はじめてのサボり
私は月並花子、花も恥じらう16歳。私は生前、学校でプロレスごっこをしていた男子に巻き込まれて階段から転落死してしまったが、次に目を覚ますとなんと乙女ゲームのヒロイン“ハナ”に転生していたのである!
しかし、ゲームの知識がないうえ根っからのモブで喪女な私に攻略するなんてことは難しく、ハナではなく月並花子としてゲームのシナリオ無視して生きていこうと思った矢先、攻略対象の一人である西園寺の裏の顔を知ってしまった。そんな私に代々西園寺家の専属医である家系でウチの学園の養護教諭・紫苑先生から、西園寺を助けて欲しいと言われたのだけれど……。
『幼い頃から坊ちゃんは西園寺家の名に恥じぬよう勉強や運動、習い事を頑張ってきた。その結果、今の“完璧な自分”を作り上げたんだけど』
『本来の坊ちゃんは活発で口が悪いけど憎めない子なんだ。だけれど西園寺家が求める理想の息子でいるために本当の自分を抑えてしまっている。そんな坊っちゃんが僕には辛そうに見えるんだ」』
家のしがらみによって窮屈になっている西園寺を助けてあげるのが私の役目だから……。
私は考える。考えて考えて考えたけど、答えは出なかった。いや、出なかったというより……。
え? これって無理じゃない? だって西園寺グループって世界でも有名な企業なんでしょ。その家の子なら親から期待だってされるだろうし、会社の顔を汚さないよう、いろんな人に良い顔を見せるのは普通じゃないか。
紫苑先生、これは無理です。
深く考えずに、任せとけと胸を叩いた自分が恥ずかしい。
思い返すと私は、よく考えずに行動することがあった。
例えば幼馴染のナオちゃんから『好きな子について相談したい』と言われた時、恋バナに飢えていた私はこれぞ青春の醍醐味と、ナオちゃんの話をよく聞きもせずナオちゃんの交友関係を徹底的に調べ上げ、勝手にナオちゃんの好きな人を決めつけ、勝手に告白のセッティング(何も知らない二人を校舎裏に呼び出し二人きりにした)までしたことがあった。その後ナオちゃんに物凄く怒られて三週間口を利いてもらえなかったっけ。
それだけではなく、ネズミを食べてお腹が大きくなった蛇をツチノコだと勘違いして捕獲し、ただの満腹な蛇をテレビ局に売りに行ったり……。
今考えると、馬鹿すぎる私……。
「うわあぁぁ」
過去の自分に恥ずかしくなった私は頭を抱え、しゃがみ込みながら叫んでいると、
「邪魔なんだけど」
西園寺蒼が蔑んだ目で私を見下ろしていた。見回すと廊下には私と西園寺しかいない。
「廊下で発狂しながらしゃがみ込まないでくれる? 邪魔なんだけど」
「邪魔って……誰のせいでこうしていると思っているの!」
全部自分のせいなのだけれど、元を辿れば西園寺のせいだと責任を全部押し付ける。
「は? 俺のせい? 別にそんなこと頼んでないんだけど」
バカの相手は疲れると言わんばかりに溜息をつく西園寺。
そこへ、女子生徒が通りかかった。
「あ、西園寺くんだ」
「きゃあっ! カッコイイ」
すると、どうだろう。さっきまで汚物を見ていたような西園寺の目が澄んで輝き、女子生徒に微笑みながら手を振るではないか。
女子生徒はきゃあっと歓声をあげて走り去っていく。
「おい、こら」
私は西園寺の肩を掴む。
「私と今の女子で随分態度が違わない?」
この仕打ちは生前も経験したことがある。カースト上位の男子は可愛い女子には優しくするのに地味な喪女には冷たくあしらう。そして、お前がいるから空気が汚れると言わんばかりに機嫌が悪くなるのだ。あぁ、悲しい記憶を思い出してしまった。
「俺の素の顔を知るアンタに猫被る必要はないだろう」
