第102話 アルの里帰り
ディールとアルの二人はガルドと別れた後、新婚旅行として大陸各地の観光を満喫していた。
旅行といっても、ゴッドディルの転移陣と各地の出口を行ったり来たりする、通常とはかなり異なった感覚の旅である。
一見すると忙しないようにも感じられるが。慣れてしまえば短時間でいろいろな観光地を回る事が出来るので、アルも非常に満足している様子だった。
一旦帰ってきた領主の部屋にて。休暇期間も残り少なくなり、ディールはふと思い出したかのように言う。
「そう言えばお前、故郷の村には帰らなくても良いのか? 考えてみたら、お前の事を一応養ってくれていた叔父さん夫婦に全く挨拶すらしないで、勢いに任せて出てきちまってたからな」
「そう言えばそうでしたね。でも、私の住んでいた村。特に観光なんてする所もないし、行っても何も面白い事なんて無いですよ?」
そう言って、今一つ気が乗らない様子のアル。
ディールは、本音としての彼女の気持ちを良く理解していた。
観光地の有無は別としても、あれだけ村中の人間から嫌悪の目を向けられていたのである。
今さら帰ったところで、面白くないと感じるのも無理もない事だ。
しかしアルを連れ出した時、彼女は挨拶していかなかった事を何となくではあるが気にしていたのも確かだ。
「まぁ、アルが行きたくないって言うんなら、無理にとは言わないけどな。今は幸せにやってるって事を、叔父さん夫婦にだけでも報告しに行ったら良いんじゃないか?」
愛する旦那様にそう言われ、少し悩んだアルは決断する。
「確かにそうですよね。きっと私が急に居なくなったからといって、誰も心配なんてしてはいなかっただろうけど。私自身が、ちゃんと故郷に別れを告げていかなかった事を、少し気がかりに感じていましたからね」
ディールは、そう笑顔で言うアルの、瞳の奥に隠された悲しみを感じ取っていた。
自虐的な事を言う若妻の手を引いた夫は、彼女を勇気づけようと自身の考えを述べてみせる。
「昔と違って小綺麗な格好もしているし、村の連中めちゃめちゃ驚くだろうな。あんな貧乏村に居た時に比べて、今は物凄く幸せにやってるんだって事を見せつけてやったら良いさ」
「貧乏な村は余計ですぅ~っ! 一応私の故郷なんですから馬鹿にしないでください! 確かに何にも無いのは事実ですけど、景色だけはとっても綺麗な所だったでしょ?」
膨れっ面でそう言って、怒った様子を見せるアル。
嫌な思い出しか無いように感じられるが、そんな彼女にも故郷を愛する気持ちは確かに存在していたようだ。
「ああ。済まなかった。アルの言う通り、自然の景色が美しい場所だったよな」
ディールは、軽い感じで謝罪しながら彼女の肩を抱き寄せる。
地元を馬鹿にされ、怒る様子を見せていた若妻は、すぐに機嫌を直して彼の胸に自身の顔を埋めた。
アルの故郷に近い転移陣の出口は、そこに至るまでに一日ほどかかる距離の場所に有った。
しかし、ここから彼女の住んでいた集落まで歩いていくとなると、三日は余裕でかかってしまう距離である。
そう考えると、転移陣を利用した方が遥かに早くそこまで移動する事ができると言えた。
彼女が住んでいた村へと向かう事に決めた二人は、部屋の転移陣を使って出口の有る廃神殿に移動する。
そこからすぐに、二人は広大な森林地帯の中を通り、故郷の村が有る方角に向かって進み始めた。
「これだけ深い森だったら、オーガくらい生息してても確かにおかしくはないよな」
ディールの呟きに対して、アルはあっけらかんとした様子で答える。
「そうなんですかー? 確かにこの森林地帯には、危険だから近付いちゃ駄目だって昔から良く言われてましたけど」
「まぁ、勇者として各地を回っていた時の感覚からして、廃神殿が有る場所には大抵、付近の住民は近付かないよう何かしらの伝説めいたものが言われてたりはしてたみたいだけどな」
「一応、転移陣が有るって事を知られないようにしていたんでしょうかね?」
「さぁ、どうだかな……古代魔法を研究している魔道士でも、転移陣を扱う方法まで究明できる者はまず居ないと思うが」
そう言って、さらりと自分の凄さをアピールしてしまうディール。
しかしアルは、素直にその凄さを受け入れている様子だ。
転移魔法は、超古代魔法の中でも特に最上位に位置する、禁呪として分類されているものであったが。その行為を、真の力の発動によって何でもないかのように行う事ができる二人は、十分過ぎるほどチートだと言えた。
その事について全く話題にも挙げない辺り、アルの無自覚さも大概である。
あの後何度か閨を共にする中で、若妻の体を隅々まで確認していたディールだったが。結局、彼女の体には自分と同じような痣を確認する事はできなかった。
そうなると、益々自分に対する疑問が深まるばかりだと感じてしまうディール。
彼としてはアルの生まれ故郷に行く事で、何かしらのヒントを得られるのではないかという期待もあったのだ。
約一年ぶりに再び訪れた村は、以前からそれほど活気が有ったとは言いがたかったが。それにも増して、村人達の生気は何処と無く感じられない様子であった。
嫌な記憶が甦る村長の家はスルーし、真っ直ぐに叔父さん夫婦の住む家へと向かう二人。
身なりの良い美少女を連れた精悍なマスクの戦士という二人組に対し、村の者達は皆好奇の眼差しを向けていた。
「前に来た時みたいに、親の敵みたいな目で見てくる奴は居ないようだな。誰もお前が、アルだって事に気づいてないみたいだ」
「そうかもしれませんね。ずいぶん格好も綺麗になったし。前ほどガリガリに痩せ細ってもいないから、遠目に見ると誰も私だって事に気づかないのかもしれないです」
「ま、良い傾向だって事に代わりはないな」
見た目の変化によって村人の見る目が変わった事に対し、アルは少しだけ複雑な感情を覚える。
自分だと気づかないが故の反応である事は確かなので、そうだとわかった時の叔父さん夫婦は一体どのような反応を示すのだろうか。
一抹の不安を抱えつつも、アルは様々な記憶が甦ってくる、叔父夫婦が住む家のドアを叩くのであった。




