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安全神話が崩壊した

 数年前に潰れたゲームセンター。その建物は取り壊されることなく、今は不良の溜り場となっていた。

「くっそぅ、金剛要め……」

 この街の不良を束ねていた龍虎闘志郎(りゅうことうしろう)は飲んでいた缶コーヒーをコンクリートの壁に向かって投げつける。

 龍虎はこの街の不良グループのトップだった。

 名だたる不良をかたっぱしからやっつけて、自分の配下にしていくうちに大きな不良グループが出来あがっていた。龍虎には怖いものなんてなかったし、知らなかった。

 そう――金剛要に出会う前までは。

 数か月前、手下を引き連れて聖羅舞璃愛学園で有名な(ワル)、金剛要にカチコミに行った。

 話で聞いていた金剛を、初めて目の当たりにして、龍虎は震えた。凄まじいほどの圧とオーラ。龍虎の名とは何とやら。金剛相手にまるで自分はネズミのようだった。

 手下を引き連れた手前、後戻りはできない。龍虎は金剛に喧嘩をふっかけた。……結果は言うまでもない。手下は俺から離れていきグループは解散した。龍虎に残ったものは、へし折られたプライドだけだった。

「このまま終わらせるわけにはいかねぇよ」

 龍虎は歯ぎしりしながら呟くと、コーヒーの茶色いシミが出来た壁を睨みつけた。


「おいっお前! お花はもっと優しく扱えよ!」

 ある日のお昼休み。

 私は花壇を荒らしてしまった罰として金剛と一緒に新しい花を花壇に植えていた。しかし私のやり方が気に入らないらしく、金剛はケチをつける。

「あー、ごめんごめん」

 私は適当に謝る。

 中等部一の悪といわれる金剛とひょんなことから一緒にいるようになって数日。私は周囲から金剛の彼女と噂されるようになっていた。

 廊下を歩けば生徒達は右端か左端に避けるようになり、購買で人気のカスタードクリーム入りメロンパンは楽々と手に入る。

 そんな、目つきの悪い金髪の金剛だが、中身はお花とお菓子作りが大好きな、友達がほしい乙女なのだ。

「で、あれから友達は出来ましたか?」

「いや。出来ねぇんだけどよ、クラスの奴と会話が出来るレベルになったんだよ」

「えっ! すごいじゃないですか! どんな話をするんですか?」

 私が興味本位で聞くと、

「“職員室にノートを持って行かなきゃならないから提出してほしい”とか“次の体育はグラウンドに集合だよ”とか」

 私は頭を抱える。あぁ、それは()()ではない。連絡事項だ。

 私がハナに転生する前の月並花子だった時、男子とのやり取りがそれだったのを思い出す。

 だけど、クラスメイトと話せて嬉しい金剛は、ほくほく顔をしているのだった。

「えっと……見た目を変えたらもっと話し掛けやすくなるのかもしれないですよ」

 金剛を少し可哀想に思えた私はアドバイスしてみる。

「金髪だと少し怖く思っちゃう生徒がいるかもしれないし」

「あーこの髪か」

 金剛は自身の前髪を掴む。

「実はこれ染めてんじゃなくて地毛なんだよ。俺の母親がスウェーデン出身でさ」

「え、そうだったんですか」

 地毛とは知らず金剛を金髪の不良扱いしていた自分が恥ずかしくなった。

「って言っても、俺が幼い頃に母ちゃんは父ちゃんと離婚して母国に帰っちまって以来会ってないんだけどさ。父ちゃんも仕事で滅多に家に帰らないから、婆ちゃんと暮らしているんだ」

 少し寂し気に語る金剛。その横顔は儚げな美少年だった。

 私、ずっと金剛のことを見た目で判断していた……。


「ちょっとハナ! 大変よ!」


 そこへ親友のエリカが走って来た。

 最初は悪名高い金剛と私が一緒にいる所を見て卒倒したエリカも、今では見慣れたのか受け入れたのか、普通に接してくる。順応力抜群すぎて草。

「そんなに慌ててどうしたのエリカ」

「裏門に暴走族が襲撃してきたのよ!」

「はあ!?」

 どうしてこんなことに……いや、原因は間違いなくコイツだ。私は金剛をチラ見する。きっと御礼参りという名の仕返しに来たんだ……。

「なん……だと……?」

 金剛は思い詰めた顔をしている。

 心の優しい金剛のことだ。きっと自分のせいで学校に迷惑が掛かっていることに責任を感じているのかもしれない。しかし、

「学校は安全な場所だと思っていたのに……安全神話が崩壊した……」

 くっ、と壁に手を付く金剛。

「ちょっと何カッコつけたことを言っているんですか! とりあえず裏門に行きますよ!」

 私は金剛の袖を引っ張ると裏口に移動した。


 裏口には魔改造したバイクに跨っている悪がたくさんいた。

 頭をモヒカンにした男に、どっかの民族のようにピアスをジャラジャラ付けた男。顔に入れ墨をしている男……とりあえず皆、それぞれ悪の個性を出していた。

「あ、あの入れ墨男子覚えている。駅近の裏道で俺が殴ったヤツだ」

 呑気に語る金剛。


「おい、見て見ろよ。金剛の隣に女がいるぜぇ」

「もしかして金剛の女なんじゃねぇのかぁ?」

 モブ悪ABがニタニタ笑いながら言う。

 あ、ヤバい。この展開はヤンキーがヒーローの少女漫画でよくある展開だ。

 ヤンキーヒーローの女だと勘違いされたヒロインは不良たちに拉致監禁されてしまう。そこでヒロインを助けるために、ヤンキーヒーローがアジトへ乗り込む……という流れである。

 今、まさに私は乙女ゲームの主人公(ヒロイン)であるが、拉致監禁だなんて堪ったもんじゃない。それに私は乙女ゲーム(この世界)を攻略する気なんてない。花壇の花植えが終わったら徐々に金剛からフェードアウトしていく予定なのだ。

 私の平和なセカンドライフのためにも、この場を無事に乗り越えなければいけない。

 だから。

「この学園で一番喧嘩が強いのはあなたしかいないわ、金剛。あの悪どもをぶっ潰して学園を守りましょう!」

 

 私は金剛にこの場を任せて、サッサと校舎の中へ逃げるのだった。


 

 

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