学園一の色男
乙女ゲームの主人公に転生したけれど、根っからのモブ喪女の私は普通の学園生活を望んでいたのに―――。
右を向けば攻略対象の一人である西園寺が。そして左を向けば、これまた攻略対象の一人である金剛が、ニコニコ微笑みながら私を見ている。
なんでこうなってるんだ!? 私は頭を抱える。
別に、攻略しようだなんてこれっっぽっっっちも思っていないのに、一体全体どうなっているのかいつの間にか攻略してしまっているのだ。
しかも、乙女ゲームの攻略対象ということもあって、二人とも最高に顔が良い。そんなイケメンから見られることに喪女モブな私は耐えられず、席を立って廊下へ逃げる。
「おい、ハナ! どこに行くんだよ」
「新鮮な空気を吸いに行くのよ!」
「それなら俺が育てた花壇に行こうぜ! 新鮮な空気が吸い放題だ」
「アンタはさっさと中等部の校舎に戻りなさいよ」
そんなハナたちのやり取りを陰から見ている男子生徒がいた。
「あの西園寺グループの御曹司と中等部一の悪と言われていた金剛を手玉に取るとは……なかなか面白い子じゃないか」
その男子生徒はニヤリと不敵に笑う。
「ハナちゃん、ゴメンだけど今日の放課後、図書委員の当番を代理でお願いしたいの!」
今日の放課後――まさに今、帰ろうとしている私に、モブのクラスメイト女子からお願いされてしまった。
嫌な予感がする……。これは何かが起こる前触れである、と。だから私は、
「あー、ごめん! 今日は外せない用事があるんだ」
私は回避するためモブクラスメイト女子の願いを聞き入れない。
しかし――。
「ハナちゃん、ゴメンだけど今日の放課後、図書委員の当番を代理でお願いしたいの!」
モブクラスメイト女子は、まるで“はい”と答えないと次に進まないRPGのように、同じ言葉を繰り返すではないか。
これはヤバい! とにかく図書室だけは絶対に行ってはダメだ! 何かフラグが立つ匂いがプンプンする。
私はモブクラスメイト女子に、じゃあ、そういうことで! と言い残すと強引に教室を出て廊下を走る。
よし、これで何かから回避出来たはず! 私は今からでも喪女ライフを楽しむんだから!
早く学園から離れたい気持ちが焦り、私は走るのを止めない。と、廊下の角から生徒がひょっこりと現れた――。危ないっ! 頭ではわかっているが足を急に止めることが出来ない。
「きゃあっ」
「うわっ」
私と角から出てきた生徒がぶつかった。
「いたたた……。ごめ――」
ごめんなさい、と言うはずだった。
だけれど私はその言葉が出て来なかった。池の鯉のように口をパクパクさせる。
なぜなら、私がぶつかった相手は八頭身のスタイル抜群で甘いマスクをしたナイスガイだったからだ。
本物のイケメンを目の当たりにしたら、声が出なくなるのである。もちろん西園寺や金剛もイケメンだが、この男子はレベル違いだ。
そんなナイスガイは、なかなか立ち上がろうとしない。
「大丈夫ですか!?」
私は咄嗟に手を差し出す。
この国宝級イケメンに怪我はないか心配になる。
「くっ……手をついた時に、少し捻ったようだ」
「それは大変! 急いで保健室にいきましょう!」
「困ったな……僕は今から用事があるというのに、この手じゃ使い物にならない……」
そのナイスガイは緩めのパーマをかけた橙色の髪をかきあげる。
「用事って何ですか? 良かったら私が手伝いましょう」
「本当かい!?」
ナイスガイの顔がパッと明るくなる。
「なら、僕が委員長を務める図書委員の手伝いをしてほしいんだ」
私は顔が引き攣る。
せっかく回避出来たと思っていたのに。
自らの行動が裏目となり、私はまた何らかのルートを進み始めたようだ。
