第11話 左手の痣に隠された秘密
ディールには、幼い頃から様々な物を生み出す能力が備わっていた。
その能力とは、彼のスキルによるものなのだが。スキルの名称を知ったのは、彼が五歳になった時に起きたある事がきっかけであった。
ある事と言っても、それ程大袈裟なものではなく。父のスコットから与えられた召喚勇者に関する伝承の本に書いて有った事を、彼が単純に真似してみたまでの話である。
生まれつき不思議な力が備わっている事を自覚していたディールは、自分にも召喚勇者のようなスキルが有るに違いないと思っていた。
そのため彼は、本に書いて有った通りステータスも開いて見る事が出来るのではないかと考えたのだ。
実際に試してみた結果、彼も異世界の勇者同様にステータス画面を開く事が出来てしまったという訳である。
ディールが空中に開いた、緑色に光る半透明のパネルにはこう書かれていた。
名前 ディール・ヴァーニア 年齢 5歳
称号 ルーシアの守護者
??レベル5
腕力 5(1,585)
敏捷 8(1,588)
体力 6(1,586)
神気 1,580
神気操作 3,698
アクティブスキル
生成レベル20 精製レベル20 変成レベル10
再生レベル10 反物質レベル20
パッシブスキル
全状態異常無効 全属性耐性レベル10 自動再生レベル5
自動神気制御レベル9,994
これらアクティブスキルの項目に有った能力により、ディールは物体を出現させたり消してしまったりする事ができた。
更には合金を作り出し、それを加工するなどもお手のものだったのだ。
このステータス画面を初めて開いた時。パッシブスキルの最後にある『自動神気制御』という項目を見て、ディールは過去に起きたある出来事を思い出していた。
父と母に、様々な文字についての記憶が有る事を知られてからすぐ後の話である。
しばらく続いた長雨のせいで、ヴァーニア侯爵家の領内では、河川が氾濫し未曾有の被害が出ていた。
ようやく水が引き、即座に被害状況の確認が為されたのだが。領内は至る所が被災しており、目を覆わんばかりの惨状であった。
町の復興作業が進んでいく中、城内にまで入り込んでいた瓦礫の山の撤去作業は後回しになっていた。
普段の生活にも支障をきたす状況に、一家は非常に困り果てていた。
「旦那様、城に有る瓦礫や流木の撤去作業を優先するわけにはまいりませんのかしら?」
メリッサが夕食の際、スコットに対してそう愚痴を溢す。
「無理を言うな! 領主として、民の生活を優先するのは当たり前の事であろう? まぁ、お前達には、不便をかけてしまって済まないとは思うが。もうしばらく辛抱してはくれまいか?」
スコットは、使用人達も総動員して町の復興に当たっていた。
その為、城内の方は後回しになってしまっていたのだ。
領主として当然の行いだとはいえ、このまま放置すれば両親の仲が険悪になってしまう。
幼いながらも、そう考えたディールは突拍子もない事を二人に対して言う。
「お城の中に入ってきたゴミの山が無くなれば良いんだよね? 僕が全部、消してあげようか?」
「ははは、そんな神様のような事が出来たら、苦労はないな」
父は幼い息子が、幼いなりに気を遣っている事を悟り、穏やかな表情でそう返す。
しかし、翌日になり城内の者達は信じられない光景を目の当たりにする事となるのだった。
早朝、いつも一番に起床する執事のセバスが、血相を変えてスコットの部屋へと行きドアをノックしながら叫ぶ。
「大変でございます旦那様! 至急ご確認いただきたい事が!」
連日の復興作業で疲れ気味のスコットは、少し不機嫌そうに返事をし、寝巻きのままドアを開けセバスに対して問う。
「何事だ! こんな朝早くから……」
「そ、それが旦那様! 敷地内に散乱していた流木の山が、全て消えて無くなってしまっているのです!」
「なっ、何だと!? それは一体どういう事なのだ?」
「は、はぁ……私にも、皆目検討もつきません。何者かが、夜のうちに城内の片付けをしてくれたとしか言いようが……」
「しかし、あれ程の量の流木を一晩のうちに片付けるなど、数百人がかりでもなければ不可能な話だ! しかも、そんな騒がしい作業をしていて、誰も気づかないなどという事があるのか?」
「ごもっともでございます! なので、私も朝起きて面食らってしまったのでございます!」
スコットは、そのままの格好ですぐに状況の確認に向かう。
確認の結果セバスの言うとおり、敷地内に有った流木の山や、それによって破損した跡である瓦礫の山は全て消えてしまっていた。
信じられない光景に、言葉を失うスコット。
ともあれ、考えたところで何もわからないので、彼はいつものように家族で朝食を囲むことにした。
朝食の際、その件について話す事を避けていたスコットだったが。妻のメリッサは、機嫌良さげにその話題に触れてしまう。
「昨夜のうちに町の者達を総動員して、城内の片付けを済まされたのですね? ずいぶんと静かに作業が為されていたようで、朝になるまで全く気づきませんでしたわよ」
「い、いや、それが……そうではないのだ……私にも何故、城内が片付いておるのか、その理由が全くわからないのだよ……」
そんな二人のやり取りに割り込むように、ディールは一人だけ眠そうに目を擦りながら言う。
「お母たま! お城が片付いて嬉しいですか?」
「それは勿論、嬉しいですよ。でも、お父様がご指示なさった訳ではないと言うのであれば、町の者達が自発的に作業に来てくれたのでしょうね。あなたのお父様は、とても人望が厚い方なのですよ」
母にそう言われ、褒めてもらいたかったディールは、少し不機嫌そうに真相を語りだす。
「僕が昨日言ったように、夜のうちにゴミの山を全部消したのでしゅよ? だから今、とっても眠いのです」
流石にそれは夢でも見ていたのだろう。そう思った次兄のスネイクは、弟に対して馬鹿にするような事を言う。
「お子ちゃまは、大魔道士になった夢でも見ていたんじゃないのか? まだ眠いなら、朝食の後で早めのお昼寝でもしたらどうだ?」
「本当に眠いから、食べたらお昼寝しましゅ……」
そこは実際に幼子のディールである。眠気に負け、兄の馬鹿にする発言に対して怒る余裕もなく。彼は、持っていたフォークをテーブルに落とし座ったまま眠りについてしまった。
そんな幼い息子の、微笑ましい姿をしばらく眺めていたスコットはある事に気づく。
「生まれた時から有る左手の甲の痣が、ずいぶんと濃くなってはいないか? まるで、何かの紋章のような形にもなっているように見えるが……以前から、そのような形であっただろうか?」
それからしばらくして、ディール本人も気づく事になる。
力を使えば使う程、左手の甲に有る痣は濃くなっていき、はっきりとした形を成していくという事を。




