私は乙女ゲーム(名前忘れた)のヒロインです!
隙をついた神崎が重厚な扉を開けると、私を中に押し入れた。
「ちょ、待ってよ」
私は神崎と一緒だったからここまで来れたのに――。この先も神崎に傍にいて欲しいのに――。
「大丈夫。花子ならできるよ」
「――っ! ナオちゃん!」
どうして、ナオちゃんの名前が出たのかわからない。でも私は、神崎にナオちゃんの面影を見ていたのだ。所々、ナオちゃんに似ている所があったから。
私は神崎に手を伸ばす。だけど、その重い扉は閉ざされた。
私は扉の前で項垂れる。だけれど拳を握るとすぐに振り返る。
西園寺が、金剛が、本条が、獅子堂が、そして神崎が。皆が作ってくれた機会を私は逃がさない。
そこは、なにもない部屋だった。その部屋の先に、また扉がある。
私は扉を開ける。この扉の中にエリカはいる――。
扉を開けると、私の顔を風が掠めた。
「エリカ」
私はエリカの名前を呼ぶ。
開け放たれた大きな窓。揺れるカーテン。天蓋付きの大きなベッドに、大きな鏡が付いたドレッサー。
白を基調としたその部屋はお姫様が住む部屋のようだった。
「ハナ……」
フリルが付いた白色のワンピースを着ているエリカが私を呼んだ。
「エリカ。話に来たよ」
「……帰ってよ」
私を拒むエリカ。
「ねぇエリカ。話を聞いて」
「話なんてないわよっ!」
エリカは傍にあったクッションを投げつける。
「エリカ」
だけど私はエリカの方へと進む。
柔らかなクッションならまだ良かった。だけど瓶に入った化粧水や香水を投げつけられるとやっぱり痛い。でも――……。
「エリカはずっと辛かったよね、苦しかったよね」
「何で、それを、そんなことをアナタが言うのよ! 私とハナのこと何も知らないくせに!」
これといって秀でたものがない私は、友達がいなくてずっと独りだった。
だけれど父親が大手企業に勤めているからという理由で、ずっと期待されながら生きてきた。
その期待に応えるべく……いや、応えなきゃいけないという気持ちから、私は教師やクラスメイトからの頼まれごとを何でも引き受けてきた。
その日、私は先生から授業で使う資料作りを頼まれていた。放課後、誰もいない教室でホチキスを使い紙を留める。
開けた窓から野球部の掛け声や吹奏楽部の演奏、そして楽しそうに友達と帰る生徒たちの声が聞こえてくる。
パチン、パチン、パチン。
私は無心でホチキスを使っていく。
パチン、パチン、パチン。
その時、教室のドアが開いた。
「あれ、エリカちゃんまだ残っていたんだ」
同じクラスのハナだった。
ハナは初等部で同じクラスになったことはなく、中等部になってから初めて同じクラスになった。
「……先生に資料作りを頼まれて」私はハナの顔を一瞥することなく答える。「アナタはどうして教室に?」
「私は忘れ物しちゃって」
ハナはへへへ、と恥ずかしそうに笑うと自分の席へと向かう。
私はそんなハナを横目で見ていた。
自分の机の中を漁り、忘れ物を取り出したハナ。そのまま教室から出て行くだろうと思っていた――なのに。
ハナは私の席の前にある椅子をひくと、私と対面するようにちょこんと座った。
「何、してるのよ」
「何って手伝うよ」
ハナは予備のホチキスを手に取る。
「どうして……」
「エリカちゃん、いつもノート運びや掃除の頼まれごとを引き受けているよね。この資料作りだって、授業で私たちが使う物だし。いつもありがとう」
まさか、私の行いを見ていた人間がいたなんて思ってもいなかった。ましてや、感謝されるだなんて――初めて、自分の存在がが認められた気がした。
それから私とハナは仲良くなっていった。ハナは初めて出来た私の友達だった。
街中で大きな荷物を持っているお婆さんがいれば手を差し伸べ、道に迷っている人を見掛けたら案内する……だけど、お婆さんの大きな荷物を持った拍子に中に入っていたミカンを落としたり、道案内の途中で自分も道に迷ったりしていた。
ハナは大人しくて引っ込み思案で。だけど人一倍優しい子で。
そんなハナのことをいつしか私が守ってあげなきゃ、私が助けてあげなきゃ――そう強く思うようになっていった。ハナもそんな私を頼りにしてくれて、いつだってハナは私の傍にいてくれた。
なのに。
高等部になってから、ハナは別人になった。
「戻ってよ! 私の知ってるハナに戻って!」
「ごめん、エリカ。私が“ハナ”に転生してしまったばかりに、エリカの大事なハナを奪ってしまって」
「意味わからない、何言ってるの⁉」
化粧道具を投げつけようとしているエリカの腕を私は掴む。
「やだ、放して!」