ナイスガイの名前は本条薫。高等部三年生で、この学園の図書委員長をしている……ということを、図書室へ向かう道中、本条先輩が自己紹介してくれた。
「私の名前は――」
「君のことなら知っているよ。高等部一年生のハナちゃんだよね」
まさかナイスガイ本条先輩が私のことを知っているとは! 私は驚く。
「本条先輩がまさか私のことを知っていてくれてるなんて、思ってもみなかったです」
「うん。だって君……」
瞬間、本条先輩の声が低くなる。本条先輩の纏っている空気が変わった。
黒いオーラ漂う本条先輩を前に私が固まっていると、
「本条くん! 来るのが遅いから心配したよ!」
図書室から生徒が出てきた。口振りからして本条と同じ図書委員のようだ。
「じゃあ行こうか、ハナちゃん」
私に向き直る本条先輩。私に向けるその笑顔に、先程の黒いオーラはなかった。
図書室に入ると、女子の歓声が沸く。
「本条先輩よー」
「今日も美しいわ」
女子の恍惚な表情。だけれど、本条先輩の隣に私がいることに気付いた瞬間、鬼の形相に変わる。
「ちょっと誰よあの女。本条先輩の何?」
「隣に立って彼女気分かしら」
女子から嫉妬を向けられて居心地が悪い。
どこか安全な場所がないか私は図書室を見渡していると、教室で図書委員の仕事を代わって欲しいと言ってきたモブクラスメイト女子を見つけた。
「やっほー。来ちゃった」
「あれぇ⁉ ハナちゃん来たんだ」
「そうなのよ。廊下で本条先輩とぶつかった時に怪我をさせちゃって手伝いをすることになって……それにしても本条先輩すごい人気ね。まるで図書室がアイドルのライブ会場のようじゃん、まったく、図書室は静かにする場所ということ知らないのかしら?」
私はチクリと皮肉る。
「アイドルといっても過言ではないよ。そのルックスから聖羅舞璃愛学園の王子様って言われているし。それに本条先輩、モデルをしているからね」
さすが乙女ゲームの世界である。芸能人が同じ学校に通っていることなんて現実ではなかなかない。
「ちょっと、あなた!」
そこへ私に嫉妬の視線を向けていた女子ABが前に立ち塞がる。
「あなた本条くんとどういう仲なのかしら?」とAが。
「あなたのようなちんちくりんは本条先輩の隣に相応しくないわ」とBが。
それはもう悪役令嬢の取り巻き腰巾着キャラのようだ。
「えー、大丈夫です。お二人が想像しているような関係ではありませんので」
「ふぅん」
意地悪女子ABは私を値踏みするかのようにじろじろと見まわす。
「まぁ見るからに今回はいつもと毛色が違うものね。きっとフレンチばかり食べてきたからファストフードを食べてみたいってやつだわ」
「まぁひと時の甘い時間を楽しむことね」
くすくすと嫌な笑い方をする。
今回はいつもと毛色が違う? 甘い時間? 意地悪女子ABの言葉が引っかかった。
「それってどういう意味――……」
「何ひそひそと僕の話をしているの?」
私と腰巾着女子ABの間に、本条がぬっと割り込んできた。
「ハナちゃんは僕の手伝いするんだから僕から離れちゃダメじゃないか」
本条先輩は私の腕を掴むとズルズルと引っ張って行く。
「最後に言っておくわ!」
腰巾着女子Aが真面目な顔をして強い口調で言う。
「傷付くのはあなたよ、絶対に深みにはまらないことね。なぜならあなたもきっとすぐに――……」
「うるさいよ、黙って」
腰巾着女子Aの言葉を本条が遮る。その言葉と視線が鋭くて腰巾着女子Aはそれ以上何も言えないようだった。
一体、今のは何だったんだろう? 腰巾着女子Aの言葉と表情が気になる。
私は本条に連れられて図書室奥の書庫室へと来た。
「さぁ、ハナちゃん。どうぞ」
書庫室の扉を開くと恭しくレディーファーストする本条。
「ありがとうございます」
