序章
アヴァリティア。それは星の箱庭と呼ばれし楽園。
星が静かに瞬く空の下、空を映す湖。
楽園は、常人には決して辿り着けぬ場所。
星の箱庭に辿り着いた、とある一人の少女と四柱の神の物語である。
それぞれの想いを胸に抱きながら、物語の幕を開ける。
少女が目が覚めると見慣れた天井ではなく星空だった。夢なのか、と目の前の光景を疑う。
ぱちくり、ぱちくりと何度目を閉じたり見開いたりしてみても星空、星空。
星空をその目に映しながらも、少女は考える。夢じゃないとしたら、此処はどこだろう、と。
それと共に、自分の他に誰かいないだろうかと少女は考え、歩み始める。
満天の空を映す湖が鏡のようで、まるで星空がふたつあるようで。
不思議な景色の中、少女は歩む、歩む。
目覚めた場所から少し歩くと、大きな樹が少女の視界に入る。
その樹は、まるで星の光が地上に降りてきたのかように、光を灯していた。
星々が瞬くと共に、樹もまた光を瞬かせる。
それと、樹の下にある影が同時に少女の瞳に映される。
影は、少女の見覚えのある影であった。瞳にはっきりと映し出されると少女はその影に向かって駆けていく。
「ユーリヤ様!」
ユーリヤと呼ばれた影、青年は白銀の髪を揺らしながら少女へ目を細める。
ひらり。魔力で作られた蝶もユーリヤの周りを舞っていた。
こんな不思議な場所ですらも似合ってしまうな、と少女はそんなことを考えつつ。
「シュネルちゃん。君もここに来ていたんだね」
「はい……ユーリヤ様もいらしてたんですね。ですが此処は……?」
「……少なくとも私の領域ではないね。私も気が付いたらここにいたんだ」
少女、シュネルが尋ねる言葉にユーリヤは首を振る。
ユーリヤは神であり、シュネルもそのことを知っていたし、ユーリヤの神域のことも話には聞いていた。
しかし此処はユーリヤの神域ではないしシュネルの夢の中でもない。
ならば此処は、とシュネルが不安を覚える矢先、ユーリヤはシュネルの心中を察して声をかける。
「大丈夫。私がついているよ。……少し、歩いてみようか、誰かいるかもしれないし」
その言葉にシュネルが頷くと、ユーリヤはシュネルの手を取って歩みだす。足元気を付けて、と声をかけて。
音を小さく立てて二人は進んでいく。足音がやけに響くように感じられた。
時折、ユーリヤが世間話を挟みながら、二つの影は進んでいく。
何をしていたか、元気だったか。そんな他愛のない世間話。
ひらりと舞うユーリヤの蝶がいつもより美しく感じられつつも、シュネルは世間話に言葉を交わす。
横顔を見ると、いつも通りの笑みでユーリヤはシュネルに語りかけている。
時々、宵の目がこちらに向けられながらも、シュネルはぼんやりと考えていた。
もしも、このまま見知らぬ不思議な場所にユーリヤと二人きりのままだったとしたら。
そう考えると悪くもない気がした……が、これはいつもの夢の中ではないのだ。
いつもの、夢を通して異界の神であるユーリヤとなんてことない話をする平穏な時間では、ないのだ。
ユーリヤのどうしたの、なんて言葉もシュネルは銀の瞳から逸らしてしまう。
そうして歩いていた先に、あるものが二人の視界に入る。
あおい、花。
蒼い花。青い花。碧い花。
普通では見られないようなあおい花々が咲き誇っている。
その花々も、星々に応えるかのように淡い光を宿していて。
花々の中心には、ユーリヤ達と違う影が、三つ。
ユーリヤ達がそれが誰なのかを理解する前に、影はこちらに気付いた様子だった。
影が一つ、こちらに向かって手を振っていたのがユーリヤ達には見えた。
──彼らはまだ知らない。この星の箱庭での物語を、待ち受ける運命を。
これは、とある一人の少女と四柱の神の運命が大きく変わる物語である。
その物語の幕が、今開かれた時であった。