「ううん、放さない。ねぇエリカ。私はエリカのことを何も知らなかった」私は言葉を切る。
「だから私はエリカのことをこれから知っていきたい。私はガサツでうるさくて、突拍子のないことをして、エリカにいつも心配かけてエリカが好きな“ハナ”じゃないけれど、私はエリカと友達になりたいと思っているの!」
「友達……」
抵抗するエリカの力が弱まると、私は掴んでいたエリカの腕を放す。
秀でたものがなく、何も持っていなかった私。
そんな私と友達になってくれたのがハナだった。
大人しくて引っ込み思案で人一倍優しいハナはもういない。
だけど、それを認めてしまったら私の大事なハナの存在が消えてなくなってしまいそうで怖かった。
「何よ……私のこと知らないくせに友達だなんて」
「……うん。私はエリカのこと全然知らない。だけれどエリカはずっと私の傍にいてくれた。私のことを本気で心配してくれた。そんな優しいエリカだから。ゲームのシナリオだからじゃなくて、私はエリカの一番の友達になりたいって思ったの!」
一番の友達――。
どうして、その言葉をあなたが使うの? ハナじゃないハナが――。
私の中で遠い日の記憶がよみがえる。
放課後、資料作りをしている私にハナは言った。
「エリカちゃんいつもノート運びや掃除の頼まれごとを引き受けているよね。この資料作りだって、授業で私たちが使う物だし。いつもありがとう」
ハナは大人しくて引っ込み思案なクラスメイトだと思っていた。なのに――。
その時、窓から風が入ってきてふわりとカーテンを揺らした。
「……私、本当はずっとエリカちゃんと友達になりたいなって思っていたんだ」
「友達……」
「エリカちゃんは皆のために陰で頑張る優しい人だから。私も、エリカちゃんのようになりたいなって――友達になりたいなって」
そんなこと、言われたのは初めてだった。
ずっと一人で雑用をしている私に誰も見向きもしなかったから。
私と友達になりたい人間なんていないと思っていた。
「だからエリカちゃん。私の一番の友達になってよ」
そう言って無邪気に笑ったハナの笑顔が眩しかった。
私の目の前にいるあなたはハナじゃないのに。
「エリカ、私の一番の友達になってよ」
そう言ってぶきっちょに笑いながら別人のハナが私に手を伸ばす。
ハナと違って全然無邪気な笑顔じゃないのに。それが、とても眩しく感じた。
私の目から涙が溢れる。
そうだ、私は怖かったんだ。ハナが私を置いてきぼりにして他の子と仲良くなっていくことでまた、独りぼっちになってしまいそうで。
私は、そっとハナの手を取る。ハナではないハナの言葉を信じたい……いいえ、一番の友達になってみたいから。
「友達になってあげてもいいわよ」
「エリカ……!」
私とエリカは熱い抱擁を交わした。
エリカと私は仲直りをし、学園を潰し複合商業施設を作るという話はなくなった。
私は無事バッドエンドを回避することができたのだけど――。
「おいハナ! いつになったら俺とゲーセンデートしてくれるんだよ!」
「ゲーセンなんかより植物園の方がいいよな! ハナ!」
「僕と一緒に映画館デートが楽しいんじゃないか? ハナちゃん」
「一緒に鍛練に励み、心身ともに鍛えようじゃないか!」
「ちょっと! ハナは私と女子会するんだから!」
相変わらず私の周りは騒がしい。
高校生になれば、自分も特別になれると思っていた。
だって漫画やアニメの主人公は高校生になると甘酸っぱい初恋をしたり、ひょんなことから巨大ロボットに搭乗して世界を危機から救ったりするから。
だから、私も高校生になったらきっと、キラキラした青春を送ることができる。
そう思っていた――のだけれど。
私はプロレスをしていた男子に突き飛ばされた拍子に階段から転落死してしまった。
そして次に目が覚めると、乙女ゲームのヒロイン、ハナに転生していたのである。
モブで喪女で地味な私がまさか乙女ゲームのヒロインになるとは思ってもいなかったわ……。
しかも好き勝手に行動していただけで攻略対象を攻略することができたんだから。
「今日もお前の周りは賑やかで楽しそうだね」
机に頬杖をつきながら攻略キャラ達を眺めていた私に、神崎が話し掛けてきた。
神崎は私と同じ転生者でこの乙女ゲームをプレイしたことがある。だけれど、私が本来の物語を無視して好き勝手動いたせいでバグが起こり、別のあらすじを辿ることになった。
私は神崎をじっと見つめる。
「な、なんだよ」
たじろぐ神崎。
「ねぇアンタさ、エリカの屋敷で私のこと“花子”って呼ばなかった?」
「え? 呼んでないけど」
あれは聞き間違いだったのかしら……?
