」

「さあ、どうだかな。俺のステータス表示には、それが一体何なのかはよくわからないけど。そう表示してある。だから俺も、そう呼んでいるだけだな。まぁ、いろいろと便利な力なんだぜ」

「ステータス? 冒険者の持たされるプレートに書かれているアレですか?」

「まぁ、そんなところだ。ところで、おっさん! 何でさっきから俺に対して敬語なんだ?」

「それは、魔王殺しの勇者殿と聞けば、誰でもそうなるでしょう? 私もあなたの事は、以前から尊敬していました。それより、そのおっさんと言う呼び方だけは、どうにかなりませんでしょうか?」

「あ、ああ、済まなかったな! じゃ、あんたの事はこれから、ガルドって呼ばせてもらう。改めて言うけど、俺の部下になってくれないか?」


 ディールにそう問われ、ガルドは光の中から次々と現れた少年少女達の胸元を確認して少し考え込む。

 その様子を察したディールは、ガルドが口を開くよりも先に昼間の事情について説明を始めた。


「なにぶんグリーラッドは、誰も住まないような土地だからな。領地の民を得る為に、こいつらを買ったっていう訳だ。昼間、剣闘士の大会に出ていたのは、まぁそう言う事だな。アントンの本心を知って、あんたの事が惜しくなったんで一計を案じたっていう訳さ」


 ディールの説明を受け、ガルドは納得した様子で頷く。

 そして、彼はディールに対し、自身の事についていろいろと語り始めるのであった。

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