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第120話 ヴィラドリアの事情



 立ち話をするような内容では無い為、ディール達は受付でミーティングルームを借りて、その部屋に移動し話を始めていた。


「ある女神については、お話する事はできませんが」


 そう前置きをしたうえで、ヴィラは女神によってこの世界に飛ばされた経緯について話を続ける。


「私が異世界に飛ばされるのは、実はこれで二回目なのです……」


 異世界に転移させられるという話し自体そう有る事では無いうえに、二度目だと聞き益々この幼女に対して不信感を募らせる巫女。

 女神の事についても話せないという辺り、彼女は余計にそう感じてしまったようだ。


「何故、女神について話せないと言うのです? あなたが何か、良からぬ事をしたからではないのですか?」


 レイナにそう勘ぐられ、ヴィラはあからさまにその美しい表情を歪ませる。

 ヒタカミの巫女としては、その様子を見て自身の考えが的確だったと感じたようだが。何か良からぬ存在だと思われた幼女の出した答えは、彼女の予想を完全に裏切るものだった。


「こちらに来て、しばらく経ってから知りましたが。マスタードラゴンという巫女の長が、神々の頂点として崇める存在は、私の言っている女神と恐らく同じ存在でしょうね。はっきり言いますが、あれは邪神としか言い様のない存在ですわ」


 ヴィラの言っている女神が実際に同一の存在かはさておき、彼女の言うとおりこの大陸で多くの者が信仰する神々の頂点は、確かに女神という事になっていた。

 しかし、その女神の名については何故か語り継がれてはおらず。その存在を表す際には、単純に()()とされていたのだ。


 自分達が信仰の対象とする存在を邪神だと言われ、怒りを増したレイナの表情は凍り付く。


「あなたが言う女神と、私達が信仰する女神を同一の存在だと考えるのでしたら、その存在を邪神だと言うあなたの言葉は看過できる事ではありませんね」


 ヒタカミの巫女を完全に怒らせてしまったヴィラは、感情的になった事を少し後悔する。

 事情を全て説明したところで、こうなってしまえば同行の許可を下ろしてもらえるとはとても思えない。

 そう考えた彼女は、最悪この巫女と戦闘になっても押し通るしかない、と密かに決意する。


 一気に緊張が高まる中、そんな両者の心情を察したディールは仲裁に入った。


「どっちも化物染みた力を持っている者同士なんだ。こんな所でやり合ったら、多くの市民に被害が出てしまうぞ? とにかく俺としては、もう少し詳しく話を聞いてみてから判断を下したいと思うんだが」


 まるで決定権は自分に有るとでも言いたげなディールの言い様に、ロブは苛立ちを隠せない様子だ。

 しかし、互いに火花を散らす二人はこの別大陸から来た男が、この中で最も力を有している事を理解していた。


 この男がいる限り、最悪の事態にはなりにくいだろうと判断したヴィラは、少し冷静になって再び話し始める。


「私も、女神の存在がどういったものかについて詳しい事はわかりませんが。とにかく彼女の目的は、一人の亜神を独占する事のようなのです。そして、その亜神の協力がない事には、ハーベ……こちらではハルバと言うみたいですが。そのハーベの計画を止めるのは非常に困難な事になります」


 ヴィラドリアの口からハルバの名が出た事で、怪訝な顔をしながら話を聞いていたレイナの目の色が変わる。


「ちょっと待ってください! それじゃあなたも、ハルバの計画を阻止しようとしている側だと? しかし何故、古の神々の頂点に立つ女神が、それを邪魔しようとするのです?」

「何となく伝わったようですね。そのとおりですわ。女神は私達が近づく事を拒絶しているのです。恐らくは、囲っているその亜神を、絶対に手放したくないからなのでしょうね」


 そう聞いて、落胆した様子で呟くレイナ。


「そんな……私達の信仰する女神が、全ての人間が滅ぼされるような事になるのを、黙って見過ごすはずなんて有りません……」

「それだけその亜神の事が、各世界に住む人間達よりも大事なのでしょう。現在の状況としては、女神と他の神々が、その事を巡って対峙している状態なのです」


 状況については何となく理解できたものの、それがヴィラの行動に関する理由とはならない。

 そう感じたディールは、彼女に対して単刀直入に問う。


「要するにあれだ。その女神によってこっちに飛ばされてきたけど、今話してた理由でどうしても元の世界に戻りたいって事なんだよな?」

「ええ。その為には、この塔を攻略しなければならないという事がわかりましたので、どうしても中に入らせて頂きたいのです」


 その答えを聞いて考えを固めるディール。

 依然として悩んでいる様子のレイナに対し、彼は口添えする事にした。


「確かにこの女からは、僅かに邪悪な気を感じる。だが、言っている事におかしな所も無いようだ。このまま放置するくらいなら、むしろ俺達と一緒に行動させる事の方が正しい選択と言えるんじゃないのか?」


 ディールの考えを聞いても、レイナはまだ煮え切らない様子だったが。そんな彼女に対して、アルは決断を促そうと言葉をかける。


「大丈夫ですよレイナさん! ディール様は、破滅の竜って呼ばれていた黒竜さえも従える強さなんですから。万が一何か有っても、絶対に悪いようにはなりません! それに、彼女がおかしな事をするようだったら、私だって許しませんし」


 そう言うなり、アルのプラチナブロンドの髪とブルーの瞳は銀色に変化する。

 銀色に輝く光に当てられたロブは、意識を失ってその場に崩れ落ちてしまった。

 ヴィラとレイナの二人は全身に悪寒が走りはするものの、何とか意識だけは保つ事ができているようだ。

 少女が見せた力の片鱗に、レイナはその実力を認めざるを得ないと考えようやく決断する。


「わかりました……ヴィラさんの同行を許可致しましょう。万が一彼女が何かおかしな行動をした際には、必ず責任を持って適切な処置をお願いしますね」

「ああ、任せておけ!」


 巫女の許可が下り、ディールはそう短く返事をする。

 問題が全て解決したにも拘わらず、ヴィラは彼をじっと見つめながら、何故か考え込む様子を見せるのだった。

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