私は書庫室の中に入った。カビと埃の臭いが鼻につく。
ずらっと本棚が並んでいてたくさんの本が収納されていた。
「ハナちゃん。電気のスイッチ、左側にあるから付けてくれる?」
「あ、はい」
私は薄暗い書庫室を壁伝いに進む。
電気を付けさせることでハナを誘導させることに成功した本条はニヤリと口角をあげる。
そして、ハナに気付かれないように書庫室の鍵をゆっくりと閉めた。
「それじゃあハナちゃん。このリストに載っている本が棚にあるのか調べてくれる? 僕は奥の棚からみていくね」
「わかりました」
本条と私は離れ、それぞれ仕事を始める。
「僕の手伝いをさせてしまってごめんね、ハナちゃん」
「そんな! もとはと言えば怪我をさせてしまった私が悪いんですから。それにしても本条先輩はモテモテですよね」
「そうかな? 昔からこんな感じだからモテるってことがわからないけど」
さらりと答える本条。王者の余裕を感じる。
「――だけれど、ハナちゃんだってそうじゃない?」
「え? 私が? まさかぁ」
だって私は地味な喪女モブで今までモテ期というものが訪れたことないのだから。
「西園寺に金剛」
本条が二人の名前を出したものだから、リストをめくる私の手が止まった。
「あの二人から言い寄られているんだろう? 一体どんな手を使ったんだい?」
本条の声が真後ろから聞こえて私は振り返る。
目の前に本条が立っていた。
いつの間に後ろに立たれていた……!
私の頭の中で警鐘が鳴る。この男は危険だ、と。
「顔はまぁ、可愛いほうだと思うけど」
本条は私の顎を指で持ち上げるとまじまじと見つめる。
「でも、あの二人を顔だけで落としたわけじゃないんでしょ? 一体どんな手を使った?」
本条の甘い声と熱い吐息が私の耳に掛かり、ぞくぞくと身体が震えた。
やばい。この男は歩く淫薬とでも言うべきか。その色気ムンムンフェロモンに当てられ、頭が痺れてきた。今でも警鐘が鳴っているというのに逃げられない。
「ははは。僕のことを熱い眼差しで見つめちゃって。そういうことか、その手を使ったんだね」
すると、本条は私に顔を近付ける。唇と唇が触れ合いそうで――……。
「これは十八禁乙女ゲームなのかっ⁉」
間一髪。私は正気を取り戻し、大きな声でツッコんだ拍子に本条の顔面に頭突きする。
「くっ、君って子は……」
鼻を押さえる本条。どうやら鼻血を出したようだ。
鼻血を出してもイイ男だなぁ、と一瞬呑気なことを思ってしまった。
私はハッとすると、書庫室の扉の鍵を開錠させて飛び出す。
「なっ、待って……」
追いかけてくる本条。捕まってたまるか。だから。
「皆さん! 大変です! 本条先輩が鼻から出血していまぁす!」
私は叫ぶ。え? 図書室は静かにする場所? そんなの知るか。
するとどうだろう。
「本条くんを手当てするのは私よ!」
「いいや、私が!」
「本条くんの血が欲しい」
目をぎらつかせた女子たちが書庫室めがけて走って来た。そのまま書庫室に流れ込む女子!
この場に乗じて私は図書室から脱出するのであった。
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次の攻略相手は色男で女誑しの本条薫だ。
実を言うと、こういう恋愛を得意とするキャラを攻略するのは苦手なのだ。
花子だったらどう攻略するのだろう?
「ねぇ、花子。色男の攻略についてなんだけど――……」
しかし、花子は他人のベッドでイビキをかきながら寝ているではないか。
本条薫と違って色気ゼロの花子。
「色気のない花子には色男の気持ちなんかわからないか」
花子からアドバイスを貰うことはやめて、自分でゲームを進めることにした。