金髪の理由
校舎に避難した私は、他の生徒たちと混ざって窓から金剛の様子を見守る。
金剛は学校を攻めてきた暴走族を次から次へとボコ殴りにしていく。
最後の一人を潰し、校舎を見上げた金剛は、返り血を浴びて制服を紅く染めていた。
「ひぃっ」
「さすが中等部一の悪」
「血濡れて笑っているわよ」
皆、青ざめた顔をして口々に言う。
それがなんだか、昔おとぎ話で読んだ心優しい野獣を誤解している町の人のように見えた。
その一件以来、クラスメイトが金剛に喋り掛ける――もとい、連絡事項を言ってくれなくなった。
金剛はまた独り寂しい学園生活を送っている……という話を私は今、革張りの来客用ソファーに座りながら理事長から聞かされている。
移動教室のためエリカと廊下を歩いていると、理事長の部下なのか従者なのか正体不明の黒服に私は拉致られ理事長室に連行されたのだ。
信じられない……。私は歯ぎしりする。
理事長が私を拉致したのもそうだけど、エリカと一緒に廊下を歩いていた私が、急に姿を消したことに慌てているエリカを欺くため、黒服は私の声を真似て『私、朝から快便だからトイレに行ってくる!』だなんて女子からぬことを言ったのに、エリカが『わかった、先に行ってる』と信用してしまったことに、だ。
「エリカの中で“ハナ”は大人しい引っ込み思案なキャラで通っているはずなのに!」
私は地団駄踏む。
「ハナさん? 私の話を真面目に聞いてください」
笑顔で私を窘める理事長。
胸まで伸ばした銀髪を肩に流し一つにまとめ、魅惑的な垂れ目はこれまで何人もの女を誑してきたことだろう。
そんな理事長は以前、学校をサボったことが父親にバレて退学させられそうになった西園寺を庇ってくれた人物だ。
納得できない西園寺の父と何やら大人同士の会話の末、西園寺父を説得させ退学を阻止してくれた。だから悪い人ではないのだろうけど――……。
「どうして私にその話をするんですか」
腹に何か抱えていそうで、いかんせん私はこの男を信用できない。
「だってハナさんは金剛くんと仲良しでしょう?」
「いや、仲良しっていうか花壇荒らしと花壇を管理している美化委員の関係で……」
「だけれど、今の状況に胸を痛めている」
理事長の言葉に私はピクリと反応する。図星を指されたのだ。
「金剛、金髪なのはスウェーデン出身のお母さんからの遺伝なんです。私、そのことを知らなくて不良だって決めつけて……」
「一度、私は金剛くんに“髪を染めてみては?”と助言したことがあるんですよ。だけど彼は断ったんです。“自分を産んでくれた母親と唯一の繋がりだから”って」
その言葉を聞いて私は胸が熱くなった。なんていじらしい男なのだ金剛要。
「こうなったら私が金剛のために友達を作ってあげるわ! 名付けて友達百人できちゃうよ! 大作戦!」
私はソファーから立ち上がると拳を上げる。
そんな私を理事長はにこにこ顔で眺めるのだった。
私は金剛が在籍する中等部の校舎に乗り込む。
「金剛要はいる⁉」
ざわつく生徒たち。
「金剛くんなら教室にはいませんよ……いつもサボっているので」
突然乗り込んできた高等部女子を不審がらず、親切に声を掛けてくれた生徒。
そんな親切な生徒の胸ぐらを私は掴む。
「サボりだと⁉ どの口が言っとるんじゃ! 皆を怖がらせないために金剛は自ら別室で勉強しとるんじゃい!」
熱くなっている私は任侠の登場人物のような喋り方をする。
そんな私は止まらない。
「それにアイツは真面目に美会員の仕事をしてるんだから! しかもアイツは花のことを“お花”って呼ぶのよ! 可愛い所あるでしょう⁉」
親切な生徒の胸ぐらを掴みながら突拍子もないことを言い出す私。しん……と静まる教室内。
自分でも何を言っているのかわからなかった。だけど皆に本当の金剛を知ってほしくて、見てほしくて私は叫んでいた。
「すいません、そろそろ放してください」
私が胸ぐらを掴んでいる親切な生徒の顔色が真っ青だ。
「あっ、ごめん」
私は親切な生徒を解放してあげると、
「そういうことだから、じゃっ」と、こめかみの横で人差し指と中指をくっつけてピッとあげると立ち去った。
金剛は花壇にいた。花壇を綺麗に手入れしている。
「ここにいたんだ」
私が近付くと、金剛は私を一瞥するとすぐに花壇へ視線を落とした。
「お前がめちゃくちゃにした花壇、もうお花を植えなおして綺麗になったから。もう無理して俺と一緒にいる必要ないぞ?」
「無理して一緒にいたのは最初だけよ。今ではそこまで無理してないわ」
私は金剛の隣に座る。小鳥が鳴き、花壇の花が風で静かに揺れていた。
「今でも思い出すよ。暴走族を懲らしめた後に校舎を見上げたら皆が怯えた目で俺を見ていたこと」
金剛は憎らし気に自分の手を見つめた。何度も何度も人を殴ってきた自分の手を。
私はその手を握る。
「あのさ、金剛! 私考えたの。皆アンタの見た目で判断している。だから見た目じゃなくて中身を知ってもらおうって」
「……は?」
「まあ私に任せてみてよ」
私は親指を立てながらウインクした。