某ファミリーレストランのS川駅西店で女子高生がしていたうわさ
――せやって、布のガムテープがコンビニで売ってないことがおかしいねん。な、だからホームセンターまで行かなあかんかったんやわ、うち。
暑いなぁ、ほんま。食べ物よりも先にかき氷を頼んどこか。ん? ああ、せやで、ここのファミレス、QRコードから注文する仕様になっとるんよ。いつ頃かは、わからへん。春からそうなっとったかも。
でな、これはうちのクラスでうわさになっとるんやけど、裏メニューがあるんやて、ここのファミレスチェーン。
QRコード読み取って、そこのメニューにある食べもんの横に載ってる番号を入れて送んのが、普通の注文の仕方やねんけど、実はメニューになくても入力したら通ってまう秘密の番号があってな……。
ん、ネットでもうわさになっとるかって? そら、なっとるよ。うちは見とらんけど。でも、ネットの情報はてんでバラバラや。うん、うん、SNSにもあるやろうな。ネットでもSNSでも、信頼性の無さでいったら、ふたつとも変わらへん。
……どうしたんや?
……まだ責任感じとるんか、水穂。もう、ええやないか。水穂のことやから、自分があんなうわさ流さんかったら良かったのに、って、ずっと思うとるんやろ。水穂のX、もう消えとるやん。なんの証拠も残ってへんで。
うーん、軽はずみ、っちゅうかなぁ……うちもさ、途中までは普通に楽しんどったんよ、あの騒ぎ。あ、ネット上だからバズった、って言うんか。好きやったで、水穂が描いたマルモル様の絵。めっちゃ今風の絵で、可愛かったやんか。
横についてた文章もよかったで、うん。国語が2のうちが読んでも面白かったわ。え、ショートショートって言うん? へー、いろいろ言い方があるんやな。
……せやからな、水穂が悪いんとちゃうて。はっきり言わせてもらうけどな、あんなん騒ぎ立てた奴らが悪いねん。
すごい勢いやったわ、ほんまに。寝て起きたら、他の人が作った新しい絵やショートショートが、わんさかネットに流れてきよるし。学校でも話題になったわ。水穂のクラスもやろ? そらビビぃわ。えらいスケベなやつもあったそうやで。いや、うちは見てへんよ、見てへんて。マルモル様にどつかれてまうわ。
やっぱ、無理やって。あんなんなったらもう誰にも止められへんわ。独り歩きしとったもん、うわさが。……うん、水穂はちゃんと最初から、祟り神だって書いとったやん。そんなマルモル様を、人間と仲良しだとか、うちらの村に行ったらほんまに会えるとか、もっとおっぱいがボインボインしてるとか、あほちゃうか。うちでもキレてまうわ。
うちの村にある言い伝えを拡散させたけど、どうにもならへんかったなあ。水穂だけじゃなくて、村の大人やじいちゃんばあちゃんたちも、慣れないネット使ってがんばっとったけどな。うん、うちも、いいねやリツイートで少し協力しとった。
どんどんえらいことになってもうたわ。マルモル様と一緒に永遠の極楽に行きたい、祟られてもいいからマルモル様を一目見たいだの、けったいなことぬかす奴らが次から次に出てきて、ほんまブルったわ。えっ……マルモル様の呪力を受けたからかもしれんって? いや、水穂、それは考えすぎやで。
……うん、ちょっと落ち着こう。ええか水穂、こう考えてみたらどうや。うわさ話も言い伝えもな、結局は聞いてる者がどう思ったかやねん。どんなえげつない内容でもな、言うて、言葉っていうただの情報が耳に入ってきているだけやろ。ホラー小説だって同じなんちゃう? あれだって、正味、文字列が並べられているだけで、それ自体はなんも怖くは無いはずやんか。
想像して、はじめて怖くなるんよ。あいつらは、マルモル様の怖さを想像できんかってん。だから、あんな死に方をしてしまうんや。
いや、普通に、人としてありえへんて。常識として、マルモル様に会える方法を知りませんかって、人ん家に尋ねてくる? うち4回だったわ。水穂は大変やったなあ。
あんだけ立ち入り禁止の貼り紙や立札こさえとったのに、神主さんはかわいそうやな。寝ずの番もしとったそうやねんけど。……はあ、それは知らんかったわ、後ろから殴られたんか。
そんで、本殿に侵入して捕まったやつらはこれしか言わんもん。思ってたんと違う、思ってたんと違う、て。体中ブルブル震わして。いったいマルモル様をなんやと思ってたんや。
……ああ、その後はな。もううちらが考えてもどうにもならんことや。水穂もそう思うやろ? 留置所に入れられていたやつらが突然消えて、次の日に川で見つかったって話、うわさでも信じるやつおらへんやろ。みんな笑いながら、プカプカ浮かんどったってもっぱらのうわさや。こないなことすんの、ほんまのマルモル様か、ないしは大人の誰かが……。
えっ、なに、水穂? 声がでかい? 大丈夫やって、ここ壁際の席やけど、後ろの席には誰もおらんかったで。……誰かが座ってるの見た気がする? うーん、もし誰かおったとしても、別にかまへんやん。うちらが喋っとんのは、ただのうわさ話や。
……うちもな、今回の件でマルモル様の力、村での影響力、っちゅうかなあ、身に染みたわ。うちら女子高生ではどうにもならんほど、大きな存在なんやなって。それと、水穂にはまだなんの災厄も降りかかっていないんやろ? きっと、水穂が子どものころから神社に遊びに来ていて、マルモル様のことが大好きだってこと、わかっててん。
うん、せやって、もう十分やねんて。マルモル様は水穂のことを許してくれるはずや。もう村に来るやつもほとんどおらんし、巷のうわさ話も減ってきてるやろ。
万が一この話を盗み聞きしとる者がおっても、うちは知らん。不可抗力や。マルモル様が気になって、ネットで調べだしたらあかんかもしれんけど、これまでの話で会いたいって思うやつ、おる?
もし言い伝えの通りならな、マルモル様の呪力で、どんどん会いたいという気持ちが強なってきて、終いには川に浮かぶことになるやろなあ。……ふふっ、そうやな、そんなことありえへんもんな。いつもの水穂が戻ってきたやん。
それじゃ、ま、気を取り直して。裏メニューの注文のしかたなんやけどな――
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