第124話 亜神との関係性
自分の右腕にかぶり付くヴィラが、大人の女性に変化したのを見て、ディールは驚きのあまり吸血が長い事に対する突っ込みを入れるのを忘れてしまう。
愛する旦那様が何も言わないので、堪り兼ねたアルは彼女を引き剥がそうとする。
アルに額を手で押し退けようとされても、夢中で血を啜り続けるヴィラ。
「いい加減にして! いつまでディール様にかじりついているつもりなんですか!」
「もう少し! もう少しだけ!」
一回牙を抜いたヴィラは、欲望を抑える事ができずにそう懇願する。
「いや、もう十分魔力は回復しただろ?」
ディールにそう突っ込まれ、切ない表情を彼に対し向ける妖艶な美女。
絶世の美女であるにも関わらず、物欲しそうな目を向けるその顔は残念極まりない表情だ。
極上な味の血液を持つ男から、残念なものを見る目を向けられている事に気づいたヴィラは、ようやく我に返って自身の醜態を恥じ入る様子を見せる。
「すっ、済みません……呪いが解けて、元の姿に戻る程の高純度な血液を持つ人間など、世界に一人居るかどうかの事でしたので……」
「お前、実は敢えてだったろ? 本当は俺の血を飲ませてもらえるかもって期待してたから、ロブが帰りたいってなった時に、わざと必死で止めなかったんじゃないのか?」
ディールの指摘は完全に図星であった。
彼女は、ある事から勇者の血であれば、自身にかけられていた幼体化の呪いが解けるのではないかと考えていた。
その為できれば、それを試してみたいとも思っていたのだ。
自身が考えていた邪な気持ちを完全に見抜かれてしまい、ヴィラは同情を買うような目をディールに向け誤魔化そうとする。
そんな彼女の態度に、アルは当然の事ながら怒りの表情を向ける。
愛する旦那様の血液を沢山味わった妖艶な美女を、これからどう料理してくれようかといった表情だ。
彼女にしてみれば、幼い見た目の相手であればまだ可愛げもあると思えたが。明らかに魅惑的な美女の姿になった吸血鬼に、一切の容赦などなかった。
明らかに殺意を感じたディールは、彼女が手を出す直前に窘める。
「よせ、アル!」
愛する旦那様から声をかけられ、少し冷静さを取り戻すアル。
これはヤバいと感じたヴィラは、すぐにディールから離れた。
妻が一旦冷静になったのを見て取ったディールは、妖艶な吸血鬼美女に対して質問を始める。
「呪いって言っていたようだが。本当の姿がそれで、呪いによって幼女の姿に変えられていたって事なのか? そんで、その呪いは一体どんな奴にかけられていたって言うんだ?」
「ええ。今の姿が本当の私の姿なのです。解けたと言っても一時的であって、吸血の度合いにもよりますが時間が経つとまた幼女の姿に戻ってしまいます。それと一時とはいえ、幼体化の呪いが解ける条件としては特別な血でないとダメなようなのです」
「で? 誰にどんな目的で、そんな呪いをかけられたって言うんだ?」
「単なる嫉妬ですわね……まぁ、不可抗力だったというのもありますが。私にこの呪いをかけたのは、私の旦那様が正妻としている方ですわ」
冷たい目でヴィラの話を聞いていたアルだったが、旦那様という言葉を聞いて彼女は少し興味を示す。
そんな妻の変化を感じ取ったディールは、黙って話の続きを促すような視線をヴィラに対し向けた。
二人が真剣に話を聞いてくれる態度になったと感じたヴィラは、最初に自分が居た世界の事について語り始める。
「私が最初に居た世界は、アシェスと言う亜神によって創られた世界だという話でした」
「何でそんなに、他から聞いたような話し方をするんだよ」
「実際にその事を知っているのが、その神に関係する者達だけだからです。そして私も成り行きで、その関係者の一人となったという話なのですわ」
そこまで話したところで、昇降機は次の階層に到着する。
続きの話が気になったディールは、31階層に出た所で一旦休憩を入れると二人に告げた。
魔物共の襲撃を受けるのが面倒だと思った彼は、休憩する場所の周囲に結界を張り、少し落ち着いたところで再び話しをするようヴィラに促す。
全てを話さなければ済まないだろうと覚悟を決めた彼女は、自身が体験してきたここまでの経緯について包み隠さず語った。
「というわけで私は旦那様と共に、その女神からアシェスの魂魄の欠片を取り戻す為に彼女の住む大樹海へと足を踏み入れたわけなのですが……そこで女神の仕掛けていたトラップにかかってしまい、こことは更に違う世界に飛ばされてしまったのです」
「それで、その世界で出会った亜神とヴィラの旦那、そして俺の血を飲んだ時だけ、どういう訳か一時的に呪いが解けて元の姿に戻る事ができると……」
そう話を纏めるディール。
彼にとって一番興味深いと感じた話は、吸血の際に一時的とはいえ呪いが解けるという話だったわけだ。
正直それ以外の話は、自分とそこまで関係深いとは思えなかったのだが。彼女が出会ってきた亜神との共通点として挙げられるとすれば、まさにその事だけであった。
「それに関連する話として、ディール様に一つだけ確認したい事が有るのですが……」
ヴィラは、そう言ってディールの様子を伺うような表情を彼に向ける。いつの間にか様付けになっている事に対して、一瞬だけアルの表情は歪んだ。
「ああ。何だ?」
「ディール様も、ひょっとして異世界からいらした人間なのではないのですか?」
当然そんな事実などないのを自認しているディールは、すぐにその質問に対して否定する。
「いや、俺は正真正銘このルーシアの世界で生まれ育った人間だが? それとこれと、一体どういう関連性があるって言うんだよ」
「実は私の旦那様と、ここに来る前の世界で出会った方が、異世界から転生及び転移してこられた方なのです。そして、この御二方には深い関係が有りました」
その話を聞いて、ヴィラが言う亜神達と自分との間には全く関係性が無いと判断したディール。
しかし、彼女からいろいろと有益な話を聞く事ができ、彼はこの大陸に行くよう勧めてくれたノナに対し改めて感謝をした。
「まぁ、話は大体わかった。で、魔力が枯渇しそうになったら、血を飲ませてやれば良いんだな?」
思いもよらぬ事を言われ、歓喜の表情を浮かべるヴィラ。
それに反してアルは、とんでもない事をさらりと言い出す旦那様に対して、すぐに否定的な反応を示す。
「ちょっ、ちょっとディール様! そんな事、何でもない感じで言わないでください! 例えたまにだとしても、ヴィラさんに飲ませるくらいなら、私が全部吸い付くしてあげますからね!」
「変な事言うなよアル……お前は、ヴァンパイアなんかじゃないんだからさ……。ガブガブ飲まれる訳じゃないなら、たまに少し分けてやるくらい別に構わないだろ。その代わり、バリバリ働いてはもらうけどな」
とても納得できる話ではなかったものの、愛する旦那様の考えとあらばこれ以上反対する事はできない。
そう思い、苦虫を噛み潰したような表情をするアルだったが。
そんな彼女を余所に、ヴィラはホッと胸を撫で下ろした様子で宣言する。
「勿論ですとも! これから必ず、ディール様とアルちゃんの役に立ってみせると誓いますわ!」




