第16話 今日からお前ら俺の領民な
小綺麗になった二人は、夜の奴隷市場に来ていた。
奴隷は、昼間にも街中で路上販売しているのだが。夜市の方が仕入れたばかりの元気な者が多い。
そのため労働力として購入するつもりなら、こちらの方が当たりを引きやすいのである。
昼間に路上販売している奴隷は、売れ残ってしまった者が中心であり、売れ残るという事はそれなりに理由が有るものだ。
「へへへっ! なかなかの上玉を連れてんなー! その娘なら、高く買うぜ!」
アルを連れたディールに対し、遅れて奴隷入荷をしに来た者だと勘違いした男が、下卑た笑みを浮かべながらそう声をかけた。
「失礼な奴だな! 俺達は客だぞ?」
はっきりとそう宣言し、その男を睨み付けるディール。
「し、失礼しました! どちらかのご令嬢の護衛の方でしたか?」
「ま、そんなところだ! さぁ、行きましょう、お嬢様」
勝手にそう思った男の勘違いに乗っかり、ディールはフザけた感じで恭しく言ってみせる。
アルは、去り際に舌をベーっと出し、怒りの意を男に対して表した。
少し行った所で、ディールはアルに対して言う。
「良かったなアル。上玉だってよ」
「ディール様までそんな事言うなんて、酷いですぅ~! て言うか、どうしてちゃんと私の事を、妻だって言ってくれなかったんですか!?」
「いや、別に妻じゃないだろお前!」
「じゃ、私は、ディール様にとっての何だと言うんですか?」
アルにそう問われ、改めて考えてしまうディール。
「妻? かな? ……て言うか、そもそもお前は、こんな俺の嫁で良いのかよ?」
「良いもなにも、強くて優しくて、それでいてカッコいいディール様の妻になる事に、どんな不満が有るって言うんですか? 今、私とっても幸せです!」
どストレートにそんな事を言われ、明らかに動揺するディール。
彼は今まで女性から、こんな褒められ方をする事など一度も無かったのだ。
単なる婿として、完全に自分の事を見下す王女のティナ。
敵意しか向けてこない、幼馴染みのエマも然りである。
実の母親ですら、内心では自分の事を恐がっていて、基本的にはあまり関わっては来ない感じだった。
「ありがとな! アル」
少し照れながらそう言うディールに対し、今度はアルが面食らってしまう。
礼を言われた理由が、よくわからなかったアルは「い、いいえ……」とだけしか言う事が出来なかった。
一番元気の良い客引きの居る店に入った二人が、ショーケースの中に入れられた奴隷達を物色していると。如何にも怪しげな風貌の中年男が話しかけてきた。
「どんな奴隷をお探しで? そちらのお嬢様の、身の回りのお世話をする者ですかな?」
「ああ、まぁ、そんなところだ。十代の元気の良い男女を百人くらい欲しいんだが。この店なら品揃えも良さそうだし、俺達の要求に応えられそうだと思ってな」
百人と聞いて、喜びよりも驚きを隠せない奴隷商の男。
「ひゃ、百人ですか? 勿論、それくらいの人数は揃えておりますけど。まとめて買うにしても、200万Gくらいにはなってしまいますよ?」
「200万Gか、わかった。値切ったりしないから、その代わり不健康そうな奴とか、売れ残りそうな奴とかを混ぜたりするなよ! 全員、元気そうな若い男女だ! 領地の労働力として使うんでな。男女の比率は、まぁ出来れば半々くらいで頼みたいが、そこは健康である事を優先する」
いろいろと条件を付けたディールだが。奴隷商の男は、気持ち良く即答する。
「勿論、それは大丈夫ですとも! ちょうど男女の比率も、半々くらいで御用意できると思います。私の店では、基本売れ残りでもしない限り、皆健康体ですよ! そういう者しか仕入れませんからね。しかし、本当に今日は、昼間の事と言い良い日だ」
やけに上機嫌な感じでそう応える男に対して、ディールは問う。
「昼間の事? 何の話だ?」
「いえね、昼間コロシアムで、私の商売敵が大怪我をしたうえに、破産したらしいのですよ。その大怪我をさせた男が、彼を破産させた張本人だったらしいですけどね。お客さん、ご存知無いですか? 優勝賞金も受け取らずに姿を眩ました、今日突如、彗星のごとく現れた英雄サガの事を?」
「ああ、その話なら確かに聞いたぞ。俺は剣闘士での賭け事なんかに興味は無いから、あくまで聞いただけの話だけどな」
平然とそう言ってのけるディールに対し、ジト目を向けるアル。
しかし、流石に天然の彼女とはいえ、そこは察して「一番それで稼いだ人が何を言ってるんですか?」という言葉は呑み込んだようだ。
ディールの要求に応じ、大慌てで店の者達と手分けしてショーケースの中に居る奴隷達を移動させる店主の男。
すぐに、言われたとおりの百人が店のフロアに集められた。
「お客さん、運が良かったですね! 今日はちょうど、元気な十代の奴隷達が百人ほど入荷したばかりなんですよ! しかし、この人数の奴隷達に契約の紋を施すには、かなり時間がかかってしまいますね~」
「奴隷紋か。それは要らないから、すぐにもらっていきたいんだけど。それで良いよな?」
「いえいえ、そんなわけにはいきません! 奴隷紋を施すのも、料金の内に入っておりますので。それに、万が一脱走したとしても、紋を施さなかった場合は保証いたしかねますが?」
「ああ、それでも構わない。200万Gだな?」
そう言ってディールは、アルに対して視線を向け金貨の用意を促す。
アルが例のローラー付き台車に乗った袋を開けると、眩いばかりのぎっしり詰まった金貨が顔を覗かせる。
男は、その輝きに目を見張った。
「領地の労働力とおっしゃいましたけど。お客さん一体、どのようなお方なのですか?」
「ん? そんなに俺の事に対して興味が有るのか?」
「い、いえ……ご無礼な事を訊いてしまったようで申し訳ありません。ただ、これからも御懇意にしていただけたら有難いと思いましてつい……」
「まぁ、良いさ。グリーラッドの領主として新たに任命されたディールだ! なかなか優良そうな店だから、これからも利用させてもらうと思うんで。その時はよろしく頼む」
グリーラッドの領主だと聞いて、驚きのあまり一瞬言葉を失う奴隷商の男。
しかし、すぐに気を取り直した彼は呟く。
「魔王殺しの勇者様?」
「なんだ。もう国中に広まってたのか?」
「え、ええ。そりゃもう。ディール様が王宮を追放されたせいで、今国中が大変な事になっておりますからね」
「魔物が増えた事か?」
「は、はい! 召喚された新しい勇者様達が、全く魔物共を討伐しないせいで各地で多くの村が全滅し、国中が難民で溢れかえっているのですよ。最近、奴隷の入荷が多いのも、それが理由でも有るのです」
そう聞いて、少しだけ申し訳ない気持ちになるディール。しかし、もはや自分には関係無いとばかりに「そうか……」とだけ呟いて、彼はすぐに支払う分の金貨を数え始めた。
支払いを終えディールが店を出る際、奴隷商の男が声をかける。
「これからも、オットー商会を御贔屓に!」
手で合図だけして、店を後にするディール。
百人もの奴隷達を引き連れたその異様な光景に、市場中の人々から注目が集まったのは言うまでもなかった。