私もついつい“ナオちゃん”だなんて幼馴染の名前で呼んでしまったけれど、まさか神崎の転生前がナオちゃんだなんて……それはないよね。
私はフッと鼻で笑った。
だって神崎の頭の上で輝くハートは攻略した証=花子のことが好きってことなんだから。
「ところで、この先私たちは一体どうなるのかしら? これにてめでたしめでたし……ってことにはならないわよね?」
「きっと僕たちが生きている限り続いていくんだろうね」
そこで私は、あ、と呟く。
「ずっと知りたかったんだけど、この乙女ゲームの名前って何だっけ? 私忘れちゃって覚えてないのよ」
すると神崎はニヤリと笑う。
「言わない、秘密」
「何よそれ! アンタだけ知ってるなんてズルい!」
「いつか、その時が来たら教えてやるよ」
「……? その時ってどういうことよ」
ガラリと教室のドアが開く。
「はい、席につけー。あとウチのクラスじゃない奴らはさっさと教室に戻れよー」
担任の声に西園寺たちは、これぞ惜別の別れ、と言わんばかりに教室を出て行く。
「今日は産休に入った戸川先生の代わりに新しい副担任を紹介する。――先生、入ってきて下さい」
そこへ、入ってきた新しい副担任――それは現実じゃ有り得ないような緑色の髪をした好青年だった。これは、もしかして、まさか――。
先生と私は目が合う。先生はハッとした表情を見せた後、にっこりと微笑んだけれど、私に向けてなのかどうかはわからない。
どうやらこの乙女ゲームはまだまだ続くようだ。これから先、攻略法もわからない全く新しいストーリーとして。
モブで喪女で地味な私はただ平穏なセカンドライフを送りたいだけなのに、なかなかこの賑やかな日々から抜け出せられそうにないみたいだ。
私は漫画やアニメの主人公のように、やれやれ、と肩をすくめると大仰に溜息をつくのであった。
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「やっと全クリした~」
僕はコントローラーを放り投げると、クリアした達成感を噛み締める。
そんな僕の後ろで漫画を読んでいた花子はいつの間にか寝てしまったようだ。僕のベッドの上で涎をたらしながら眠っている。
そんな姿も可愛いと思ってしまうのはきっと僕が花子に心底惚れているからだろう。
本人は全く僕の気持ちに気付いてないけれど。
僕はクリアした乙女ゲームの画面を見る。
あぁ、この乙女ゲームのタイトルのように、いつか花子に言える日が来たらいいのになぁ……。
だけど、ヘタレな僕にまだその日は訪れないだろう。
この乙女ゲームのタイトル。それは――。
『君に永遠の愛を誓う』
【了】
このヒロイン怒ってばっかいるな……と思いつつ書いてきましたが無事に『ながら見知識しかない私が、乙女ゲーム(名前忘れた)のヒロインになりました』を完結することが出来ました。
それもこれも、このたくさんの物語がある中で私の作品を見つけ、読んでくださった皆様のお陰です。
本当にありがとうございました。
また次回作を投稿した時も読んでいただければ幸いです。




