第156話 完全敗北の先に
「おっ……俺は……選ばれた……そう、選ばれた人間なんだ……母さんだって小さい頃からよく言っていたじゃないか……『かー君は特別な子なのよ』って……俺は……何でも人並み以上にできるし、容姿だって完璧……だ、だからハルバだって、俺を特別な存在として選んだはず……なんじゃないのか? だよな? そ、そうに決まってる! 俺は特別なんだ……俺は他の奴らなんかとは違う……ハハッ……ハハハ……」
小声でそんな感じの事を繰り返し呟き続ける奏多。
──あーこいつもうダメだわ。
完全に自尊心を崩壊させられたリーダーの様子に、先程まで心配そうに見ていた亜里奈は急に冷やかな目を向け始める。
頼れる存在として見ていた彼を、完全に見限った瞬間であった。
恐らくこの様子では、徐々に人格も崩壊していくはず。そうなってしまえば仲間であろうと見境いなく、そのチートな能力が牙を剥く可能性も無いとは言い切れない。
それだけ目の当たりにさせられた現実は、どうしようもないほど決定的な敗北という二文字であった。
コントロールさえ上手く出来れば、むしろ自分の言いなりにする事も可能かも知れないが。一歩間違えば、自分まで破滅の道を辿る事にもなり得る。
賢しい亜里奈は発狂寸前のリーダーを見ながら、瞬間的に今後の対応についてあれこれと思案する。
悠哉も、今の奏多の様子に対し、薄ら笑いをうかべながら冷やかな目を向けるばかりだった。
他の召喚者達も、絶対的な強さを持つリーダーの完全敗北には衝撃を受けたようである。
最初に奏多とは別の勢力を築こうと起案した和哉は、既に賛同していた仲間達の様子を見回す。
彼らも同様に、周囲の反応を窺っているようであった。
一人、また一人と、周りの者達とひそひそ話を始める状況に、今や反抗勢力の中心人物の一人となった賢人もポツリと呟く。
「アイツも終わったな」
そう言うなり彼は、無言で訓練場から出ようと歩き始める。
賛同者達も自然と足が進み、次々と彼の後を追随し始めた。
半数以上の仲間達が冷たくその場を離れていく事に怪訝そうにしながらも、残った召喚者達は一応リーダーの元に集まっていく。
誰も奏多に対して声をかける勇気が持てず、代わりに悠哉に対してどうするのかといった目を全員が向けていた。
「取り敢えず、奏多を部屋まで運び込むぞ!」
悠哉の声かけにより、二人の少年が奏多の両脇を抱え上げる。
殆んど歩く気力さえ失っていた奏多は、そのまま引きずられるようにして訓練場を後にするのだった。
☆☆☆
「随分とギリギリのラインを攻めましたわね?」
新たな地竜を調達する為に市街地に出たところで、ヴィラが唐突にディールに対して話しかける。
「そうか? もう少しいけただろ?」
そう素っ気なく返事する旦那様に対し、今度はアルが質問する。
「ディール様は、取り憑いている天使を消してしまう事だってできる筈なのに、どうしてそれをしなかったのですか?」
「正直、百発百中じゃないんだ。失敗すると、宿主の魂まで消してしまうからな。高度な外科手術みたいなもんだ。それに、奴らに大人しく帰ろうとする意思が有るなら、ヘキサがどうにかしてくれるって話だったろ?」
ディールの話に関して、補足を入れるヴィラ。
「あれだけの人数ですからね。失敗するしない以前の問題として、数名の処置が終わったところで一斉に天使達が分離し始めたかもしれませんわね。もしそうなったら、どんな被害が出た事か……想像しただけでも恐ろしいですわ」
そんなヴィラの話には構わずに、アルは再び旦那様に向かって質問する。
「じゃあ、本当にこのまま、あの人達を放置するつもりなんですか?」
「まあな。後は奴ら次第だ」
そう冷めた感じで返事するディール。
傍から見れば、召喚者達に対して恨みを持っていると思われても仕方の無い事だろう。
しかし彼は、むしろ感謝していた。今の状況を作り出してくれたのは、紛れもない彼らなのだから。
したがって、勇者の称号を剥奪された身としても、残虐の限りを尽くしてきた召喚者達に対する復讐の念など特に感じる事もなく。実力の差を証明して見せた後も、冷めた感情しか湧いてこなかったのだ。
何となく冷たい空気を感じ取るアル。
少しでも会話を弾ませようと考えた彼女は、ディールにとって一番どうでも良いと思うような事を話し始める。
「前の王様も、本当に馬鹿ですよね。ディール様の方が圧倒的に強いのに、あんなどうしようもない異世界人達を召喚して、代わりにディール様を王宮から追い出すなんて……」
「ハルバが実際には、この世界にとって敵だなんて誰も思っていなかったからな。俺の方が、完全に力が上だって事もわからなかっただろうし。まぁ普通に、そうなるべくしてそうなったと言ったところか」
「ディール様は、もっと怒っても良いと思いますけどね! ディール様って、何に関しても達観し過ぎなんだと思います」
アルの言葉を受け、少しだけ感情が揺さぶられるディール。
図らずも妻の投げかけた言葉は、彼にとって最も重要な要素の一つだったのだ。
妻の言葉に対し、少し思うところが有ったのか。しばらく考え込む様子を見せていたディールは、ゆっくりと語り始める。
「不思議だな……。最初から大きな力を持って産まれてきたせいなのか、昔からそこまで感情が激しく動く事はなかったんだ……いや、普通に怒ったり悲しんだりする事は有るぞ。だけどそれは、いつも小さいものでしか無かったんだ……」
沁々とそう語るディールの言葉に、アルとヴィラの二人はどう反応して良いのやらと悩む。
なんとも言えない空気の中歩き続けた三人は、ようやく行商達が露店を営む通りを見つけるのだった。
これにて十二章終了となります。次章は再び、ムーンガルド大陸でのお話になります。
久しぶりに、あの娘が再登場するかも?
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