少女漫画の定番回に巻き込まれた
翌日。私は昇降口前にいた。
そこには可愛いピンクのエプロン姿をした金剛と可愛くラッピングしたシフォンケーキがある。
私は大きく息を吸い込むと叫ぶ。
「金剛手作りのシフォンケーキいかがですかぁ!」
私は登校する生徒たちに向かって声をあげる。
そんな私と、似合わないエプロン姿の金剛にざわつく生徒たち。
「おい……あの金剛がエプロンしてるぞ」
「金剛くん、お菓子を作るんだ」
集まってくる生徒たちに私はシフォンケーキを配る。
シフォンケーキを口にすると、「美味しい!」「美味いぞ、これ」皆口々に褒めた。
「ちょっとこれどうやって作るの? 私がシフォンケーキを作ってもこんなフワフワにならないのに」
「フワフワにするにはいくつか方法があるんだけど――」
緊張気味に金剛が答える。次から次へと金剛に話し掛ける生徒たち。金剛は楽し気に会話する。
そんな金剛を見て、私は嬉しく思った。
それから、金剛のことを悪く言う生徒はいなくなった。
「ねぇ知っている? 金剛くんの髪は地毛みたいよ。お母さんがスウェーデン人みたいで」
「え? じゃあハーフってこと? よく見るとイケメンだもんね」
今までの態度は何だったのか。金剛はすっかり人気者になり、今では同級生に囲まれて楽しい学園生活を送っている。
それからというもの、金剛は私のもとに来なくなった。
金剛がいなくなってから、私はいつもの日常に戻った。
ずっと私が望んでいた日常。だけれど、私の心に小さな棘が刺さっているようで、チクチクと胸が痛む。
その日、私は久しぶりに金剛の姿を廊下で見た。数人の友達と仲良く喋っている金剛が前から歩いてくる。
なんだ、アイツ。あんな楽しそうな顔をするんだ。
私は金剛を見つめる。金剛と目が合った。私は声を掛けようと片手をあげる。しかし、金剛は私から目を逸らすと、そのまますれ違った。
私は振り返る。金剛は笑顔で友達と喋っていた。まるで私のことなんて気付かなかったかのように。
その姿はだんだんと遠くなっていき、廊下の角を曲がっていった。
そこで私は胸がチクチク痛む理由がわかった。
私は、少しだけ金剛を自分と重ねていたんだ。ひとりでいる金剛が、生前、つまらない高校生活を送っていた月並花子と、どことなく似ていたから。そんな金剛に友達ができて楽しく過ごしているのを見て、少しだけ羨ましく感じてしまったのだ。
私はひとり廊下に佇む。廊下の窓にはハナの姿が映っている。だけど、中身は月並花子だ。
私は窓に映るハナの上から月並花子を重ねて見た。
「あーあ、何辛気臭くなっているんだか! あ、これはきっと自立して旅立つ子供を見送る親の気持ちね!」
私は独りごつ。
このまま、金剛とは関係をフェードアウトする予定だったし、願ったり叶ったりよ。
「おい、お前が“ハナ”か?」
「そうよ。私はハナよ」
後ろから私を呼ぶ声がして振り返った。
そこには、ウチの学園の制服を着ていない――パーカーのフードを被った見知らぬ男が立っていた。
え、誰コイツ。いや、そうではなくて……私は危険を察知する。コイツはやばいヤツだと。
逃げなきゃ――……。
しかし、私の動きよりも男が素早く私にスタンガンを当ててきた。
私の身体に衝撃が走り、私の意識はブラックアウトするのだった。
――……ポチャン。
水の音で私は目が覚めた。
辺りを見まわすとむき出しになったコンクリートの壁に、壊れたアーケードゲーム機が散乱している……ここは廃墟かしら?
そこで私は自分の身体が思い通りに動けないことに気付いた。私はパイプ椅子に座らされ、縄で拘束されていたのだ。
そうだ、私スタンガンで意識を失わされたんだ――……!
私は逃げようと身をもがく。しかし、縄が解けることはない。
「おいおい、逃げようなんて考えるなよ?」
この声は……。顔をあげると、私に近付いたパーカー男が立っていた。
「アンタ、誰よ」
男はパーカーのフードを取った。
「俺の名は龍虎闘志郎……金剛を潰すために彼女であるお前を拉致った」
で、出たあぁぁ! 少女漫画で定番の展開だ!
「いや、私は金剛の彼女じゃないし、そもそもアンタたち不良のせいで金剛にどれだけ迷惑掛けたかわかってるの⁉ アンタたち不良が金剛に絡むから金剛は同級生たちに誤解されて!」
今まで金剛はずっとひとりでいて――……。
「ごちゃごちゃうるせぇんだよ!」
龍虎が、隠し持っていた金属バッドで壁を叩く。
耳をつんざく音が廃墟に響いた。
「うるさいんだよ、お前……」
血走った目で私を睨む。
ひえぇぇ、マジのやべーやつだ!