「やっと正体を出したわね! 腹黒御曹司!」
「変なあだ名をつけるな――ここでは何かと目立つから場所を移そう」
私と西園寺は空き教室に移動すると、西園寺は空き教室にある椅子にドカッと座った。
机に頬杖をつきながら足を組む西園寺は、まるで性格の悪い王様のようだ。
「本当に西園寺は二重人格ね」
「さっきも言ったが俺は西園寺家の跡取りで――」
「完璧でいなくちゃいけないんでしょ?」
まるで外国人のように、私は肩をあげ両手を広げてみせる。
「その気持ちはわかるわよ。だって西園寺の家は世界でも有名な企業なんだし。でも完璧な自分でいるあまり自分が疲れちゃったらダメじゃん。その時点で完璧じゃないと思うの」
「何が言いたいんだよ」
「つまり、ちゃんと息抜きをしようってこと」
「息抜きならしている。一流の講師から教わるヨガや精神を鍛えるために空手を……」
「そんなの全然息抜きと言えないわよ! 凡人の息抜きの仕方を私が教えてあげるわ!」
私は西園寺の手を取ると引っ張りあげた。
「おい、学校サボったりして何考えてるんだっ」
「西園寺は成績良いんだから授業受けなくても別にいいじゃない」
ゲームの世界だからか、生前の私だったら絶対にしなかったであろう行動を、私は今している。
窮屈な生活から西園寺を解き放つことは出来ないけど、西園寺が疲れた時に私は一緒にいることが出来る。一緒に馬鹿みたいに遊ぶことが出来る。
平日の真昼間の繁華街は、スーツを着たビジネスマンやOL、大学生がいて、学生制服を着た私たちがその中に混ざっているのはどこかおかしくて。学校をサボっているという背徳感と高揚感で胸がドキドキしている。
「まずはゲーセンではっちゃけるわよ!」
「ゲーセン? 何だ、それは」
「えっ⁉ ゲームセンターも知らないの?」
さすが西園寺家のお坊ちゃまなことだけある。
「大丈夫、私が教えてあげるから!」
UFOキャッチャーをしたり、パンチングマシーンでスコアを競ったり。エアホッケーでは西園寺の負けず嫌いが発揮し、私に勝つまでやり続けた。
こうして見ると年相応の男子で、何というか、私はこっちの西園寺がいいと思った。
「君たち、学生だろう。学校は?」
はしゃぎすぎて目立っていたのか、制服姿だったから目立っていたのか、それとも両方か。
私は見回りに来ていた警察官に声を掛けられた。
うっ、やばい!
私と西園寺はアイコンタクトすると、いっきに店を出て走り出す。
「こら、待ちなさいっ」
警察官が追って来るけど私たちは知らないふりをして走り続ける。
西園寺と目が合い、私たちは笑った。
「何だこれ、美味いな」
「でしょう⁉ だから言ったじゃん。」
警察官を撒いた後、公園でハンバーガーを食べていた。
庶民なら誰しもが食べたことのあるハンバーガーを、毎日A5ランクの上等肉を食べているであろう西園寺に食べさせてみたかったのだ。
ハンバーガーを食べようとバーガー店に入った西園寺は店内の油臭さに顔を顰めていた。
「こんな油臭いものが美味しいと思わないんだが」
私の耳元で囁く西園寺に店内飲食は諦め、持ち帰ることにしたのだった。
きっと西園寺は初めて食べるハンバーガーの味に感激して最悪失神するかと思ったが、案外普通のリアクションだった。
ゲームセンターに行ったことがなくてハンバーガーを食べたことがない。
紫苑先生の言う通り、西園寺の生き方は窮屈そうだな。
「ねぇ西園寺。もっとこんな時間を増やしたら? 息抜き、今できてるでしょう?」
ハンバーガーを食べようと大口を開けていた西園寺は口を閉じた。
「そう出来ればいいんだけどな」
そう言った西園寺の顔は寂し気で、私はそれ以上何も言えなかった。