今まで金剛と一緒にいたせいからか、見た目が不良でも中身は良いヤツと私の脳内がバグを起こしていた。
「まぁもうすぐ金剛が来るはずだ。金剛が来たらめっちゃくちゃにしてやんよ」
そこへ、「ハナ! 大丈夫か⁉」金剛がやって来た。
「金剛⁉ 何で来たのよ!」
まさか自分が、そんなベタなセリフを吐くとは思わなかった。
「ハナは預かった、返してほしければここへ来い、って俺の靴箱に手紙が入っていたから」
「靴箱に手紙ぃ⁉」
不良らしくないやり方に思わず私はツッコむ。って、今はそうじゃなくて。
「アンタが喧嘩騒動を起こすと、また人が離れていくわよ! そんなことになっていいの⁉」
「馬鹿、今はそんなこと考えている場合じゃ……」
「俺を無視すんなよ!」
龍虎がバットで襲い掛かる。
金剛は落ちていた鉄パイプを拾うと龍虎とやり合う。
あーもう、どうしてこんなことになっているのよ……! これも全て乙女ゲームのせいなの⁉
「お前のせいで俺の居場所はなくなった……」
龍虎は語り始める。
「家でも学校でも俺は鼻つまみ者だった。そんな俺が手に入れた場所が不良チームだった。皆と悪いことして力を振るっている時が一番楽しかった……なのに」
龍虎が振ったバットは金剛の肩に直撃した。
「金剛!」
倒れ込む金剛。止めを刺そうとバットを振りかざす龍虎の腹を金剛が蹴る。
「ぐぅわ!」
龍虎がバットを落とした。
「俺もずっと独りだった……だけど独りぼっちだった俺にも友達ができたんだ」
「八ッ、だけど顔を腫らしたお前を見たらオトモダチはお前のこと怖がるんじゃねぇの⁉ きっと離れていくさ!」
龍虎が金剛の顔面を殴る。血が飛び散る。
「離れない……。今まで外見でしか俺のことを見てくれなかったのに、俺の中身を見てくれるようになって、俺のことを知ってくれて、友達になりたいって思ってくれた。そんな友達がっ」
金剛が拳を大きく振りかぶった。
「俺から離れていくはずがないっ!」
金剛の拳が龍虎の顔面に入る。「ぐはぁ」龍虎はそのまま倒れ込んだ。
「ハナ、今助けるから」
金剛が縄を解く。
「アンタ、本当にどこの少女漫画のヤンキーヒーローよ」
私は呆れる。
「顔面に傷を作って……喧嘩したのがモロバレよ」
「これは勲章というやつだ……でも俺のことをやっぱり怖いと思う同級生も出てくるだろうな。せっかく“お菓子作り上手の金ちゃん”ってキャラが出来上がっていたのに」
金剛が少し寂し気な顔をする。――と、その時だった。
「金ちゃーん!」
「おーい金剛、どこだぁ?」
「金剛くん!」
金剛を呼ぶ声が廃墟の外から聞こえてきた。
見てみると金剛の友達が叫びながら探している。
「皆……どうして」
「金剛の靴箱に怪しげな手紙が落ちていたからさ! 何か事件に巻き込まれたのかと思って」
「金ちゃん顔を怪我しているじゃん! 大丈夫⁉」
どうやら心配は杞憂だったようだ。
金剛の友達は金剛に駆け寄ると熱い友情のハグをするのだった。
その外見から誤解され孤独だった獣に友達ができた。獣は友達と仲良く学園生活を送ることになり、これで一件落着……というわけだが。
「おい、ハナ。今日の放課後、俺と一緒に花壇の世話をするぞ」
「嫌よ、アンタ花の植え方に厳しいんだもん」
「金剛。悪いがまたにしてくれないか? 今日の放課後、ハナは俺とゲーセンに行く予定なんだよ」
西園寺が横から口を挟む。
「いやいや、そんな約束私してないし」
中等部の金剛は連日高等部の私の教室に遊びに来ている。金剛が遊びに来ると、決まって西園寺も教室にやって来るせいで、毎日が忙しい。
そんな私にエリカは、
「どうして次から次へとハナの周りにキャラの濃い人物が集まるのよ……」
頭を抱える。
「てか、金剛は友達の所へ行かなくていいの? もう私以外に話し相手がいるわけだし、ここに来なくていいじゃない」
「ど、どうしてそんなこと言うんだよっ。冷たいヤツだな!」
「はぁ⁉ アンタ、私と廊下ですれ違った時に知らんぷりしたじゃない!」
「そ、それは友達と一緒にいたから……なんかお前に見られるのが恥ずかしかったんだよ」
顔を赤らめながら言う金剛。まるで外で友達と一緒に居るところを親に見られて恥ずかしがる息子のようだ。
「お前、いつの間にか俺と喋るとき敬語を使わなくなったじゃん? それって俺との距離を縮めたいからだろう?」
金剛が私に詰め寄る。
「そんなまさか」
私は首を全力で横に振った。いつの間にか敬語じゃなくなっていること、指摘されるまで気付かなかったし。
「お前は俺の最初の理解者だし……俺は花が好きなんだよ」
「あぁはいはい。お花のことね……って、え?」
金剛はずっと花のことを“お花”と呼んでいた。だけどさっきは“花”って言って……。ん? はな……ハナ?
その瞬間、金剛の頭から光り輝くハートが飛び出した。
こ、これは攻略達成した証……!
私は金剛の顔を見る。
「なんだよ、ハナ」
照れた顔をする金剛は頬を赤く染めていた。
どうやら私はまた、無意識のうちに攻略してしまったようだった。
――Now Loading――
その派手な外見のせいで周囲から敬遠されていた金剛は慈愛に満ちた優しさを与えることで攻略することができる。そのために、偏見を持たずに話し掛けたり彼が大好きな植物園にデートをして仲を深めていくのが大事だ。繊細な金剛である。ガサツな態度や女の子らしからぬ態度は完全にNGだ。
「ひゃははは、もう食べられない……ぐぅ」
デカい寝言を言いながら他人のベッドでいびきをかく花子。
「はぁ、花子のような女の子は金剛の嫌いなタイプなんだろうな……」
花子からテレビ画面に視線を移すと、ゲームを再開させた。